⑤
「はぁあああっ!」
『うがぁああああああああああああ⁉︎』
薙ぎ払い、血飛沫が上がるのを出来るだけ避けて返り血を浴びないようにする。
エリーことエリザベス=バートレインは、昼前から潜り込んだ
世話になってるロイズからの餞別を無駄にしたくはない。それを使う機会を誤りたくがないためにと、いつも以上に慎重に挑んでいたのだ。
自慢の双剣を振るい、血は即座に振り払ってから次の討伐対象に。ゴブリン、オーク、
ソロ冒険者として、ランクB冒険者として活動が長くなってきたエリーには大したことがなくとも油断してはならない。
以前、その油断が災いして、このダンジョンの最終ステージ手前で挫折したのだから。
「これで、最後っ!」
右の剣を一閃するだけで、あっという間に倒せたのは
見かけによらず回避能力はあったが、エリーの敵ではなかった。
なかったが、手持ちのポーションドリンクを飲みながらエリーは自分の攻撃速度を分析もしていた。
「……慎重になり過ぎて、回復が追いついてない」
そのせいで、思った以上に攻撃力を剣にのせられず、一撃で倒せる相手でも攻撃の回数が増えていってる。
体力や多少の疲労回復は、手持ちのポーションドリンクで回復出来ても、どれも即効性とは言い難い。決して安物ではないが、高名なヴィンクスが錬成するのには劣ってしまう。
彼のポーションは、どんな安価のものでも人気過ぎで即完売するのだ。もちろん、エリーの手元には最安値のすらない。
「……けど、その弟子が作ったポーションがあたしの手元にあるっ」
せっかくだから、討伐対象も今はいないし、簡易結界を展開してから食べて効能を確かめようと決断する。
そうと決めてから、エリーの行動は早かった。
まず、周辺の討伐した
討伐した証拠品と、採取
採取と火魔法での死体消失を繰り返して片付いたら、今度はエリー自身の身支度に。
「ここいらがいいか……」
万が一に新しい
『我が息吹よ、届かぬ風となりて囲め』
短い詠唱を唱えると、洞窟内だから少し吹いてた風も止んでエリーの周囲が半円状の薄い膜で覆われた。
この結界内でならば、食事をしてる最中でも不意打ちの攻撃はいくらか避けられる。
シートも敷かずに地面に座り込んでから、エリーは目的のメンチカツサンドを探した。
「あった!…………これが、メンチカツサンド」
茶褐色の薄紙に包まれた、細長いパン。
サンドと言うから、てっきり三角形の状態と手に入れるまで思い浮かべていたが、ロイズに手渡されたこれは違う。
中身を早く食べてみたいところだが、ロイズが別に渡してきた、効能などが記載されているメモを再確認することにした。
【スバル特製ロールパンサンド】
《特製メンチカツ》
・食べれば、攻撃力(魔法は除外)を90%まで引き上げてくれる
・製作者が一から手作りしたメンチカツは、揚げたてもだが冷めても美味しい一品! 同じく手作り熟成ソースがたっぷり染み込ませてあるからやみつき間違いなし!
改めて見ても、効果の付与が尋常じゃない値だ。
いくらロイズが世話焼きでも、知人の間柄だとは言えエリーにためらいもなく『あげる』と渡してきた彼は凄い。
さすがは、休職中でもAランク冒険者だから気前がいいのだろう。
彼に改めて感謝しながらも、メモの上部をもう一度読む。
「即効性とかは書いてない? 錬金師の腕次第で効果が違うにしても……ちょっと変だね?」
おまけに、持続時間やどれくらい食べても効果は同じか半減するとかもなかった。
「……なら、半分食べて試してみる、か」
用意してあるのはこれだけだから、試験的に使うしかない。それに次はいつ手に入るかわからないので、勢いで食べてしまうのがもったいないのもあった。
とにかく、丁寧に包んである包装紙を破かないように剥いでく。
「う、わっ。野菜も多いだけど……メンチカツってこれ?」
薄紙から出てきたのは、細長いパンに切り込みを入れて具を挟んだサンドイッチ。
固いパンに切り込みを入れて挟む事はあるが、柔らかそうなパンで似たようなものを作るのは、年若いエリーでも初めて目にする。
野菜は千切ったレタスと、せん切りしたキャベツがたっぷり。その中央には、半円状に二枚並んだ黒いソースをまとった不思議な食べ物が。
「なんだろ……効果もだけど、味がすっごくイイってロイズさんが言ってたにしたって」
味の想像がつかない未知のサンドイッチ。
少しだけ鼻を近づければ、食欲をかき立てる酸っぱいが香辛料の匂いがしてきた。
大した食事をしてこなかったので、思わず欲望のままに口に入れようとしたが、すぐに先程決めた事を思い出して手をパンの中央に移動させた。
「この辺なら…………出来た」
ちょうどメンチカツ同士の間で割れば、綺麗に二つに分かれた。
片方を広げたままにしてた薄紙に包み、残りを両手でしっかりと持った。
「にしても……パンの中ってこんな真っ白だったんだ?」
断面は雪のように白く、柔らかくて簡単に割れたのが驚きだった。
いつも食べる食事用のパンはもう少し固くて、中身も少しパサついている。
なのに、スバルと言う錬金師が手がけたらしいこのポーションパンは、いとも簡単にちぎれる上に弾力性があった。
割ったことで縮んでいた断面が、少しずつ元の大きさに戻ってるのだ。
「まずは……パンから」
ポーションでも、普通に食事をするのと一緒だし、結界で防御してるから楽しんだ方がいい。
「……な、にこれっ。甘い!」
ほんの少しかじっただけでも、パンの程よい甘さが口いっぱいに広がっていった。
そして、噛めば噛む程舌の上に移っていくたびに甘さが増していくような気もした。
これは、メインのカツとやらも期待できそうだ。
そう思ったエリーは、もう迷わずに勢いよくカツの部分にもかぶりつく。
「───────……ふ、ふんまぃ!」
まず、驚いたのは、『カツ』と言うのは肉だった事。
厚切りの肉ではなく、ひき肉をハンバーグにしたような食感。だが、ハンバーグと決定的に違うのは味と外側の部分だった。
(肉の味付けは、塩と胡椒くらい? だけど、外側の層についてるソースのおかげでちょうどいい!)
