独立した世界3
見回りというのは、相変わらず退屈なものだ。
防壁上も詰め所も造りは何処も似たようなものであるし、見回りも人が違うだけでやっていることは同じだ。それでいて大結界も頑強になったので、完全にただの散歩でしかない。
とはいえ、少し変わったこともあった。それは、防壁上から落とし子達の姿を見かけることがあるようになったことだ。しかし、それだけだ。落とし子という存在はまだよく分からないが、現在の彼らに魅力は無い。
それでも防壁上から見かけたら観察ぐらいはしている。その度に順調に成長しているようで、少しずつではあるが、確かに強くなっている。それは他の生徒や兵士達に比べれば成長速度が明らかに速く、少し見ないだけで成長しているのが直ぐに分かるぐらいだ。それでも人間に比べればでしかないので、それだけ人間は弱いということだろう。この辺りもどうにか出来ればな・・・しかし、ペリド姫達の方が若干成長速度は上かな。
そんな風に観察した結果を色々と思案したりしたものの、東と西の見回りは平和なままに終わった。
しかし、その後にやってきた討伐任務だが、正直、退屈なままが幸せだったのだと実感させられた。
「・・・・・・」
先程南門から平原に出たばかりではあるが、ちらりと後方の門の方に意識を向ける。より正確には後方に居る監督役にか。
「・・・・・・むぅ」
今回の討伐任務で付いた監督役の男性兵士は、他の兵士より見ただけで上質なものだと判る軍服で身を纏っていた。いや、今までも質のよさそうな軍服を着た監督役は居たし、駐屯地でも見かけた。しかし、それよりも更に上だと思われる軍服は初めて見た。明らかにそれなり以上のお偉いさんだろう。
「・・・・・・」
現在頭の中は、何故という言葉で埋め尽くされている。
確かに監督役という、生徒の保護者役にはそれなりの技量が必要とされるし、ここはナン大公国の駐屯地だけに、地位が高い者は実力者である場合が多い。
なので、技量が必要な監督役には最適とも言えるが、それでも今までの監督役でも十分な技量であったと思う。なので、それ以上の実力者が出張ってくる必要性は皆無なはずだ。
「人手がなかったのかな?」
たまにはそんな時もあるのだろうが、それにしては上過ぎませんかね? 確実に駐屯地の責任者かその上だと思うのだが・・・責任者は別の人だったから、変わっていなければ違うだろう。
そんな人物が背後からこちらを観察しているのだ。それも、今までの監督役の見守りつつも監視するような感じではなく、徹頭徹尾値踏みするような目を向けて。
やりにくいったらありはしない。これでは監督ではなく監視だ。いや、観察なのか? まあその辺りはどうでもいいや。
とにかく、見守るつもりなんて皆無なのが容易に伝わってくるその視線に、嫌な感じしかしない。何をそんなに興味を抱いているのか。
よく分からないが、気にしても答えは出ないから、今は考えないでいよう。どうせろくでもない事だろうから、目立たないように戦闘の回数を減らすか。
「んー・・・」
あまり大結界から離れないようにしつつ平原を進む。それでも討伐数を稼がねばならないので、全く戦闘を行わないという訳にはいかないだろう。
ではどうするかだが、あまり目立たないように群れていない相手を選べばいい。流石に数が多い相手を倒すのは目立つからな!
