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「ほら、香月。さっさと起きる!」

 バサッと要に掛け布団をはぎ取られて、僕はまだ開かない目をゴシゴシと擦りながらベットから這い出した。
 いつも自分で起きる時間よりも三時間以上早い。
 空はまだ真っ暗だ。

「うにゅ~……」
「作業入る前に、ダムの中に入らせてもらえるって。さ、早く着替えてご飯食べちゃって」

 乱暴な起こし方に文句を言いたげな眼を向けた瞬間の要の言葉で完全に覚醒する。
 慌てて着替えて顔を洗い、用意してあったご飯を急いでかき込む。
 その様子を要はおかしそうに笑って見ていた。

 一体、どんなコネを使ったのか、建物の中に入る許可をもらったらしい。
 ただし、本来は絶対に許可できないことだから、人が集まる前にやってしまってくれとの事らしい。
 それでまだこんな暗い時間から叩き起こされたのか。


 食事を済ませると、車に乗せられた。
 昨日一緒に帰ってきたシロは、自分から車に乗り込むと、僕の膝の上にちょこんと座った。

「寝てていいよ。着いたら起こすから」

 そう言われた途端、瞼が急に重くなってきて、僕はすぐに眠ってしまった。

 起こされると、どこをどう走ったのか、あの水門の傍に着いていた。
 懐中電灯の明かりの先に待っていたのは、楓と、もう一人。
 全く見知らぬ作業服のおじさんだ。

「よっ、香月。眠そうだなぁ」

 楓がそう言って僕の頭をグリグリ乱暴に撫でる。

「何でいんの?」
「ひっでぇ! ダム底の建物の中に入りてぇって言うから、おっちゃんに頼み込んだの俺だぜ?!」

 なるほど、コネがあったのは楓の方か。
 僕と楓がそんなやり取りをしている間に、要が作業服のおじさんに挨拶をしている。

「大島さん、今日は無理言ってすみません」
「おう、本庄先生の頼みだっていうから許可したんだ。絶対、無茶すんなよ」

 大島と呼ばれた作業服のおじさんは、口は乱暴だけど要の事をかなり信用している様子だった。
 要自身も知り合いなら、楓を通さずに要が頼めばいいのに。

「要はおっちゃんとは医者と患者としてなら接点あるけど、何かを頼めるような関係じゃないからな」

 そもそも、医者と患者という間柄である以上、ものを貰ったり何かをしてもらったりしてはいけないらしい。
 僕の考えを読んだように、楓が教えてくれる。
 ん? もしかして、楓も僕みたいな力があるのかな?

「お前はすぐ考えてることが顔に出るんだよ」

 何で分かったんだろう、というのが表情に出ていたらしく、首を傾げていたら楓が笑いながらそう言った。

「こっちだ。ついてきな」


 ダムは山の斜面を利用して水門のある壁が設置してあるだけだった。
 その壁に取り付けられた扉をくぐると、どこまでも下へ続く階段があって、それがダムの底まで続いていた。
 因みに、山の斜面を下ることでもダムの内部に侵入することができるらしい。
 それで水遊びにきて事故を起こす人が現れて、今年ついに作り変えるってことになったんだそうだ。

 昼間見た水際の見物人は、みんな山の斜面を下ってきたようだ。
 大島さんがこの階段は関係者以外使わせていないって言ってた。
 僕はもっと早く駆け下りたかったけれど、大島さんと要が危ないから、って言って大島さんを追い抜くのを許してくれなかった。

「坊主、今のダムはこんな造りじゃないからな?」

 キョロキョロ見てたら大島さんにそう言われた。
 ここまででも、かなり下ってきたのだけれど、まだまだ下に続いている。
 これは確かに、お爺さんは連れてこれないや。

 因みに、楓は上に残っている。
 山側から回り込んで、誰か見物人が来始めたらライトで合図を送ると言っていた。


「着いたぞ。ようこそ、ダムの底へ」

 大島さんがそう言ってにやりと笑い、わざとらしく左腕でダムを示しながら体をずらす。
 大島さんが照らしたライトの先には、はっきりと村が見えていた。
 夜間もずっと水を抜いていたようで、昼間は二階部分の屋根が辛うじて見えるくらいだったのが、今は一階部分の半分以上が見えるほどに水位が下がっていた。
 たぶん、大人の人の胸くらいまでの水位しかないのではないだろうか。

 昼間見た時よりも、さらに多くの建物が倒壊してしまっている。
 きっと、水が抜けたことで腐った柱が自重に耐え切れなかったんだろう。

 階段と水の堺目には五隻のボートが流されないよう、階段に打たれた杭にロープで繋がれている。
 水位が下がることを予想してか、ロープはかなり長めになっていた。
 それでも、水位が下がったために、ギリギリ宙吊りにならずに浮かんでいる、という感じだ。

「チッ、計算よりも水の抜け方が早いな……」

 大島さんがそう呟くのが聞こえた。

 その内の一隻に乗るよう大島さんに言われた。
 シロがサッとそれに乗り込み、前方の縁に前足を掛ける。
 まるで、早く行こう、と言っているかのようだった。

 大島さんはそんなシロの気配に気づくことなく、シロの身体をすり抜けて大きなライトを置く。
 皆には見えないだろうが、ライトから猫耳と尻尾が生えたみたいに見えてちょっと面白い。

「で、どっちに行きたいんだ?」

 大島さんがボートを漕いで連れて行ってくれるようだ。
 僕らが座ったのを確認すると、大島さんがロープを外して飛び乗ってきた。
 チャプン、と水飛沫を上げてボートが少し跳ね上がり、また浮かんだ。

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