第10回「より良く彼らを追い返せ」
「この屋敷には広大な地下があるはず」
「そりゃあるっすけど……せいぜい倉庫とワインセラーくらいしかないっすよ」
チャンドリカは困惑している様子だった。こうやって見てみると、この少年、あるいは少女は非常に無垢なままに育ったのかもしれなかった。
なるほど、今こうして会見している広間にも、人形がいくつも飾ってある。かつての主が家族と使用人を殺して死んだのも事実なのだろう。そうした歴史の末に生まれたわけだから、彼はある意味で忌み子と言える。不幸な星の下に生まれながら、懸命に自分の幸せを作ろうとしてきたのだ。その結果が、侵入者の魂を食って味方にするという特異な能力だ。
守ってやりたいと思う気持ちが芽生えてきた。
「もったいないな。これは資源だ。大変な鉱脈だ。今までは有象無象の輩しか攻めてこなかったかもしれないが、例えば勇者の一行なんかが攻めてきてたら、ひとたまりもなかっただろう。たとえ僕抜きのシャノンのパーティーだとしても、容易に攻略してしまうだろうね。高レベル帯のやつらはそれくらいの実力があるんだ」
「そんなことは彼もわかっているのでは」
プラムの冷えた一言が僕を刺した。
「わかっていても対策をしていなければ同じだ」
「そこは不安に思っていたところっす。うちも所帯が大きくなってきて、本格的に対策されたらどうなるかわからないって」
「僕たちがロンドロッグを訪れた時、これだけ『名声』が高まっていたら、放っておかなかっただろうね。シャノンは現金な男だから、自分たちの評判になると考えて、討伐しにやってきていたはずだ。当時はせいぜい幽霊屋敷程度の評価だったからスルーした覚えがあるからね」
「そうっすね。ロンドロッグには敵視されないよう、細心の注意を払ってきたつもりっす。一度は討伐軍も来たっすけど、何とか返り討ちにできて。おかげで強くなれたものの、勇者たちが来たらと考えるとゾッとするっす」
ロンドロッグは商業都市としてはなかなかの規模で、ここが使えなくなると困る権力者も多いはずである。世界にはいくつもの勇者のパーティーがあり、またそれ以上の国や都市が覇権を競っているが、いずれにしても対モンスターという意味では敵対的という点で一致している。
安全を担保するには、準備しなくてはならない。無防備は決して確実な安心を保証しない。
「だから、地下を使うんだ。あらゆる敵を上手く追い返すことのできる、ダンジョンを構築する。『荘子』に沿うならば、役に立たないものは役に立たないままの方がいい。だが、君たちはすでに軍隊に打ち勝ってしまったんだ。ならば、強くなるしかない。もちろん、完全に殺しきらなくてもいい。追い返せるだけの手立てを用意すればいいんだ」
そのための青写真は、すでに僕の中に生まれていた。チャンドリカの地下に広大なダンジョンを整備する。
いや、チャンドリカだけではない。この地域、ロンドロッグさえも含めた広範な範囲において、「要塞化」を果たすのだ。これは僕の世界で言う朝鮮戦争の時、北朝鮮が38度線に洞窟陣地を構築し、再侵攻してきた国連軍を迎え撃ったのと同じ思想でもある。チャンドリカには義勇軍の手助けがない以上、僕が支えてやる必要があるだろう。
いいじゃないか。神としての働きとしてはうってつけの場所だ。
広間の扉が音を立てて開き、鎧のモンスターが入ってきた。そう、中身がない鎧だけのモンスターだ。しかし、彼は非常に焦っている様子だった。
「大変だ。すごい数の軍隊がこちらに向かってくる。あれはアクスヴィル聖王国の軍隊だ」
「マジっすか……」
チャンドリカも言葉を失ったようだった。
どうやら、僕が来たのはギリギリのタイミングだったようだ。
「アクスヴィル聖王国は『人類救済』『怪物撃滅』を掲げている。まあ、僕に言われなくても知っているだろうがね。ここがモンスターの根城になっているという話を聞いて、とうとう一大討伐の軍を興したと考えられるな」
宗教的熱狂が恐ろしいのは、どの世界でも変わらない。アクスヴィル聖王国はまさしくその体現であり、「活動し続ける十字軍」のようなものだった。モンスターが大規模な拠点を設置したと聞けば、多くの国境を跨いでても遠征を行い、これを撃滅するためにやってくる。
彼らは人類こそが至上の存在であり、他の生き物は人類に奉仕するためにのみ生存を許されていると考える。「人間に非ざれば生きること能ず」というわけだ。彼らはまた多くの被差別階級の人間やモンスターを奴隷にして、その国威を増強させてきた。
チャンドリカをその被害者のリストに加えるわけにはいかない。
「神、ぐだぐだ言ってないで助けてあげたらどうだ。その気持ちがあるのに引き伸ばすのは経済ではない」
「いいことを言うじゃないか、プラムくん。そういうわけだから、僕がここを守ろう。彼らの野蛮な侵略意欲を破壊し、今度こそこの地に難攻不落の伝説を作ろうじゃないか」
僕がそう言うと、静まり返っていた広間に少しずつ歓声が起き、やがて怒涛の鬨の声となった。