そういう訳で、基本は単独で行動しているのを探して、見つけたら一撃で屠っていく。しかし、やはり単独行動している敵性生物はかなり少ない。多くても二、いや三匹までとしよう。
そうして数に注意しながら倒していき、二日掛けて平原を回る。
期間内に南門に戻ると、門前で監督役と別れる。背中に視線を感じながら、赤く染まる駐屯地内を足早に進み宿舎に戻ると、部屋にはサムが居た。しかしもう寝ていたので、起こさないように注意しながら上段のベッドに登り、背嚢を置いて着替えを済ませて横になった。
ベッドで横になりながら、そろそろ夜になる時間なので、本を取り出し少し読むことにする。一応光球も出しておこうかな。
淡く優しい明かりが照らすなか、本の文字を追っていく。
静かに読書を続け、日付が変わった辺りで本を情報体に変換して眠りにつく。結局、朝になっても他の同室者は帰ってこなかった。
◆
「なるほど、なるほど」
視界から背中が消えても、男性はそちらの方に顔を向けたまま、数度頷く。
「オーガスト、か。中々に、いや、かなり優秀な生徒だな。あれは既に私以上の実力者だ。彼の前ではあの三人ですら可愛く見える・・・が」
男性はそこで言葉を切ると、不可解そうに首を傾げる。
「・・・しかし、何故ああも魔力量が少ないのだ? 明らかに使用していた魔法の総量と魔力量が釣り合わない。それに、あの体力もだ」
不眠不休で二日間移動し続けた少年に、男性は驚いたように唸る。
「他の候補も確認するが、これは確定だろうな。彼以上の人材は居ないだろうから」
男性は小さく頭を振ると、身体を別方向に向けて、そちらへと歩き出す。
「これで一つ心配事が無くなるな」
◆
そして休日。とはいえ、特にする事もないので、今日も今日とて読書に耽る。
しかし、読む本も無くなってきた。何処かで補充しないといけないな。まぁ、そろそろ模様の研究も行いたいと思っていたところなので丁度いい頃合いなのだが。流石に見回り中や討伐中に考えるだけでは限度がある。
「でもなぁ、中々進展がないんだよな」
誰も室内には居ないが、それでも口の中で転がすような小さな声音で呟く。
その言葉通りに、五年生に進級してからというもの、模様の研究については進展がほぼ無い。一応落とし子達がやってきた模様については研究しているのだが、かなり細かく分けたことで構成している魔法の系統までは大体把握できたのだが、そこからはろくに進んでいない。
そもそも、判明した系統を組み合わせただけで何故他の世界と繋がるのかが理解出来ない。模様に頼らず魔法だけで同じように組み合わせてみたが、そんな変化は起きなかったし、手掛かりにもならなかった。系統は判っても魔法まで特定できたわけではないうえに、一部しか再現出来なかったのでその辺りが失敗した原因だろうが、確実な事は何も判らない。
「はぁ。なんか疲れてきたな」
同じような毎日に、進展のない研究。やることもあまり思い浮かばないし、人の中に居るのも面倒だ。本も読むと段々と眠くなってくる事もある。
「疲れてるのかな?」
肉体的には何の支障も無いので、もしそうならば精神的にだろう。このままこうしていてもいいのだろうか? いっそ学園を辞めて外の世界にでも跳び出してみようかな? その方が面白そうだし。
「・・・・・・そういう訳にもいかないよな」
しかし、現実的に考えれば、それはそれで大変である。不可能ではないが、準備だったり片づけなければいけないことが多くて、そこからして大変だ。
「・・・はぁ。何かちょっとした刺激はないかな? 六年生からは森の中だから、多少は退屈も紛らわせそうなんだが」
本当にちょっとした刺激でいいのだが、日常というのはそう簡単に崩れはしないものだ。それが幸いなのは理解しているが、少しぐらいそう考えてもいいではないか。
まあもっとも、日常は崩れにくくとも、崩そうと思えば存外簡単だったりするのだが。
