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第九話 剥かれたば〇奈 其の三

「全ては、琴姉の為にしたことだった」

 俺のこの言葉を受け、予想通りというか、案の定というか、琴音は目を白黒させてやがる。
 ふふ、それも当然さ。何故なら、言ってる俺自身、何てことを口走っちまったんだ! って、今にも心臓が口から飛び出しそうなってるんだからな。
 いやはや、何というか……勢いって、怖いね? ココから先の事を考えると、気が気じゃないというか、それこそ地雷原でブレイクダンスを踊らされるような気分さ。
 だが、こうなっちまった以上、やるしかねぇ、やるしかねぇんだ! 大丈夫、きっと俺なら出来る筈だ! I Gotta Believe(僕なら出来るさっ)

 どこぞのラップ好きのワンコ宜しく、自らを奮い立たせ、死地へと足を踏み入れていく。


「……俺、馬鹿だから、いつも琴姉を悲しませたり、怒らせてばかりだ……。だから、どうすれば琴姉に喜んでもらえるのか、ここんところ毎日、そんなことばかりを考えてた……」
「ヒナちゃん……。も、もう、そんなこと気にしなくてもいいのに……。でも、そっかぁ、それでだったんだね。確かに、ここ最近、ヒナちゃん何となく元気なかったもんね?」

 き、気づいてたのかよ? もっとも、意味合いは違うが、原因が全部、琴姉ってのはマジなんだけどなぁ……。どうしてソコには考えが及ばないんだろ?
 ま、まぁ、いいさ。今は、このピンチを切り抜けることの方が最重要事項だ。

「そんな時、思いついたのが妹モノのエロゲの存在だ……」
「――ギロッ!」
「ひぃっ⁉ よ、よく考えてみてくれ! い、妹と弟……。せ、性別は違えど、同じ姉弟を、あ、愛してることに違いはないだろ?」
「え? う~~ん、確かに、言われてみれば……ヒナちゃんの、言う通り……かなぁ?」
「だ、だから! 視点を変えて告られる側に立って、どういう言葉をかけられると嬉しいのか調べてみたくなったんだ! しかも、相手は妹とはいえ、女の子。俺なんかと違って女心の機微ってやつも熟知してる! 俺が乙女心ってヤツを勉強するには、これ程、おあつらえむきのゲーム(教科書)はなかったって訳さ……」
「――――‼」

 ――きた! 喰いついた‼

 ちょっと強引過ぎるかなぁ? とも思ったが、大丈夫そうだな。
 俺のこの台詞を受け、明らかに動揺を見せる琴姉。しかも、その表情を見る限り、どうやら琴姉の中でも得心が行くものだったようだ。

 よっしゃぁっ! ここが、勝負どころだ!

 俺は琴姉の僅かな反応も見逃すまいと、細心の注意を払いつつも、ここぞとばかりに一気に畳み掛けていく。

「思い立ったが吉日ってね、早速、土方(ダチ)に頼んで、ゲームを用意してもらったって訳さ。でも、ここで一つ、問題が発生した……」
「え、問題……? ひ、ヒナちゃん……。そ、それって、もしかして……」

 ふふ、流石に琴姉は察しがイイぜ。お蔭で、事がスムーズに進んでいきやがる。
 俺は内心、ほくそ笑みながらも、そんなことはおくびにも出さず、こくりと頷いた。

「そう、いくら勉強の為とはいえ、プレイするのは『妹モノ』だ……。正直、琴姉を裏切ってるみたいに思えてきて……。俺の中に葛藤が生まれてきちまったのさ」

 ココで予定通り、しんみりとした空気を作り出すことに成功。

「お、俺だって……で、出来る事なら、い、妹モノなんか、やりたくなかったさ……。それこそ、この数日間、必死に悩み続けてた。でも、琴姉に喜んでもらいたい! 琴姉の笑顔が見たい! なら、俺が我慢すれば、きっと琴姉を! その一心で、俺っ!」
「――ひ、ヒナちゃん‼」

 俺の悲痛なまでの胸の内(見事なまでの演技)を前に、琴姉は自らが悲劇のヒロインにでもなったかのように、俺の作り上げた世界へとどっぷり嵌り込んでいく。
 確かな手ごたえを得た俺は、思わず拳を握りかけるも、そこはぐっと堪えると、その後も舌先三寸、身振り、手振り、何でもあり――ってな具合に、延々、約十五分に亘り力説していった。



「――ふぅ~~~、これで、俺の話はお終いさ。後は、琴姉の判断に任せるよ。俺としては、良かれと思ってやったことだったが、結果的には琴姉を裏切っちまった訳だし……。どんなに罵倒されても仕方ないと思ってる……。ははは、馬鹿の癖に、こんな手の込んだこと考えたから、罰でも当たったのかもな?」

