俺は両手に塗ったマニキュアを乾かす為に、前世紀的な方法で風を送る。
ヂリリリリリリン! ヂリリリリリリン!
おっとぉ、備え付けの黒電話から妻の悪意がコールしてくる。
『もしもし、先輩は今トイレに行ってるんで電話取れないッスよ!』
電話の側に置いていた多機能欺瞞体から2.5ドルビーサウンドが響き渡る。
ナイスなフォローだ相棒。
『hello! my Master』
「オーケー、多機能欺瞞体。それで十分だ!貰った時間内に敵をぶッこロしてやるぜ!」
カーン!
狙撃手が向かいの駅ビルから何の脈絡もなく試合開始のゴングを撃ち抜いた。
「ハッ! もう後戻りは出来ないぜ?」
俺はそう呟きながら四角いリングの右端(みぎはし)……つまり青コーナーを離れた。
『もしもし? やだなぁ、俺ッスよ。先輩達の結婚式にも来たじゃないッスか』
しかし、突然のゴング破壊に、敵はまだ赤コーナーから解き放たれて居ない。
バカめ、女が濡れるのは気紛れだぜ?
ハッ! 早撃ちマックは伊達だった様だな。
俺は心の中で悪態を突きつつリングの中央へと駆ける。
そう、今日の敵は早撃ちマック。ランキング7位のチェリーボーイだ。
『今は先輩に俺の相談を聞いて貰ってるッスよ! ついに俺にも彼女が出来たんですよ。へへ……』
相手の不意を突いて、いち早く射程距離に入る。だが、行うのは挑発ポーズのみ。攻撃しないのは女装した俺の……大人の余裕って奴だ。
格ゲーでは一瞬の隙を見せたら即死コンボを決められて勝負は終わる。先制=勝利だ。もしも弱パンチ一発でも貰ったならば、対戦相手はバスケットボールの様に弾んで壁際で延々殴られて飽きたら座ってビームでも撃たれて即死だ。だが敢えて初手挑発を選んだ俺の所業《カルマ》――に観客は一斉にいきり立つ。
「「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」」
『先輩の奥さん程可愛くはないんスけど、一目惚れしちまって……』
俺の挑発に対して早撃ちマックがとったのは居合い抜きの構え、腰を落として斜めに構える。右手を性器に添える。そして左手を俺に差し出すようにして、自身の目線を隠す。武器を見ると短いながらも太い仮性包茎だ。皮を被った状態からの抜刀術―――?
バカな――。速射勝負は伏射からの地球抱きが基本《セオリー》ではないのか――?
俺は試合のルールブックを確認したい欲求に駈られるが、そもそも観客のノリでしか決着はない。
『おっと、すいません!コレから先は男同士の話ッスよ!今晩は先輩借りますッス!』
此方も腰を落として斜に構える。そして、右手を勃起させた自分の武器に添える。
ここは余裕をもって相手が動いてから――
シュシュシュシ!ピュ!
「馬鹿な!3擦り半だと―――!」
早撃ちマックは皮を被った状態からの3擦り半で射精を行う。皮を一気に剥いて、皮の圧力により亀頭を急速に圧縮した精砲撃は射精らしからぬ速度と音を出して俺へと迫る。
辛うじて避けた俺の脇腹から烏賊クサい湯気が上がる。
俺は5分以内に妻の電話に出る事を諦め、更なる衣替えを行う覚悟をした。
「多機能欺瞞体ッ!あと5分延長だッ!」
『OK! my Master』
この夜はここ1ヶ月でもっとも熱い夜になったのだった……!
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