第12回「完全なる勝利のために」
議場にはチャンドリカが多くの亡霊たちを召集した。いずれも防衛計画にはなくてはならない幹部たちらしい。さすがに小規模とはいえ軍隊を退けただけのことはあった。プラムは会話に参加しながらも、ちゃんと書き取りを続けている。優秀な書記官だ。
僕はこの戦いにおける基本的な骨子を説明した後に、ぐるりと辺りを見回した。人間、モンスター、魔族、獣人、エルフ。多種多彩な面々が集まっている。この光景こそ、魔王アルビオンが理想にしているものかもしれなかった。
「この戦いにおける完全な勝利は何だと思う」
「神が出ることなく、チャンドリカの現有戦力のみで勝利する」
「『表に出ることなく』だ。裏では暗躍させてもらうよ。それとも、プラム。君が頑張って戦ってくれるかい。それだけの力があるなら、任せようと思うが」
「私は私の身を守る。他の何かを守りはしない」
そうは言うものの、僕の見立てではプラムは「かなりやれる」と見ている。その力を表に出さないだけだ。
「では、チャンドリカ。僕が裏方で戦ったとして、どういう形が最も望ましい勝利だ」
「聖王国のやつらをこてんぱんにして、二度と攻めてやるもんかって思わせることっすか」
「そうだ。相手の継戦能力を奪うのは重要だ。だが、完璧じゃない。二度とこの地に足を踏み入れられなくして初めて、戦略的勝利を得たと言える」
「結論から言え。時間がないんだろう」
僕がくるくると人差し指を回しているのが、プラムには気に食わなかったのかもしれない。確かに、僕も少々のんびりと話を進めすぎたきらいがあった。
円卓を叩き、これが結論だということを一同に印象づける。
「ロンドロッグを落とし、この一帯に巨大なダンジョンを構築。あらゆる外敵を防ぐことのできる、鉄壁の要塞とする」
ざわり、と驚きの波。
「防衛するだけじゃなくて、攻撃もするんすか」
「勝つべき時に勝ち、退くべき時に退くのが大切だ。だが、僕らに退ける場所はない。救援の見込みがない籠城は、ただ苦しみを先延ばしにできるだけで敗北を免れることはできない。だが、ロンドロッグを手中に収め、このチャンドリカとあわせて二つの拠点となし、双方をも包括するダンジョンを構築すれば、それはもはや自活できる一つの共同体となる」
そう、籠城は救援の見込みがあってこそ最大限に有効化する。オスマン帝国における第二次ウィーン包囲などはその最たるもので、この戦いにおけるポーランド王国の有翼重騎兵、いわゆるフサリアの活躍は現代でも語り草だ。史上最強の騎兵と言えば、彼らのことを指すと考える者も多い。
一方、助かる見込みのない籠城といえば、日本の戦国時代における小田原城の攻略戦が挙げられるだろう。豊臣軍は圧倒的な物量をもって小田原を包囲し、また他の北条氏の支城を次々に陥落させていった。その中で八王子城の激戦や、小説「のぼうの城」で知られる忍城の戦いなどもあったが、少なくとも、北条にとっての助けは来なかった。唯一助けに来るかもしれなかった伊達政宗は、豊臣秀吉の前に白装束で現れている。
勝つための条件は、必ず確認しておかなければならない。でなければ、早々に詰んでしまうことにもなる。
「なら、指示を与えろ。時間はないぞ。彼らは熟練の軍隊ではない」
「その通りだ。時間がない。だから、最適な防衛計画はチャンドリカに任せる。守るのは得意だろう」
「そりゃあ、まあ……」
僕に丸投げされたチャンドリカは、やや不安な面持ちを見せながらも肯定した。
そうでなくては困る。何度も繰り返すが、僕がやりたい放題やって蹴散らしたところで、それは根本的な勝利ではないのだ。まして僕にとっての初仕事である。いきなり魔王の足を引っ張りたくはない。あの男にはそうさせるだけの魅力がある。
「時間を稼いでくれ。その間に、僕はロンドロッグの軍隊を丸ごといただいた上で、聖王国の本隊を後方から攻撃する。この城に金品はあるか」
「あるっす」
「どれくらい」
「人間が七千年は遊んでくらせるくらいの宝石。古い人形に使われているものも含めれば、それくらいはあるっす。だから、お宝目当てのやつらがちょいちょい来てた感じっすね」
「その宝石ですぐに用意できるものを集めてくれ。ロンドロッグの兵士たちを寝返らせる。あの街は商業都市で、傭兵団が主力になっているはずだ。彼らを法外な値でひっぱたいて、寝返らせる」
もっとも、傭兵団を懐柔するだけでは足りない。ロンドロッグという都市の首脳を翻意させ、アクスヴィル聖王国を「地域の治安を乱す厄介者」として団結させる必要がある。
「神、傭兵は契約違反をすれば、その時点で評判は地に落ちるぞ。寝返らない可能性も考えるべきだろう」
「だから、『法外な』値を出すんだ。それも『僕自ら』が行ってね」
「いざとなれば」
「力で制す」
僕は拳を握り、ゆっくりと開いた。そこには紫色の炎が揺らめいた。静かな決意表明だった。プラムもそれを悟ったらしく、他には何も言わなかった。