要は今の自分は倦んでいるのだ。日常が大切なのは理解しながらも、少しそれに逸れたい気もしているのだから。
だからだろう。直ぐにそれに気がつかなかったのは、こうして色々と考えすぎていたせいだと思う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
ボクが今居るのは、宿舎に在る部屋のベッドの上段。そこで横になって天井を眺めているのだが。そんなボクの眼前に、一人の少女? が浮いていた。
「・・・えっと?」
突然の事に驚きながらも、あまりそれが表には出ずに、普通の戸惑った声が出た。
「どちら様ですか?」
それでも、内心ではかなり驚き慌てているのだが、おかげで表面では平静を保てている。
「わたし? わたしはシスだよ~」
そう口にしたのは、身長百二十センチメートルも無いと思われる少女。
袖と丈の長い白い服の上下の上から縁が白色の青の貫頭衣を着用し、深紅の手袋と黄色の靴下、赤と白で彩られた靴を履いている。
赤茶色の髪は肩に触れないぐらいの長さに切り揃えられ、黄緑色の布を、頭頂部付近に蝶を模したように結んでいた。
シスと名乗る少女は目を細めて、少年のようなやんちゃそうな笑みを浮かべてこちらを見ている。
「シス? 君は何故ここに?」
ボクの問いに、少女は目を糸のように細めたまま、楽しそうに口を開く。
「少し様子を見にね~。そのついでに君に挨拶してみようと思ったのさ~」
「様子を見に?」
「そうそう。ここに超越者達が来ているでしょ~?」
「!!」
少女の言葉に驚くも、小さく反応したぐらいだ。それでも、少女はしっかりとそれを捉えたようで、少し笑みを深くしたような気がする。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないかオーガスト――じゃなくてジュライくん~」
「何故!?」
名前を呼ばれて少し大きな声を出してしまう。どうしてボクの名前を知っているのだろうか。
「めい様に教えて頂いたからね~」
「めい様?」
聞いたことがあるような、無いような? えっと、めい、めい・・・あ。
「・・・もしかして、死の支配者の女性?」
「ふふ。そうだよ~」
おかしそうに笑うと、少女はゆっくりと目を開く。
「!!」
少女の開いた眼窩は闇色をしており、その中に空色の瞳が鮮やかに輝く。その目を囲むように青白い火が点っている。いや、火が張り付いているとでもいうべきか。
「わたしはめい様に創造して頂いた存在だからね~。君のことも色々聞かせてもらっているよ~」
「色々、ですか」
「そう、色々とね~」
含むようにそう言うと、少女は再度目を閉じる。それで目元に灯っていた火が消えたので、張り付いている訳ではないということか。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ~。今日の予定はこれでもう済んだわけだし~」
そう言うと、少女は「じゃあね~」 と少女らしい可愛い声で告げると、下へと降りていった。
それに慌てて上体を起こして階下を確認するも、既に少女の姿は確認出来なかった。
◆
『そうだね。魔力の流れというのは、意識すれば視えるようになる。そうなれば、発現したい魔法に適した魔力というものが判ってくると思うよ』
『発現したい魔法に適した魔力、ですか?』
『魔法はどの魔力でも問題なく発現するけれど、世界に漂う魔力には質というモノが存在する。そこまで大きな違いではないが、その質に沿って魔法を発現させることが出来れば、精製楽になって魔法を発現しやすくなるし、威力も少し上がる。とはいえ、同じ場所に様々な魔力が流れているから、そこまで意識する必要もないのだが』
『それでも、威力や効率が少しは上がるのですよね?』
『そうだね』
『でしたら、それを無視する訳にはいきませんわ』
『そう。ならば、次はそれを目標にするといい』
ノヴェルの言葉に、オーガストは少し機嫌よく応える。
『はい!』