 自嘲気味に呟く俺に、すぐさまフォローを入れてくる琴姉。

「う、ううん、そ、そんなことない! だって、全部、お、お姉ちゃんの事を思って、してくれたこと、なんでしょ?」

「ああ、当たり前だろ」
「――‼ ひ、ヒナちゃん♡ あ、あの、そ、それって、ひ、ヒナちゃんは、や、やっぱり、お、おおお姉ちゃんのことを……?」
「………………」

 その問いかけには、明言は避け、あえて言葉を濁し、はにかんだような笑みだけを浮かべるに止めておく。
 何故かって? んなもん決まってんだろ? もし、ここで言質をとられでもしようものなら、俺の人生はゲームオーバーだ。逆に、否定しようもんなら、その瞬間、俺のバナナは剥かれ、これまたジ・エンド。沈黙こそが、正解なのさ。

 まぁ、(いず)れにせよ、さぁ、審判の時だ。今から琴姉の口をついて出る言葉如何によって、俺の今後の人生が大きく左右される。
 祈るような思いで、その時を迎えること数十秒……。

「………………」
「………………!」

 ――が、ここで琴姉は予想外の行動に出る。言葉を発するでもなければ、何を思ったのか、俺の前まで歩み寄ってくる。

 な、何だ? くっ、表情からは…………くそっ、分からねぇ!

 焦る俺を余所に、ついに俺の目の前までやってきたかと思えば、あろうことか、その両手を俺に向けて伸ばしてきた。しかも、その手は俺の腰のあたりに迫ってきていて……。

「――――‼」

 瞬間、俺は凍りついた。
 同時に、脳裏を過るミッション・失敗の三文字。

 ――えぇえええええええっ⁉ う、嘘ォおおおっ⁉ ど、どどどいうことだよ?  ま、間違いなく、て、手ごたえはあった! ――はっ⁉ も、もしや、全部見透かされてたってのか? そ、そんな、ば、馬鹿な、あ、あり得ねぇだろ……?
 くっ、だ、ダメか? ホントにダメだったのかっ⁉ 
 ――む、むむ剥かれちゃう? 剥かれちゃうの? こ、今回のサブタイトルの剥かれたば〇奈は、お、おお俺のバナナのことだったのかよぉおおおおおおおおおっ⁉

 ――ち、ちきしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ‼ ば、万事休すかぁあああああああああああああああっ⁉

 断末魔ともとれる叫びと共に、今にも涙が零れ落ちそうな瞼をギュッと閉じ、全てを諦めかけた時だった――

「ごめんね、ヒナちゃん。お姉ちゃんのせいで、辛い思い、させちゃってたんだね?」

 意外や意外、掛けられたのは死の宣告ではなく、慈愛に満ちた優しい声――そして、温かくも柔らかい感触が俺を包み込んできた。
 恐る恐る瞼を開いた先――見下ろした先で俺の目に映りこんできたモノ
はというと、その新雪のような白き頬を朱色に染め上げ、上目遣いにも潤んだ瞳でこちらを見つめ、俺を力強くもそっと抱きしめる琴姉の姿だった。
 そう、伸ばされた手は、俺のズボンではなく、背中へと回されていて……。

 聡い読者諸君なら、もうお気付きだろう……。そう、つまり、こういうことさ。

 ――た、助かったぁああああああああああああああああああああああっ‼

 先ほどまでとは一転、俺の脳内に祝福のファンファーレが鳴り響いていく。
 それこそ、エレクトリカルパレードかってくらい、どんちゃん騒ぎが沸き起こっていく。
 くぅうううううっ、生き残った、生き残った、生き残った、生き残った、生き残った、生き残った……! 俺! 穢されなかったぁあああああああああああああああっ‼

 と、歓喜に打ち震える一方で、黒陽太・通称ブラック陽太が、そっと顔を覗かせる。

 くくく、やったぜ……。まさか、これ程上手くいくとは正直、思ってもみなかった……。
 貞操を守れたこともそうだが、まだ誰一人として気づいてはいまい……。この戦いの最中、それに匹敵する、もう一つ勝ち得たお宝があることに……。
 妹モノ『解禁』という隠れた財宝の存在をな♪
 どういうことかって? へへ、つまり、何事も琴姉の為という大義名分のもとなら、俺はこれからも妹モノのエロゲをやることが出来るってことなのさ♪
 そう――俺はあの大ピンチの最中、貞操を守ることは勿論、同時に妹モノにも手を出す権利を手に入れたってことなのさ。二兎追うものは一兎も得ずなんてのは、今の時代ナンセンスだね。欲しいモノは、絶対手に入れなくちゃな♪

 くくく、待ってろよ、愛すべき我が妹たち……。これからは、誰にはばかることなく、家で、堂々と! ありとあらゆる妹たちに、『お兄ちゃん♡』って呼ばせまくったるぞぉおおおおおおおおおっ‼ ひゃっほぉおおおおおおおおおおい♪

  そんな幸せに満ちた未来を想っていた矢先、

 「あっ! いっけない! 一つ大切なことを忘れてたわ」

 何かを思い出したのか、琴姉は俺から離れると鼻歌交じりに机の上にあったエロゲをひょいと手に取り、何を思ったのか、ソレを床の上へと置いた。

「ふふ~ん、これでよしっと♪ はい、ヒナちゃん、どうぞ♪」
「へ? ど、どうぞって……な、何が?」

 ハトが豆鉄砲を喰らったかのように呆けている俺に、手招きしてくる琴姉。
 どういうこった? こ、これは、アレか? つまり、どうぞご自由にお持ち帰りくださいって意味なのか? でも、それなら、何でわざわざ床に置く必要があったんだ?