実家がそれなりに資産のある商家だったので、普通の庶民以上に裕福な食事が多かったエリーは舌が肥えている。
だが味を分析しようにも、メンチカツの外側の正体がよく分からず首をひねるしかなかった。
「けど、黒っぽいソースのおかげで野菜も美味しい!」
カツも美味いが、野菜と一緒に食べれば黒っぽいソースのおかげで舌が休まる。
キャベツやレタスの下処理も丁寧で、シャキシャキと歯で噛むのも心地いい。まだまだ年若い少女のエリーでも、肉は好むが久々に野菜が美味しいと思えたのだ。
「ソースがかかってない外側のとこはサクサクしてるけど……油?が感じるから、揚げた? ドーナツじゃないのに不思議。でも、肉汁すっごい!」
あっという間に手に持ってたのをぺろりと平らげてしまったエリー。
つい、残りにも手を出そうとしたが、ここで食事を全開で楽しんでる場合じゃないと首を強く振った。
「食べたけど……効果が出るのは、用途によるのかな?」
攻撃力付与のせいか、回復とは違って体全体に染み渡るような感覚とかがない。
エリーも冒険者となって数年になるが、数多くのポーションを口にしても今回のような種類のポーションはまず初めて。
生まれ育った街の名物になりつつある例のポーションパン本店に行こうにも、幼少期のせいで根付いてしまった男性恐怖症のために行けずじまい。
ロイズやごく一部の男性なら平気なのだが、初対面の場合は怖気付いてしまう癖があるのだ。
「……行くかどうかは後で決めるにして、ダンジョン攻略しなくっちゃ!」
最終段階手前にあるステージに、エリーは片付けをしてから急いで向かった。
「…………やっぱ、いた」
目的地に到着してすぐに、対象物の物影が目に入るとエリーは岩陰に隠れる。そして、そっと顔半分を出して対象物の姿を確認。
成人男性の数十倍程の巨体。
全身岩だらけ。
手の部分には、唯一金属の大剣。
顔には一切の表情が見られない、背にある扉を護る守護
もう少し若かった頃に、エリーがソロでもこっぴどく怪我を負うはめになった、このダンジョン最大の討伐対象だ。
「倒されても、再生するからいて当然か。見てくれはちっとも変わってないけど」
ダンジョンにも種類があるが、この洞窟の場合不定期にだが最終ステージの宝が補完されるらしい。
その中身はランダムだそうだが、エリーが欲しいのは宝ではない。
このダンジョンをソロで攻略した事への達成感が欲しいのだ。
(通常なら、パーティーで連携するのが普通だけど……あたしはソロで倒すんだ!)
そのために、死にものぐるいでランクを上げて最低のBまでこぎつけてきた。
それと今日は、先程半分でも食べたメンチカツサンドがある。物に頼るのも悪いわけではないが、女故に筋力が男より低いから止むを得ない。
その原因もあって、前回はあのゴーレムに歯が立たなかったのだ。
「足を壊せば、膝をつかせれる……行くか!」
再挑戦へのスタートを、エリーは切り出した。
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【メンチカツの由来】
今回は皆大好きメンチカツの由来。
メンチカツの呼び名は日本だと関東や関西で違います。作者の家は両親が関西だったので『ミンチカツ』と時々読んでいました。
説は色々ありますが、関西由来の方を紹介します。
近畿地方を中心とする西日本では、元々挽き肉をミンチ肉あるいはミンチと呼ぶことが東日本よりも多いらしく、ミンチで作るカツからそのまま「ミンチカツ」と呼ばれる方が多いと言う説です。