『まぁ、ノヴェルなら直ぐに判るようになるさ。既に大雑把な魔力の流れまで把握しているようだし』
『お兄様のご指導の賜物ですわ』
『いくら導きがあろうとも、やる気と才能がなければそれも無意味さ』
オーガストの醒めたような声音は、話しているノヴェルではない誰かに向けて言っているような響きがあった。
『だから、ノヴェル達三人は才能があるのだろう。色々視えてきたようだし』
『はい。お兄様のおかげで以前より強くなれたと確信出来ます!』
オーガストの贈った道具の効果でノヴェル達がオーガストと連絡が取れるようになって数ヵ月。それは短い期間ではあったが、ノヴェルとオクト、クル・デーレ・フィーリャ・ドゥーカ・エローエの三人は急激に成長し、かなり強くなっていた。それこそ、三人で連携すればジュライですら苦戦を強いられるであろう程に。
『そうだね。もうその辺りは退屈だろう?』
『敵はいませんが、それでもここを護るのは大事なことですので、退屈ではありません』
『そう。それならばいいが。次は魔法品の創造も試してみてもいいかもね』
『魔法品の創造ですか。私達に出来るのでしょうか?』
『創るのはそんなに難しいものではないさ。今のノヴェル達であれば、問題ない』
『お兄様がそう仰るのでしたら、挑戦してみます!』
やる気の感じさせるノヴェルの声。そう遠くないうちに三人は魔法品の創造を修得する事だろう。
『他にも魔物創造を試してみるのもいいかもしれない。今の三人であれば、役に立つ魔物が創れるのではないだろうか』
『魔物創造、ですか。難しそうですわ』
『何、やり方さえ解れば、ノヴェル達なら問題ないさ』
『そうですか?』
『ああ。魔物は術者の力量によって変わるから、三人であれば結構上位の魔物が生まれると思うよ』
『上位の魔物ですか。強いのでしょうね』
『そうだね。それに色々特殊な力を有しているから、情報収集などでも役に立つさ』
『特殊な力、ですか?』
『言語を操ったり、陰を移動したりと様々だね』
『そんなことが出来るのですか!』
『ああ。だから、強い魔物は創造主の影の中に潜んでいる場合も在る』
『そうなのですか!』
『例えば、現在僕が身体を貸している彼だが、彼の影にも魔物が潜んでいるのだよ』
『そうでしたの!?』
『ああ。そこそこ強い魔物がね。そういう風に隠せるから、いざという時の剣にも盾にもなるんだよ』
『そうですわね。それでしたらいつでも近くに居るということですし。それに話せるのでしたら、意思疎通も簡単に出来ますわね』
『そうだね。あとは、感覚を共有する事も出来るから、偵察にも向いているか』
『感覚の共有ですか?』
『視覚や聴覚などを共有して、魔物が感じたモノを共有できるようになるということ。これは逆に、術者が魔物に自らが五感から得た情報を伝えることも不可能ではないが、こちらは少々難しいから最初は考えなくていいだろう』
『そんなことも可能なのですか!? 確かにそれでしたら偵察も可能ですね! それにしましても、そこまで魔物とは凄いのですね』
感心するノヴェルの声に、オーガストは少し考えるような間を空ける。
『・・・そうだね。だから、時間がある時にでも魔物創造に挑戦してみるといい。きっとノヴェル達の力になるだろう』
『分かりました。時間をつくって勉強してから挑戦してみますわ』
『そうだね。焦る必要はない』
『はい』
『あとは・・・まぁ、とりあえずその辺りか。このままいけば、そう遠くないうちに外でも十分通用するだろう』
『外の世界、ですか。恐ろしいですわ』
ノヴェルは実力的には外の世界でも通用するのだが、流石に平原までしか出たことがないだけに、知らない世界というのは恐いのだろう。そう読み取ったオーガストだが、その辺りは時間が解決するのは、わざわざ確認せずとも分かったので、特にそこには触れない。
『ま、今の内に力をつけておくといい。何があっても対処出来るように』
『はい。頑張りますわ!』
