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「シロが死んだ時の記憶が見えたって、大丈夫か?」
「うん。何て言うか、映画を見ている感覚? 痛いとか苦しいとかは無かったから、大丈夫」
要が心配してくれているので、感じたことをそのまま伝えると安心したようにため息をついた。
「ほら、香月はその力嫌がってたのに、使わせちゃったからさ」
傷つかないために力と向き合おうと言った矢先に、辛い記憶を見せてしまってすまないと要が頭を下げてくる。
「ううん、良いよ。この力で何ができるのか知っていこうって言ったばかりでしょ? 失敗する事だってあるよ」
「そうだけど、力になるとか俺がついてるとか言っておいて、いざという時結局は俺は傍にいることしかできないから。心配はするよ」
「幽霊の記憶を見るんだもの、死ぬ時の記憶が見えるなんてこと、多いんじゃない? 要が言う通り、怖いとか嫌な感じのするやつだけ避けていけばそれほど酷いことにならない気がするよ」
辛い思いはさせたくないんだと言う要の言葉が嬉しかった。
それに、シロの記憶を見たことで、死ぬ瞬間の記憶を見ても自分の体験ではないとわかっている状態だったと分かった。
これはこの先幽霊の記憶を覗いても大丈夫ってことなんじゃないかって思ってる。
でも今は僕のことよりもシロのことだろう。
僕はシロの方に向き直る。
シロの願いを叶えてあげたいけれど、かなり難しそうだ。
「前の家の縁側って……ダムの底だよね? 悪いけど、ダムの底に行くことはできないよ」
「行けないこともないよ」
「えっ?!」
シロのために何かしてあげたいけれどこればかりはどうしようもない、と思ったら要があっさりと否定してきた。
「再来週からダムの改修工事が始まる。上流と下流に仮のダムを作って、あのダムの水をいったん抜く。確かその後数時間だけ見学者が下りられることになってたはずだ」
「じゃあ……!」
「でも問題もたくさんある」
お爺さんを連れて行こう、と言いかけた僕の言葉を遮って、要が首を横に振る。
「ダムの底へ続く階段は義夫さんの足では辛いだろう。そもそも、ずっと水の底にあった家が今もまだ無事で残っているとは思えない」
仮に残っていたとしても、建物には近寄らせてもらえない可能性の方が高い。
どちらにしろシロの願いをそのまま叶えてあげることはできないようだ。
「義夫さんに気づいて貰えて、一緒に過ごせれば良いんだろう?」
要の言葉に、シロは頭を傾げて少し考えるような仕草をした後、頷いた。
「なら、香月がさっき俺にシロを見せてくれたように、義夫さんにシロを見えるようにしたら?」
「そっか。それならできそう!」
要の名案に、僕は俄然やる気になる。
シロも期待したように目を大きくしてじっと僕と要を見ていた。
「でも、義夫さんはシロに会いたいと思ってるのかな?」
「どういう意味?」
「うん、いきなりシロを見せてしまって、びっくりするんじゃないかと思って」
これは推論だけど、と要は続ける。
「今まで、香月と触れても幽霊が見えたって人はいなかっただろう?」
「うん」
いたら、もしかしたら僕のことを理解してくれる人もいたかもしれない。
「俺にシロが見えたのは、俺が香月の力を理解したい、香月の見えているものを知りたいと願っていたからじゃないかなって」
「お爺さんが、シロを見たいと思うことが重要って事?」
「そう。もしかしたら、香月が見せたいと思って触れれば見せられるかもしれない。取り敢えず明日試してみてからにしよう」
いきなりお爺さんに試して怖がられたり気味悪がられたりして欲しくないから、くれぐれも明日勝手にお爺さんの所に行かないこと、と要に釘を刺された。
そして翌日。
まだ日も高いうちからやって来たのは、楓だった。
因みに要も夜の出勤の人と代わって貰ったとかで、日の明けないうちに仕事に行って、午後の三時には帰ってきていた。
「よぅ香月! 大きくなったなぁ!」
そう言ってわしゃわしゃと乱雑に頭を撫でる。
たまにやってくるこの要のお兄さんは、こちらが避けていても平気で距離を詰めてくるような人物で少し苦手だ。
いつもなら振り払う所だが、要が何やら目配せをしてくる。
あ、楓で試せってことか。
向こうから触れて来ている今が好機だ。
シロも協力的で、楓の足元に寄ってきている。
「ん? あれ、要、いつから猫飼い始めたん?」
成功だ。
足に擦り寄るシロが見えたらしい。
随分懐っこいな、と楓は僕を撫でるのをやめてシロへと手を伸ばそうとする。
「へっ?! あれっ? 今、猫いたよな?!」
「何を言っているんだ、楓? 猫なんてうちは飼ってないぞ」
疲れているんじゃないのか、という要の言葉に楓はおかしいなぁ、といつまでも首を捻っていた。
そんな楓は、要に渡す物があるという名目で呼び出されたらしく、紙袋を受け取ると追い出されるようにして帰って行った。
「これで義夫さんとシロを会わせてあげられるね」
「うん、でも、楓の反応を見ただろ? やり方を考えないと」
お爺さんをびっくりさせないよう、また、僕が気味悪がられないように、会わせ方を考える事になった。