010 はじめの一歩
はじめの一歩
思いもかけないミキの告白を聞いてしまったクラリッサであった。
(あれ、僕どうしたんだろう)
「申し訳ない、おかしな話を聞かせてしまいました。」
「いえいえ、少し安心しました。陛下のことを そこまで思っていてくださって。そして この国に住む皆のことを思ってくださって ありがとうございます」
「当たり前じゃないですか、わたしも この国に住むひとりの民です。まだまだ、引っ越してきて間もないですが」
「三年が 間もないかどうかは別として…そうですね。ミキさまも この国の一員です、そうですね、わたしからも、改めて 言わせていただきますね」
「ようこそ、リンドブルムへ。ようこそ竜王国へ。そして 陛下の…エリステルさまのもとへ来てくださって ほんとにありがとう」
……
「ふふふ」
「ははは」
どうしたことでしょう、夜中でも 明け方でもないのですが ふたりとも 夜中のテンションのようです。
「たしかに陛下からの書状、お渡ししました。」
「ありがとうございます」
「あっ、でも お出かけになるときは 必ず わたしか わたし直轄の侍女に告げてから出かけるようにしてくださいね。というか ですね。ミキさま、いつまで離宮の方にいらっしゃるおつもりです?もうお披露目式も済みましたので 城内の方で陛下とともに 住まわれてはいかがです?」
ずい、っと顔をよせるクラリッサに ミキもたじたじのようですが…「近い、近いですよ」
「あっ、これは わたくしとしたことが 失礼しました。ですが陛下も 寂しく思われていらっしゃるかもしれませんよ?…っと あら」ミキの執務机においてある書き終わった資料を手に取るクラリッサ、「これが 例の資料ですか?ちょっと拝見してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「…そうですか、これを おひとりで」
「えぇ、それぞれ 二人分は 出来上がったのですが」
「まさかと思いますけど、さっき会議の時に 絵の上手な方を探してくださいって仰ってましたよね?そのものたちに 模写をさせてって話だったと思うのですが」
「えぇ、まぁそうなのですが、いろいろと資料のコメントとかも書き込んでいますとつい…」
「はぁ、ミキさま。ミキさまが、ご自分で出来ることは、ご自分でなされる方だというのは、この三年のお付き合いで 重々承知いたしております。で・す・が!今後は、わたしや 近くのものに言伝ていただいて他のものを頼るということにも慣れていただかねば…まぁ いいです。察するところ二人分まで、出来上がっているようですね。こちら わたしの方でお預かりしてもよろしいでしょうか」
「はい、よろしくお願いします。正直、疲れちゃって あと三人分どうしましょうと思い始めていたところです」
「はい、ではお預かりいたしますね(はぁ、この方は…もしかしてお披露目式が終わったということの意味?意義について気付いていない…いえいえ まさかですね)」
「よろしくお願いしますね、探索に当たる方々にも 無理をして怪我などされないようにとお伝えくださいね」
「承りまして。それでは 早速手配いたします。では…」
そういって、ミキの執務室から去っていくクラリッサであった。
「あっ!あぁ~~、しまった。いま、クラリッサさんに言っておけば よかったんだよ。これから ちょっと出かけてきますって」(まだこの辺りに いるかなぁ、いるといいなぁ…いないねぇ)
「はぁ、仕方ない。お昼ご飯を 食べてからしよっか。」
ここ、ミキの住む離宮にも 少人数とはいえ働いているものたちもいるんだよね。そんな職員たちが 食べる為の食堂も 当然のことながらあるわけで…。
「きょうは、何を食べよっかな~。ロック鳥の唐揚げにするか、コッコの唐揚げにするべきか……それが問題だ」
「って、おねぇさ~ん、今日のおまかせ定食ひとつ、お願いね」
唐揚げ関係ないじゃん、とツッコミはなしで。
「おや、ミキちゃんでないかい。やだねぇ、こんなおばちゃんつかまえて。あいよ おまかせ 一つぅ」
「いえいえ、いえいえ、ショコラさんは 僕にとって、いつだって頼りになるおねえさんです」
この食堂を切り盛りしている彼女の名は、ショコラ・タジール、ミキが この離宮に住み始めてから、始めてこの食堂を訪れてからのつきあいになるので、陛下、クラリッサ、リョージュン、ガストールを除けば、ほんとに長い付き合いになる。顔を合わす回数だけ見てみれば、ガストールよりもその回数は 多いと言える。なので、ミキも、気負わずに話せる間柄といえよう。