『・・・まぁ、三人であれば問題ないだろうがね』
『お兄様?』
『いや、何でもないよ』
『そうですか?』
『ああ。何でもない。それより、最近はどうだい? 平原は少し落ち着いてきたかな?』
『はい。少しですが。しかし、それでもまだクロック王国の助力が欠かせません。ですが、それも時間の問題でしょう』
『そうか。なら、まだまだノヴェル達はそこから離れられないんだな』
『はい。学園の方は、たとえこのままでも卒業出来るようになっておりますので、何も問題は在りませんから』
『そうか。では、引き続き平原を修練の場とするといい』
『はい』
それからもう少し二人の会話は続き、オーガストはノヴェルとの連絡を終えたのだった。
◆
東西の見回りを行い、討伐任務に従事する。それが終われば休日だ。そんな日常を過ごすこと更に一ヵ月。
相変わらず退屈な日常ではあったが、一月ほど前に現れた、あのシスと名乗る少女の影響で気を抜くことがなかったので、多少は緊張感のある一ヵ月ではあった。
そんな月日が流れ、昨日見回りを終えて今日からまた平原に出て討伐任務に従事する。
その為に早朝から南門前に移動したのだが、そこで何故か呼び出されてしまった。
現在南門前から場所を移して、近くの兵舎の中。そこにはボクの他にも数名の生徒と兵士が居た。
とりあえず、兵士が兵舎に居てもおかしくはないので除外するとしても、生徒に関しては制服を見る限り所属する学園がバラバラで、男女両方居る。外から測れる実力も全体的に優秀だが、こちらもまたバラつきがある。なので、学生という以外に共通点は無いような気がした。それに除外した兵士達も、駐屯地の中でも強い部類に入る兵士達な気がする。身を包んでいる服装も上等なものっぽいし。
突然のことに内心は疑問だらけだが、それを表には出さずに周囲を観察する。視界に映る隣の部屋の様子に、その疑問も割と直ぐに氷解したが。
兵士の一人がボク達の前に出て何かを説明し始めるが、それを合図にしたように隣の部屋で動きがあり、前に出た兵士の簡単な説明が終わったのを見計らって六人が室内に入ってくる。
入ってきた六人の内三人は兵士で、その内の一人は、前にボクの監督役で付いてきた高い地位に就いていそうな男性であった。
残った三人は兵士ではなく、一人は身長百八十センチメートルを超える、明るい茶髪を短めに切り揃えた、やや整ってはいるが平凡な顔立ちの男性で、虚弱と言い表せるぐらいに細身の身体をしていた。
二人目は、筋骨隆々とした二メートルを優に超える巨漢で、その逞しい身体を惜しげもなく披露する為か、服の袖と丈は短く、少し寸法の合わない小さい衣服で身体を包んでいるように思えた。二十代前半ぐらいの若そうな見た目をしているが、禿頭が眩しい。
三人目は、腰ほどもある落ち着いた桃色の髪を後ろで一つに纏めている女性で、身長が百三十センチメートルほどしかない。
女性はゆったりとした衣服で身体を包んでいる為に体形は分かりにくいが、袖や裾から覗く可愛らしい手足から推察するに、印象に見合った幼い体形をしているのだろうことが窺える。しかし、顔だけは丸みの少ない大人びた顔をしているからか、少女という印象は薄い。
そんな三人が、三人の兵士に囲まれるようにして入ってくる。遠目にしか見たことがなかったが、問うまでもなく三人は落とし子達だ。なので、ここの兵士の質が高いのも頷けるというもの。
それからこの中で一番偉そうな、以前に監督役に就いた男性が生徒達に説明を始める。説明といっても、彼らが落とし子であることではなく、先程兵士がしていた説明よりも少し詳しい説明で、簡単に纏めると、これから彼ら落とし子達と一緒に平原に出て討伐をしてもらうということだった。
しかし、落とし子達を防壁上からたまに見掛けたぐらいでしかないが、少し見ない間にまた一段と成長したようだ。少なくとも、ここに居るボク以外の生徒達では及ばないだろうと思えるほどに。
