第3回「世界最高の暗殺者はたぶん東南アジアと関係ない」
「4位。世界最高の暗殺者、異世界貴族に転生する」
「貴族! 貴族いいよね! ボヤールとか大好き!」
アスカの発言を聞いて、カレンが白眼視した。
「ねえ、アスカ。貴方のその癖が強すぎる貴族の趣味、というか中世ロシア好きのせいで、多くの読者を逃していることに気づいた方がいいと思うの」
「えっ、ウッソだぁ。みんな好きだって、ボヤール。あとはフサリア。ストレリツィに、オプリーチニナ」
ため息が深まる1年4組の教室。遠くからは運動部が練習をする声が聞こえる。
「はい、落ち着いて落ち着いて。そのあたりの単語でブラウザの戻るを押したくなる人の方が、日本では大多数。貴方はマイノリティ」
「うう、なんでみんなもっとロシア貴族を好きにならないの……」
「フサリアはポーランドじゃない?」
「実質ロシアみたいなもんだし」
「ポーランド人が聞いたら宇宙に打ち上げられるね」
「はっはっは、ポーランは宇宙に行けないくせに、私は宇宙に行く。はっはっは」
ポーランドが宇宙に行けないのはネットスラングの常識である。
同じように、ラトビアはじゃがいもを手にしてはいけないし、エストニアは北欧に数えられない。
ついでに言えば、日本は変態である。
「あらすじを読んでみたんだけど、名前の感じが不思議。トウアハーデって何語だろう。創作言語かな」
「つづりが気になるねぇ。響きとしては東南アジアっぽくも見えるけど、それだと貴族ってワードがあまり関連しない気もする」
東南アジアは軽く舐められている。
「東南アジアにだって貴族階級はいたでしょうに」
「私、東南アジアは今も昔も通り一遍の知識しかなくてさ。マハティール首相すげえ。バー・モウなにげに長生きしてる」
カレンはアスカをスルーすることに決め、再びタブレットに視線を落としている。
「表では理想の領主、裏では暗殺貴族って結構すごい取り合わせかも。でも、なんで暗殺者なんてやってるんだろう。そもそも、暗殺貴族って何?」
「ほーらー、カレンさんや。完全に興味を持っちゃってるし。これでPVに貢献だよ。また上位陣との差が広がるわぁ」
「こういう興味のフックを作れるかどうかも重要ということね」
興味を持った時点で、読者としては勝ちであり、創作者としては負けなのだ。
そう、いつだって負けっぱなしである。日間ランキングの壁はそれほどに高く険しい。