第10話 ハルベルトとレイピア
灰賀の手にしたグレイズ・ハルベルトは重量が3キログラムを越える品物だ。
ハルベルトは斬る、突く、引っ掛ける、叩くといった多芸に秀でており、それぞれの機能を使いこなす判断力とそれに見合った高度な技術も必要とされた。
「よしっ実践で試してこいッ灰賀よ!」
「うむッ……やってみるか…………!」
灰賀は肩にハルベルトを担ぎ、緊張の面持ちで防壁をすり抜ける。
「チートで付加能力マシマシにしておいたから平気じゃぞ!」
〈……チートって何のことだろう……?〉
ファミコン時代でゲーム知識が止まっているためか、思わず尻込みをした。
「ギシャーッ!!」
彼が危険地帯に足を踏み入れた瞬間、ゾンビ達が方向転換し集まってくる。
「南無三……!!」
ゾンビ作品を数多く観ている人なら誰しもが考える対ゾンビの有効的な武器。
バールのようなモノ、野球のバット、ゴルフのクラブ、極め付けのチェーンソー等、身近にあって使い勝手が良いものを選択する人が多いだろう。
「すごいッ……ひと振りでゾンビを3体も……!?」
だがこのゲームにおいてはアンデッドの細胞をバイオテクノロジーで昇華して、特別に強化された武装と融合させる事が最適とされている。そして毒を以って毒を制すのコトワザ通り、アンデッドに対して絶大な効果を発揮する兵器の一つがこのハルベルトなのだ。
「ふぉっふぉっふぉっ! 切れ味抜群じゃな!!」
灰賀の後ろで高みの見物をし、ふんぞり返るアップル。
大量にいるノーマルのゾンビはだいたいが不死物危険度D。これは目安として、一般人が携帯できる武具だけでも倒すことのできるランクである。 ただし前述でアップルも言った通り、ゾンビを狩る行為はレベル上げには適していない。
「まぁ、ゾンビは動きが遅いから練習相手にはもってこいじゃしな」
「フンッ、フンッ! ……意外と扱うのが難しいな……」
斧と槍の箇所を交互に使い分け、試行錯誤しながらゾンビと戦う灰賀。
「上々の出来じゃな! ゾンビで準備運動を済ませたら、今度はアンデッド・クリーチャーをミンチにしてやるのじゃ」
「……もう少しコツを掴みたい……のだが」
アップルにせかされる灰賀はなんとか30体以上のゾンビを討ち果す。
「右からヘルハウンドがこちらに向かっておるぞッ、気を付けよ!」
彼は強襲するゾンビ犬に気圧され、ハルベルトでひっかき攻撃をガードする。
「ガウーッ……ワォーン!!」
戦闘経験の少ない灰賀にとってこれは試練であり、1週間前のフレッドと同じく乗り越えなければならない難関なのだ。アップルは心を鬼にして灰賀の戦いを静観する。
「クッ……相手を動きをよく見て……」
タイミングを合わせて振り上げたハルベルトはヘルハウンドを一閃。
「見事じゃぞ灰賀よ、これなら〈寄宿者〉になった時は即戦力になりそうじゃな」
「ホス……ター? うーむ、生身のままでは限界があるという事か……」
ひとまず小休憩するためにバリア内に退避する二人――。
「この血生臭さは……とてもゲームとは思えんな……」
未だに灰賀はこのVRゲームを体現している事に慣れていない。
アップルはリンゴジュースを飲みながらリラックスをしているが、霧の中に入ったフレッドのことが気がかりのようだ。
「ゴクリッ、……フレッドのやつは大丈夫じゃろうかのぉ……」
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防壁から5百メートル以上離れたフレッドはあたりを見渡していた。霧のせいではっきりと視認できないが、付近には西洋風の古い一軒の廃墟があるだけでほとんど平地になっている。
