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第26回「謎のおっさん、コンスタンティン」

 その男は、青年と中年の境目にいるような男だった。印象がはっきりしないのだ。茶色い髪とヒゲがあった。ただ、どこか人を和ませる雰囲気を身にまとっていた。誰からも好かれやすいタイプということになるだろうか。

「やあ、兄弟。調子はどうかな。お腹を痛めたりしてないかな」
「彼がコンスタンティンさんっす」

 気さくに話しかけられたのでもう一度記憶をたどってみたが、やはり心当たりがなかった。

「覚えがないな……。どこかで会ったかな」
「兄弟、あんたにとってはただのおっさんかもしれないが、俺はあの日のムーハウスをしっかり覚えてるよ。いやあ、すごかったなぁ。魔王軍でも有数の将であるサリヴァと、副将として付けられたエディンを、見事に打倒してしまったんだからな。ムーハウス共和国は今でも解放記念日に『勇者シャノンとその一行を称える祝祭』を開いているぐらいさ」
「よく知ってるね。あくまでも、歴史は。しかし、僕に会ったことはないだろう」

 コンスタンティンは否定の意志を手で表し、さらには顔も左右に振って畳み掛けてきた。いちいち仕草が大仰なおっさんである。

「どうかな。勇者シャノンは確かに語っていた。自分たちが勝利できたのは、大胆なサリヴァと慎重なエディンを仲違いさせ、それぞれ各個撃破できたことが大きいってな。そうでもなければ、勝つことはまず不可能だっただろう。この二人による占領政策は成果を挙げていたし、危機感を覚えた周辺国によるにわか連合軍を壊滅に追い込んだりもしていたからね。この上手いやり方を成功させたのはシャノン自身の発案だったってことになってるが、俺ぁそうは思わない。何しろ、シャノンのパーティーには賢者がいたじゃないか」

 残念なことに、当時の賢者はすでに廃業してしまっている。

「僕らは自主性を重んじるんでね。いつも僕が知恵働きをしていたわけでもない。第一、シャノンも他の二人も、決してバカじゃなかった。勝つための方策なんて、誰かが考えついたさ」

 ただし、コンスタンティンが看破した通り、サリヴァとエディンの連携を断ち切る策を提案したのは僕だった。ちょうどその時に思い浮かべたのは、三国志で覚えた離間の計だったことを覚えている。
 そもそものところ、主将のサリヴァと副将のエディンとは、日頃から上手くいっていなかったようである。人間たち相手の戦闘では協力するが、いざ戦いが終わると途端に不仲になったらしい。
 じゃあ、任命したであろう魔王アルビオンに見る目がなかったかというと、そうでもない。実はムーハウスを攻略するまで、サリヴァとエディンは親友とも言える関係だったそうだ。二人は種族の違いを乗り越え、そのうち夫婦になるのではないかとさえ思われていたほどだという。雌蜘蛛サリヴァと鳥人エディン。二人の関係性はアルビオンの理想の結実になるはずだった。
 では、どうして決定的に不仲になったのかというと、占領政策における人間の扱いについて意見が一致しなかったそうだ。しかも、気性の激しいサリヴァが人間への寛大な措置を訴え、温厚なエディンが奴隷として苛烈に統治することを望んだ。職務に熱心であったからこそ、この一事が万事となり、決裂に至った。
 これらはすべて人間に有効的なモンスターから、僕が個人的に聞き取った内容である。複数の証言が同じ内容だったため、まず間違いないだろう。

「そうか。じゃあ、そういうことにしておくよ。本題は別にあるんだ。思い出話をするために、わざわざ来てもらったわけじゃない」
「僕はすっかり思い出にぷかぷか浮いてしまったよ。それで、睡眠を邪魔してまで言いたかったことは何かな」

 コンスタンティンは僕の目をじっと見据えてきた。茶色の瞳にはどこか見る者を安心させる光があった。

「あんた、俺を使ってくれないか」
「それはここに残って、新しい生活を始めたいということかな」
「ああ。だけど、待遇は指揮官としてだ。そこの城の化身の嬢ちゃん、いや、坊っちゃんか」
「教えてやらないっすよ。仲良くなるまではね」
「まあ、この子と同格か、せめて右腕程度の立場で雇ってもらいたいね」

 図々しいやつだな、と僕は思った。
 プラムの意見も聞きたかったが、それをするのは「弱み」を握られるような気持ちになったため、自重した。

「僕としては、便宜を図ることによるメリットを感じない」
「この城、ずいぶん壊れたよな。修理には人数と材料が必要だろうなあ」

 露骨に上下左右を見回すコンスタンティン。意外と演出家である。

「情報で僕を釣るか」
「俺は世界各地を渡り歩いてきた風来坊でね。賢者様でも知らないことを知ってるぜ。きっと役に立つ。ただし、もう一つ条件を飲んでもらいたいね」

 それが何なのか、僕はとくと傾聴することにした。

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