 一抹の不安のようなものを感じながらも、そう解釈し、エロゲに手を伸ばしかけた時だった。俺の耳元へと顔を寄せてきた琴姉が囁いた。

「さぁ、ヒナちゃん。踏みつけなさい♡」
「――――⁉」

 耳を疑うとは、よく言ったもんで、一瞬、耳――否、頭がおかしくなったのかと思った。そう思うほどに、琴姉の口調はあっけらかんとしたものだった。

 はい? ふ、踏む? え、な、何を? もしかして、このエロゲのこと? え、な、何の為に? 琴姉は、一体何を言ってるんだ?

 改めて琴姉へと視線を戻すも、ソコには、これまで見た中でも、極上の笑みを湛える琴姉の姿。――が、その瞳は全く笑ってなかった……。

「――ひぃっ⁉」

 蛇に睨まれた蛙さながら凍りつくこと、約十秒……。今しがたの琴姉の囁き、そして、床に放置されたエロゲ……。それらを照らし合わせた結果、その意図がようやっと理解できた。

 ……こ、これは、あ、あの伝説の、ふ、『踏み絵』だ!
 こ、この姉……。この期に及んで、さ、最終確認の意味も踏まえて、確かめにきやがった……⁉ てか、まだ、どこかで俺のことを疑っている……?

 先ほどまでの、バカ騒ぎから一転、追いつめられる俺。
 くっ、まさか、最後の最後でこんな大どんでん返しが仕掛けられていようとは……。
 俺は改めて、床に置かれた妹モノのエロゲに目を向けてみるも。

 ――で、出来ねぇ……。とてもじゃねぇが、こればっかりは無理だ……。口先だけならまだしも、踏み絵(コレ)をやっちまったら、もう、二度と妹モノに手を出す資格はねぇ……。ここは何としても、回避せねば!
 
「は、ははは、な、何言ってんだよ、琴姉? こ、コレは土方(ダチ)から借り受けたもんなんだぜ? そ、そんなこと出来る訳ないだろ?」
「何も踏みつけて壊せなんて、言うつもりはないわ。それに、万が一壊しちゃっても大丈夫よ♪ こんなこともあろうかと、土方くんからは、きちんと買い取っておいたからね♡」
「――――⁉」

 俺はまたしても、琴姉の言葉に驚愕させられた。

 はぁっ⁉ か、買い取った? んなアホな……。大体、そんな時間は――……あったかもしれんが、仮に、もし本当に買い取ったなら、土方(トシさん)が俺に何かしらのアクションを起こすはずだ。そうとも! そんなこと、まず、ありえ――っ⁉ あ、あれ? そ、そういえば、帰り際、俺に目も合わせることなく、そそくさと教室を出て行ってたっけ? 土方(アイツ)にしては、珍しく気が利くとは思ってたが……。本当は、アレは、俺に気を使った訳じゃなく、後ろめたさからだったってことなのか⁉

 ぐっ、相も変わらず、用意周到というか、そつがないというか……。わ、我が姉ながら、お、恐ろしい……。
 ……あれ? 待てよ……。てか、買い取ったってことは、もしかして、琴姉は、東京ば〇奈の中身がエロゲであることを最初から知っていた……?

 俺は、恐る恐るといった感じに、琴姉へと視線を向けてみるも、

「――――♪」
「――――⁉」

 ひぃいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉ わ、(わら)ってる、わ、(わら)ってますよぉおおおおおおっ⁉
 その瞬間、俺は全てを確信した。俺はただ、琴姉の手のひらの上で踊らされていたにすぎなかったことをな。

 ――踏むか、剥かれるか⁉ 極限の緊張状態の中、俺が選んだ答えはというと――……。


「――ねぇ、ヒナちゃん♪ 途中でスーパーに寄って行こう? お姉ちゃんお勧めの善三郎さんお手製キャベツが今日売り出しになってるの♡」

 家路へ向かう傍ら、俺の腕に引っ付いた琴姉が満面の笑みを湛え話しかけてくる。片や俺はというと、すっかり憔悴しきっていたこともあり、曖昧な返事をするので精一杯であった。

 あの後、結果がどうなったのかは、皆さんの想像にお任せしたいと思う。とてもじゃないが、俺の口からは……。
 ただ一つ言えるのは、この日以降、俺は妹モノのエロゲには手を出していないということだけだ……。

しおり