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「ねぇ、パパに抱きついているお姉さん、誰?」
「な、何を言っているんだ? 誰もいないじゃないか」
「えー、いるよ。酷いよパパ」


 物心つく前から、僕には幽霊が視えた。


「あ、お隣のおばあちゃん! どうしたの? 怪我したの? 痛い?」
「何を言ってるの香月? 誰もいないわよ、ほら」


 それは僕にとっては当たり前に存在しているもので。


「あ! わんこ―。どこから来たの? おいでおいで」
「ダメだ、香月! 犬なんていない! いないんだ!」


 何でパパとママがいないものとして扱うのか理解ができなかった。
 僕の言うそれ(・・)が嘘ではないと、僕に宿った力に最初に気付いたのはママ。


「ねぇママ、昨日の夜は素敵だったって、素敵ってなぁに? 南さんの逞しい腕が忘れられないって、どういう意味?」


 幽霊が視えるのと同時に、僕は触れたものの記憶や考えが見えて。
 それを簡単に口にしてはいけないって知らなかった。
 パパとママが言い争いをするようになるまで、そう時間はかからなかった。


 パパは本当に自分の子供かとママを責め、ママは自分から化け物が生まれてしまったと自分を責めた。
 でも、二人はすぐに仲直りした。
 僕を畏れることで、憎むことで、無理やり関係を修復させたのだ。

 と言っても、特に暴力を振るわれたとかいう記憶はない。
 ただ薄気味悪がるだけで、僕が考えなしに見たもの聞いたものをそのまま言ってしまった時に怒られるくらいで。
 表面上は仲の良い親子を演じ続けていた。


 六歳になる頃には、もうそれが人には視えない、視えてはいけないものだと理解していた。
 パパとママが僕に触れられることを異様に恐れていることも。
 パパとママが僕に向けている感情にも気づいていた。

 二人の態度で僕の力は隠すべきものだと理解しつつも、幽霊と生きた人間との区別がつかないまま一年。
 他の人からすれば何もない虚空に話しかける薄気味の悪い子供で居続けざるを得なかった。



 そうして。



 パパとママが出ていった。
 僕の七歳の誕生日だった。


「ママの体調があまり良くないんだ。病院に連れていくから、大人しく待っていてな」
「ごめんなさいね。ケーキを買って帰ってくるから、そうしたらお誕生日のお祝いをしましょう」


(誰が戻るか)
(ようやくこの化け物から解放されるのね)


 申し訳なさそうな顔で僕の頭を撫でる二人の思考から、もう二人がここに戻る気がないことを知った。
 いや、それ以前から少しずつこの日のための準備を進めていることを知っていた。
 でも、どうして僕に二人を引き留めることができただろうか。

「うん、バイバイ」

 僕は短い別れの言葉しか言えず。
 二人は気味悪そうに、それでも嬉しそうに出ていった。


 二人が出ていってから、僕はただ待ち続けた。
 学校に行くことすらしなかった。
 言いつけを守って大人しく「お留守番」していれば考えを変えて戻ってきてくれるかもしれない。

 そんな事があり得ないのは、二人の考えを読み取っていたからわかっていたはずなのに。
 それでも僕は信じたかったんだ。
 明らかに嘘を吐いている二人の言葉を。



 何日か経った頃、電気が点かなくなった。
 冷蔵庫の中の物は既に食べ尽くしていた。
 戸棚の中のシリアルを食べ尽くして、生米を水に漬けて食べるようになった頃、お水も出なくなった。
 それでも、外に出ていく気は起きずに二人の帰りを待ち続けた。


 水が出ないからトイレも流せなくて、家中酷い臭いがするようになった。
 それとも、臭うのは僕の身体だったかもしれない。
 飲むものも食べるものもなく、それでも僕はただ待ち続けた。
 もう、起き上がる力すらなかった。


 今がいつなのかもわからなくなった頃。
 口の中に温かい何かが注がれて、目を開けた。

(誰……? パパ……?)

 声は出なかった。
 口も思うように動かない。
 目は開いているはずなのに、その人をはっきりと見ることはできなかった。

 身体を持ち上げられるのを感じた。
 パパが帰ってきた、と思った。
 やっと帰ってきてくれたのに、僕はそのまま眠ってしまった。



 目が覚めたら真っ白な部屋で。
 たくさんのチューブに繋がれていて、身体はほとんど動かなかった。
 夢か現実かもわからない微睡みの日々。



「長嶋香月くんだね。俺は本庄要。君にお願いがあるんだ」

 それはいつの事だっただろう。僕が起きたことに気付いた男の人が、僕の手をぎゅっと握ったまま言った。

「俺の子供になって。俺と一緒に生きてほしいんだ」

 握られた手から流れてくるのは言葉よりも強い僕と共に生きたいという想い。
 言葉と考えが一致している人に出会うのは初めてで。
 僕を怖がらない人、気味悪がらない人も初めてで。

 でも、この人もきっと僕の力について知ったらきっと僕から離れていくんだろう。
 この人の子供になったら、パパとママは二度と戻ってこない。
 そんなことをぐるぐると考えて返事ができないまま、僕はまた眠りに落ちてしまった。

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