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 夢を見た。
 僕が縮こまって泣いている。
 その僕を、パパとママが責め立てる。

「お前は化け物だ」
「何で私達からお前のような化け物が生まれたんだ」

 お前は人間じゃない。生きていてはいけない存在だ。
 そんな言葉が次々とパパとママから飛び出してくる。
 夢だからか、姿も朧気で、ただ黒い人影に洞のようなものが三つ空いただけのようにも見える。
 でも僕ははっきりと、それがパパとママだってわかるんだ。

「僕は、化け物」

 化け物。死んでしまえ。笑うな。幸せになれるはずがない。
 そんな言葉を言われるたびに、僕自身の姿がどんどん醜く歪んでいく。

「お前は、化け物じゃないよ。その力だって、誰かを幸せにするために神様がプレゼントしてくれたものだ」

 ふいに優しい声がして、ぎゅっと手を握られた。
 辺りが明るくなって、僕が僕に戻っていく。

「だから香月。もう自分を責めなくって良いんだ」

 いつの間にかパパとママは消えていて、優し気な男性が微笑んでいる。

「幸せになって良いんだ。香月が笑ってくれると、俺は嬉しい」
「誰?」
「もう一度言うよ、香月。俺の子供になって。俺と一緒に、幸せになって」

 そして思い出す。
 これはあの日、初めて要と会った時に病室で言われた言葉。
 そう言えば、あの時も要は僕の手を握ってくれていたっけ。

 心が温かくなるのを感じながら、僕は目を覚ました。




「あ、起きた。そろそろ起こそうと思ってたんだ」

 いつの間にか家に着いていて、居間のソファで寝かされていた。
 湯上りでさっぱりした様子の要が僕の頭を撫でていた。

「もうっ、寝てるところずっと頭撫でてるとか。子供扱いやめてくれる?」
「子供扱いも何も、子供じゃないか。早いとこお風呂入っておいで」

 最近要の距離が近い気がする。
 こういう、普通の親子っぽいやり取りはまだ慣れない。
 要に言われるままお風呂に入って泥を落として着替えると、要が早速お爺さんの家へ行こうと言ってくれた。




 シロの遺骨と首紐を包んだバンダナを持って、お爺さんを尋ねると、何だかバタバタしていた。
 知らない人が大勢来ていて、あちこちに連絡しているように見えた。

「ねぇ、何があったの?」
「あっ、香月君……? お父さんが……」

 慌ただしく動く大人達の中におばさんを見つけて声を掛けると、お爺さんが今朝息を引き取ったことを告げられた。
 僕達は、間に合わなかったのだ。

「香月、今は帰ろう。邪魔になってしまう」
「でも要! せっかく……」
「帰ろう」

 反論する僕の言葉を封じるように、要がいつもと違う厳しい声で言う。

「せっかく来てくださったのに、すいません。斎場の手配が付いたら連絡します」
「そうですか。では、こちらにお願いします」

 お爺さんの葬儀に参加してくれって言ってくれるおばさんに、要が連絡先を渡している。
 僕は呆然としたまま、要に連れられて家に帰ってきた。


 数日後、要に連れて行ってもらったお葬式で見たお爺さんは、一回り以上小さく見えた。
 とても穏やかな顔をしていて、聞こえてきた話では眠るように逝ったらしい。
 苦しくなかったのが良かった、という声も聞こえてきた。
 僕はというと。

「嫌だ。嫌だよぅ。まだ約束を果たしてない……また遊んでくれるって言ったじゃないかぁ!」

 周りの大人たちが皆お爺さんの死に納得しているようなのが許せなかった。
 シロをお爺さんに会わせるって決意が果たせない自分も許せなかった。

 お爺さんに縋り付いてボロボロ泣き喚く僕を、要が引き剥がす。
 そのまま、要に連れられて斎場を後にした。



「まだ、何も終わってないよ、香月」
「……へ?」

 泣きじゃくる僕にかけられた要の言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。

「シロを義夫さんに会わせるんだろう?」
「で、でも、お爺さんはもう……」
「香月の力は何だっけ?」
「僕の力……? …………あっ!」

 要が何を言いたいかやっとわかった。
 僕は何て間抜けなんだろう。

「幽霊の義夫さんはどこにいた? 斎場にいたかい?」
「……いなかった」

 幽霊のシロとお爺さんを会わせるのは、何も生きているうちでなくてもいい。
 むしろ、幽霊になったからこそ、シロの願いを本当の意味で叶えてあげられるかもしれない。
 お爺さんは、斎場にはいなかった。
 じゃあ、どこに行ったんだろう?

「まさか、成仏した?」
「それはないんじゃないか?」

 要によると、四十九日の間はまだお迎えが来ないというのが仏教の習わしらしい。
 そもそも、見晴らし台に毎日くるほどダム底の村に想いを馳せていたお爺さんがそう簡単に成仏するとは思えないって。

「探そう! お爺さんの幽霊を!」
「うん。俺には見ることはできないけど、手伝うよ」

 こうして、僕と要はお爺さんの幽霊探しを始めたのだった。


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