「レベル上げも大事だけど、2つ目の〈ヴァリアント〉も欲しいんだよな……」
相手はNPCだったが、先日の初めて体感した対人戦で自分の弱点が浮き彫りになったのを痛感したフレッド。 敵の〈寄宿者〉はレベル25の格上で、結果的には勝利を得たはずなのだが――。
「力押しだけではたぶん……この先の戦いで生き抜くのは厳しいだろうし」
なにより彼自身のもつ〈ヴァーミリオンバード〉は燃費の悪さが目立ち、そこをつけ込まれる危険性が非常に高い。
〈でも体内に2匹目の寄生虫入れるって抵抗あるんだけどね、やっぱり〉
フレッドはこの世界がゲームであると観念するものの、異物を身体の中に浸食させるのは
「アイツに許可とらずに新しい寄生虫ゲットしたら怒られるかなぁ……?」
フレッドが色々思考を巡らせながら、獲物であるアンデッドとの遭遇を待ち構えていると、そこに澄みきった女性の声が彼の耳に届く。
「あらっ、またお会いしましたわね。フレッド……さんでよろしかったかしら?」
フレッドの正面から現れたのは美少女剣士のダフネ・ヘイズだった。
「おぉ奇遇だねぇ……今日も霧の中をお散歩かな?」
返事をしたフレッドの視線は彼女の胸元に一点集中していた。
「先日は大変な目にお遭いになったそうで、気の毒でしたわね……」
「あっ……ダフネちゃんも巻き込んじゃってゴメンね」
謝るついでに馴れ馴れしく、『ちゃん』付けで名前を呼ぶフレッド。
「わたくしも以前はあの〈パラサイダー〉に追われていました」
「えっ……じゃあダフネちゃんもアノ研究所に居たって事ッ!?」
ダフネは廃墟の傍にある木々を見上げると、遠い目をしながら彼に返答した。
「おそらく……あなたの居た研究所とは別物ですわ。けれどトリガーとなってゲームが進行したという事は、ある意味では同一の存在ともいえますね」
「……昨日〈パラサイダー〉の襲撃あったけどバレなかったの?」
フレッドはダフネに続けざまに問いかける。
「わたくしは一度〈パラサイダー〉にこの命を奪われました……リスポーンすると敵NPCの記憶からは存在自体が無かったことになってましたわ」
「マジでか……でも一度奴らに殺されたら狙われないで済むってことか」
「その場合、このゲームから永遠に出れなくなりますけど……」
「……だよねー」
どうやらこのゲームは一筋縄ではいかないらしい――――。
それまで平穏だったのが嘘のように、薄気味悪い気配を森全体から感じとれる。
「たぶん……ダフネちゃんがここにきてる目的は俺と一緒だと思う」
「ドロップする寄生虫は1匹だけというのはおわかりですね?」
けん制しあうフレッドとダフネは既に利き足に体重をかけていた。
――……上空から飛来する複数の鳥が二人めがけて突撃してくる。
「!? 〈アージェントクロウ〉かッ、群れて襲ってくるから厄介なんだよなぁ……」
それらは白いカラスのアンデッドで、一匹の不死物危険度はD-の最下位。だがシルエットが霧で判別しづらく、また集団で攻撃してくるため油断ならない。
「わたくしのターゲットはこのような雑魚ではございませんわ!」
ダフネは素早く右手のレイピアを使い、連続でカラスをなぎ払う。
(すげぇ、やっぱりこの子は俺よりレベルが上っぽいな……)
さらに、50匹以上のアージェントクロウの大群に気圧されることなく、蜂のように刺突する。例えるなら、固い木の幹に穴を
(爆乳もすげぇ跳ねまくってる、おっぱいレイピア恐るべし……)
ダフネのその華麗なる立ち回りにフレッドは目を丸くする。
「フシュー、フシュー…………」
だが、まだ見ぬ強敵が彼らのすぐ傍で爪を研いでいた――――。