「そう言えば、この間陛下の御子となる方のお披露目式が あったんだけど あんたも出席したのかい?なんでも 近隣の国々からや この国の官たちも集まった式典だったそうじゃないかい」
「あ、あはは~。一応出席はしたというか、そのぉ…」
「まぁ、あんたも陛下には、助けられたって言ってたっけ、ちったぁ顔見知りなんだろ?よく陛下付きのクラリッサ嬢ちゃんとか 宮廷医のリョージュンさまとかとよくちょくちょく ここを利用してくれてたしさぁ。末席くらいには いたんだろ?」そう言いながらも 手をとめることのないショコラ嬢。妙齢の女性を嬢呼ばわりもいかがなものかと思うが。
「えぇ、一応出席は させていただいたのですが、もう緊張しまくりで」
そう、二人の会話を聞けば 解ると思うのだけれどミキは 食堂のおば・おねえさんに自らの素性を言ってないようですね。食堂のおばちゃんも、ミキが離宮に住んでいることは 知っていても陛下に助けられて 陛下よりなにがしかの職を与えられた人物という程度にしか考えていないようで…まさか 目の前にいるミキ自身が、お披露目会の主役であったとは知らないようである。
まぁ これには ミキの希望もあって告げていないのだけれど…毎日利用するであろう食堂のおば・おねえさんに、素性を明らかにしてしまえば きっと仰々しく迎えられて 肩が凝ってしまうと思ったそうで。まぁ 実のところこのショコラ嬢なら素性を明かしていたとしても 肩が凝るような扱いにならなかったかもしれないと思ったのは、その三日後であったという。
「そうかい、初めての式典だろ?そんなものさ。初っぱなからうまくいく事なんてそうないわさ、あいよ!おまかせ 一丁」
なかなかに気っ風のいいおねえさんである。
「おぉ~!美味しそうだぁ。いっただきま~っす」
「あんたも いつも美味しそうに食べてくれるね~、作りがいが あるってもんだわさ」
「ごはんは、美味しく!仕事は、笑顔で!って おねえさんのいつもの台詞ですよ」
「ふはは、そうだねぇ。あんたの言う いただきますってのも いまじゃ 結構広がってるよ」
「あはっ、ははは(あちゃぁ、異世界に行って うっかり元の世界の文化を広めてしまうなんて文化侵略だよって思っていたのに まさか自分がやってしまうなんて:汗)」やっちまった感が 急速にミキをおそうのであったが
「いやだね、あんたが 教えてくれたんじゃないか。食事を作ってくれた人へ、野菜を作ってくれた人へ、肉を 魚を 獲ってきてくれた人へ、そして 食材そのものへの それぞれへの感謝の意味を込めて いただくんだって気持ちを込めるって」
「…でしたね」
「どうしたんだい、そんなしょぼくれちまって」
「いえ、僕って 余計なことを広めてしまったんじゃないかなって」
「そんな難しく考えるこたないよ。人ってのはね、それが すんなり受け入れることが出来なきゃ 反発が起きるものさ、それが あっ、これいい って単純に受け入れられたってことは きっとみんなもね 心のどこかで そうしたかったってことなんだよ。それを どんなふうに表現するか それがたったの六語で 表現出来るんだ。あたしゃ みんなが いただきます。ごちそうさまって 元気な声で言ってくれるのを聞いて あぁ この仕事をやってて良かったって思えるんだ。少なくとも あんたが思ってるようなことに なっちゃいないよ」
「ショコラさん、…ありがとう、なんか元気出てきました。えへへ。よぉ~し食べるぞ」
実は、新しく紙作りを始めたり、印刷の技術を導入したり そういった地球の技術を導入するにいたってミキにもいろいろと考えることがあったようで、少し迷っていたところがあったのです。
「あぁ、冷めないうちに とっととお食べ」
◇
「ごちそうさま~」
「あいよ、あんま 悩みすぎるんじゃないよ~」
「はぁ~い」
さてっと、まずは いったん部屋に戻って それからお出かけの準備をして それから そうだ、ちゃんと出かけるってことを 伝えなくちゃだよね。「すみませ~ん、どなたか 近くにいらっしゃいますか?」クラリッサさんの関係の方は…
「はっ!こちらに控えております」
「(うぉっ!びっくりした相変わらず、クラリッサさんの配下の方たちってほんとに侍女さんなのかなぁ)すみません、これから、この皇都近辺を…そうですね 今日のところは、王城の周辺を歩いてみたいのですが…」
「すべて承知いたしております。クラリッサさまには こちらからお伝えしておきますゆえ。してお帰りの時刻は?」
「食堂の夕飯時までには 戻ってきます」
「かしこまりました、では」
「はやっ!もういないよ」
「さて、僕もこれから お出かけだ」