まあもっとも、それでも大したことないのだが。未だに最強位にさえ遠く及ばない存在なのだから。それでも一応注意はしておくが、ボクがしなくてもプラタとシトリーがしているだろうけれども。
男性が一通り説明を終えた後、全員が軽く自己紹介をしていく。どうやら落とし子達の名前は、病的なまでに細い男性がクラウド、筋骨隆々の巨漢がトオル、小柄の女性がリリーというらしい。
自己紹介を終えた後で外に出ると、既に昼前であった。そのまま南門へと移動して、平原に出る。
落とし子達と臨時にパーティーを組んだのは、ボクを含めて六人の男女であったので、落とし子達を入れて合計九人のパーティーメンバーとなる。人数としては普通ぐらいか。
しかし、後ろから監督役として付いてくる兵士が四人も居るのは勘弁願いたいが。
今回の討伐は普段より長く、五日を予定しているらしい。それでいて大結界近くではなく、森に近づく南へと進路を取っているので、そこそこ戦闘になりそうだ。
とはいえ、全員それなりに強さがあるので、問題はないだろうが。
そう思っていると、早速こちらに向かって走ってくる魔物の姿を捉える。数は五体。
どうなるかと眺めていると、最初に反応したのは、落とし子のクラウドであった。
「前方、魔物、五」
魔物がギリギリ目視できる距離に近づいた辺りで手短に伝えたその内容に、やっと他の七人が魔物の存在に気がつく。
間に他の生徒達が居るも直線上ではないので、こちらに来るかどうかは不明。しかし、悠長に待ち構えている必要も無いので、先制攻撃を加えていくのだが。
「・・・・・・」
パーティー後方に居たボクの前で、八人が思い思いの魔法を発現させて、好き勝手に狙いをつけて攻撃している。そのせいで互いに干渉して弱くなっている魔法もあるな。
まあ急造のパーティーではあるが、それにしてもお粗末なものだ。所属している学園は違っても、ボク以外はパーティー同士だと聞いていたというのに、そこでも少し噛み合っていない。もしかしたらパーティーを組んで日が浅いのかな?
などと呆れながら眺めている間にも、攻撃は続く。それでも流石にそれなりの威力の攻撃を受け続けているので、魔物も数を減らしている。
程なくして、最後の魔物が十数メートルほどの距離まで近づいてきたところで消滅した。最初に発見したのが四キロメートルちょっとぐらいの距離だと思うので、結果は酷いものだ。強さはあっても経験がないのか、それとも互いにけん制しているからか。
まあ何はともあれ、未だに四キロメートルどころか、数十メートルでも一撃で倒せない程度の成長か。やはり落とし子達はつまらないな。
そんなことを思っていると、魔物を倒した落とし子達のパーティーと、生徒同士のパーティーで軽く睨み合った後、不意に両者が少し後方に立って観察していたボクへと一斉に顔を向ける。
「?」
それに何事かと訝ると、代表してかリリーがこちら側に歩み寄ってくる。その様子は怒っているような印象を受けた。
リリーはボクまで数歩という距離で止まると、きつい目でこちらを見上げてくる。
「ちょっと! なんで貴方は何もしないのよ! 攻撃以外でもやれることは色々とあるでしょう!?」
子どもっぽい甲高い声ながら、その声には明確な苛立ちが在る。八つ当たりという部分もあるのだろう。
「今回は巧く行ったからよかったけれど、次からは気を付けなさいよ!」
こちらが何か言葉を挿む暇も与えずに、言うことだけ言ってリリーは戻っていく。
「・・・・・・」
そんな一方的な物言いに困った顔をしつつ、側面遠く、そろそろ肉眼で確認出来そうな距離まで捉えていた敵性生物が近づいてきたが、面倒なので生徒と落とし子達が前を向いている内に処理することにした。
適度な威力の基礎魔法を敵の数と同じ五つ発現させると、それを側面に向けて放つ。相手の場所はしっかり捉えているし、魔物との間の様子も把握しているので、そちらに顔を向ける必要もない。
