第20回「そこに在る想定外」
僕はつま先で床を叩いた。
「一撃で終わらせてもらうよ。予定が詰まってるんだ」
「いいね。そういうの、すごくいい。じゃあ、やってみなよ。私はほら、無抵抗だ。ここをちょいとぶん殴るだけでいい」
マルーは挑発する。たちまち観客からの歓声が響いた。彼らは傭兵団の団長の「勇気ある行動」に沸き立っていた。僕としては、彼らにしっかりとわからせてやるつもりだった。とはいえ、加減が鍵になるのも確かである。
「君は被虐精神の持ち主なのかな。だとすると、いたぶるのは良くないな。ますます一撃で終わらせなきゃならなくなった」
「やってみなよ。だが、一つ提案してもいいかい。私があんたの一撃に耐えたなら、あんたも私の一撃をもらっておくれ」
嬉しくない提案だ。彼女からの一撃は明らかに痛そうだった。マルーの筋肉は実に頑健かつしなやかに見えて、僕の痛覚をビシバシに刺激しそうだった。
「何か狙いがありそうだな」
「いいじゃないのさ。どうせ一撃で終わらせるっていうんだろう。あんたが私に殴られるか蹴られるか、どっちかを受けるとしたら、それはそっちの狙いが外れた時さ」
「そうだね。君は僕が失敗すると考えている」
「もちろん。でなきゃ、こんな提案はしない。でも、一発で終わらせてくれるなら、それも結構嬉しいかな」
くっくっ、と笑うマルー。彼女は僕を値踏みしているようだった。本当にやれるのかいという風情だった。
まったくもって、心外という他ない。
「どうだろうね。何しろ僕は白兵戦は苦手なんだ。魔法で終わらせられるなら、これが一番だって思うよ」
「自信がないなら、魔法を使えばいい。私は拳だけだが、あんたの手駒まで縛りはしないさ」
「非常に言いにくいことなんだが、僕が本気を出してしまったら、君の体は跡形もなく消し飛ぶんだ。苦手っていうのは力加減の問題でね。この後にちょっと働いてもらう以上、傷つけたくはない。殺してしまうなんて論外だ」
どうだろう。ラルダーラは一人の指導者を失っただけで瓦解するような、もろい集団だろうか。その点での評価について、僕は定めかねていた。彼らが真に強い集団であるならば、たとえ象徴を失っても立派に戦えるはずだった。
また一方で、目の前で大きな憎しみを抱くことになってなお、最大の仇のために尽くすかと言えば疑問だった。
誰だって、自分の姉代わりとも言える愛すべき人が傷つき、倒れたら悲しむだろう。怒りの咆哮が声帯を揺らすだろう。
僕はそれを避けねばならない。ラルダーラはチャンドリカを生かすこと、ひいてはこの地に一つのダンジョンネットワークを構築することにおいて、不可欠な存在となっている。歴史の影で暗躍することを望むなら、彼らのような思い通りになる武力の平和的な吸収は再優先事項だ。
「あんたが神様だって言うなら、そういうこともあるだろう。実際にそうかもしれない。だが、私は知らない。あんたが殴りかかってくるまで、確かめようがない。だから、こうやってズルズルと時間を引き伸ばしている間、私はあんたのことを軽蔑し続けるよ。時間が大切なんじゃなかったのかい」
そうだ。
マルーの言う通りなのだ。
僕が力を示す。その行動こそが欠かせない最初の一歩なのだ。
「ああ、そうだった。君の言う通りだ。そろそろ言い訳はよしておこう」
「来な」
マルーが親指以外の四本の指で、「かかって来い」とジェスチャーを見せた。
それから僕に近づいてきて、僕の拳を自分の腹筋へと導いた。さあ、殴るのはここだ。やってみな、お坊ちゃん。そう言わんばかりだった。
ここで、僕は望み通りにすることにした。彼女を「平和裏に制圧する」ため、拳に雷魔法をまとわせる。いわば強力なスタンガンをイメージした。これであれば、マルーを安全に昏倒させることができる。
足を運び、間合いを作り、彼女の腹に拳を打ち込む。
電気が流れ、傷だらけの全身を巡り、一気に昏倒させる。そのはずだった。
だが、手応えは異様に軽く、マルーはまるで揺らがなかった。電流が彼女を襲った様子もない。僕の魔法は突然にスイッチが切られたように、消え失せてしまった。
「おかしい」
つい口を突いて出たのは、明確な困惑の意志だった。
「私がしびれて……崩れ落ちると思っただろう」
対するマルーは実に満足そうだった。私の強さを見たか。お前自身の弱さを悟ったか。そう言わんばかりの傲然としたものも感じさせた。あるいは、僕が急速に覚えつつある劣等感がそんなふうに錯覚させているのかもしれなかった。
「思ったさ。思わないはずがない。ここまで当てが外れるのは、一度死んだ時以来かもしれない」
「じゃあ、二度死んでみな」
たちまち、マルー・スパイサーという肉食獣が本性を表した。垣間見える並びの良い歯には、牙さえも生えているように見えた。
僕は、強烈に、ぶん殴られた。