魔法を射出して直ぐに、四キロメートル超離れた場所に居る敵性生物は沈黙した。これで問題ないだろう。多少八つ当たり感があったのは否めないが、しょうがないだろう。さっきの有無を言わせぬ一方的な抗議に少し思うところもあるのだから。
それにしても、ピリピリした空気だな。互いに変に対抗意識を持っているからだろう。これも時間が解決してくれればいいが、面倒くさいったらありはしない。
それでも、このメンバーで討伐しなければならないのだから我慢するしかないが、ボクが立ち入る隙間はないと思うんだよな。どう考えてもボクだけ部外者だし。
まぁ、後方でのんびり眺めているだけなので問題ないだろう。危ないときは障壁を張るぐらいはするが・・・いつ連携を思いつくんだろうな? どちらもそれなりに実力があるのだから、連携さえすれば一撃で倒せないにしろ、危なげなく対処できるのだけれども。
◆
信じられないものを見た。いや、話には聞いてはいたが、まさかという思いがあったといった方が正しいか。
今目の前で起こったのは、超長距離攻撃。それも一撃で相手を葬る威力での。更には、標的すら確認しないで正確に同時に倒してしまう異常っぷり。
「おい!」
隣の同僚から、小声で声を掛けられる。そちらへと顔を向けると、同僚も同じものを見たのを理解した。それもそうだろう。前に居た生徒達は見ていないようだが、後方から生徒達を見守っている自分達の目にはしっかりと映っていたのだから。後ろから付いていく自分達と先頭を進む生徒達の間を進む少年の実力の一端を。
「なんだ?」
「なんだ? じゃない。見たろさっきの!」
「ああ」
興奮したような声に、気のない返事を返す。言われなくとも理解している。あんなもの、簡単に見積もっても最強位並みの実力者ではないか。
「魔力量はそんなでもないのに、実力は俺らを含めた誰よりも上。気味が悪いな。魔力量は偽装か?」
隣の同僚の声に同意の頷きを返すが、個人的には気味が悪いのではなく、その力に魅了されている。あれほど圧倒的な力は美しい。特に、他の生徒達が足を引っ張りあって駄目な分、余計に美しく思う。
「それにしても、他はグダグダだな。あそこで怒りをぶつけるのはお門違いだ」
同僚の呆れた声に、同意の頷きを返す。こればかりは同意だ。最初に共闘する旨を伝えられたというのに、対抗意識が強いのか、各自が勝手な行動をして足の引っ張り合いを演じているのだから当然だ。それに彼が参戦していたら、そもそも何かする前に終わっていただろう。あれだけの実力だ、あそこで参戦しなかったのは合わせるために様子を見ていたのだろう。この合同討伐の目的を考慮すれば、それは助かる判断だった。
最初とはいえ、そのあんまりな状況と、幼い八つ当たり、その後の圧倒的な実力に、普段は口を閉ざしている自分達兵士側も小声とはいえ声を出してしまっていた。しかし、それは生徒達に聞こえるほどではないので、問題ないだろう。
「まぁ、相手はまだ子どもなのだ、いきなり連携しろというのは難しいだろう」
「それは、そうかもしれないが。しかしな」
「今日が初日だから、これから見守っていけばいいさ・・・しかし、こうなっては俺らの居る意味が無くなったな」
今回は監督というよりもお守りの意味が強いのだが、それでも前を歩く彼が居れば危険はないだろう。自分達よりも圧倒的に強者なのだから。
しかしこれも仕事だ、その辺りは頭の外に追い出しておこう。
「そう言うな。悲しくなってくるだろ」
同僚が少し情けない声を上げるが、事実なのだからしょうがない。楽ができると思えばそれでいいか。それよりも今は、目の前の無駄がない美しい強さを持つ少年の動向の方が気になっている。また先ほどの圧倒的で無駄のない魔法を目にできないだろうかと期待しながら。
それは他の同僚も同じなのだろう。むしろこの国に所属していて、あの強さを目にして何も思わない者は居ないと断言できる。それほどに美しかった。同僚の表情を盗み見れば、期待に輝いているのが分かるほどだ。本当に話通り、いや、それ以上だったな。