第5話 ゾンビ掃除
アップルと出会ってから5日が過ぎ――6日目の早朝。
フレッドはいつものルーティンをこなすために防壁の方へ向かう。
完全に視界を遮っていないとはいえ、霧の中での車の運転は交通事故の恐れがある。そこで彼の町の外れまでの移動手段は自転車が採用されていた。
鼻歌交じりに眠気を押さえ、バリアが張られている場所までたどり着く。
ゾンビ――――。故ジョージ・A・ロメロ監督の映画で出てくる外傷だらけで服はボロボロ……常にうめき声をあげ口を開いているイメージ通りの怪物だ。この世界がゲームである以上、奴らは無限に増殖を続ける。
設定上ではゾンビの体内は、寄生虫がさらに繁殖するための媒体として養分にされているらしい。寄生虫の大きさは3cm~1mmぐらいまで、その形状は一定であるが死体の周辺以外では目に触れることのない生命体である。
ゾンビとはアンデッドであってクリーチャーにあらず、変異せずに人の形を成している雑魚モンスターという認識であながち間違いではない。
フレッドの目的はそのゾンビの排除であった。
彼のヘッドホンからはバックストリートボーイズの懐かしの曲が流れている。
「シギャアーッ!」 「グロォオオ!!」
防壁まで到着したフレッドは腰のホルスターから5日前に起きたあの出来事、住人同士のいざこざで取り上げた『P320』を取り出す。
――ヘッドショットで眉間を撃ち抜く。
いざセーフティエリアの外に出れば、そこはすでにバトルフィールドである。
そして〈寄宿者〉であるフレッドにとっては化物を倒すヒーローになれる場所。
フレッドがゾンビの頭部に当てた9mm普通弾の命中率は88%……17発でこの成績はなかなかの腕前だ。
カートリッジ内の銃弾が尽きた頃合いに1匹のゾンビが彼の背後に立つ。
それを物ともせずにフレッドの裏拳が炸裂し、ゾンビの首から上はあさっての方向へ飛んでいく。その豪腕は彼の成長を物語っていた。
残ったゾンビは素手で、ちぎっては投げちぎっては投げのゴリ押しで殲滅。
「オッケー、ある程度片付いたかな……?」
さっきまで荒ぶっていた48体ものゾンビはものの数分でフレッドに退治された……。
「今度は日本のアニソン聴きながらにしよっと」
フレッドは自分の右手を見てあることを思いつく。
「昨日がんばって習得した必殺技でも使ってみるか?」
彼はゾンビの亡骸を一か所に集め始め、その場から少し離れた。
「ふぅ、初めて使うからドキドキするぜ……」
「ディレイド・フレア!!」
右手をかざし彼は技名を叫んだが、周囲で何かが起こった変化はなかった。
――が、5秒後に突如ゾンビ達が炎上し爆発四散する。
残ったモノはほとんど灰となり、火葬するつもりだったフレッドは唖然とする。
「普通にミドルレンジまで炎を出せる技がほしいんだけどなぁ……」
ディレイド・フレアは不可視の火種を前方10メートルまで飛ばし、5秒後のタイムラグで爆炎を発生させる――。主に相手の行動を予測した上で、先出しして使用する上級者向けの攻撃技である。
「ゾンビをいくら倒しても経験値は微々たるモノだと教えたはずじゃろ」
フレッドが後ろを振り向くと、そこには相棒のアップルがいた。
「町の人たちを安心させるためだよ、それが一時的でもな……」
「フフン、ヒーロー気取りじゃのぉ」
「ていうかお前、走って俺の後ついてきたのか?」
「いや……チートを使って瞬間移動しただけじゃ。森の中じゃと木とかのオブジェクトが邪魔で失敗する恐れがあったからのぉ……」
フレッドはあきれ顔で冷ややかな目を彼女に向ける。
「!? オイ……ッ後ろにアンデッドがッ!!」
アップルの後ろから忍び寄る黒い影は、彼女を素通りしてフレッドにヘイトを向けて駆け抜けた。
「〈ブラッキードッグ〉……不死物危険度はC-じゃな」
「チッ……そういやそうだったな!」
その化け物はギョロっとした4つの目と黒肌に鋼のかぎ爪をした狂犬だった。
右手に朱き炎を召喚し、フレッドの手刀はアンデッドを真っ二つにした。
「お前はアンデッドには狙われないんだったな、アップル……。ったく守りがいのないお姫様だぜ」
「ワシをかばって無駄死にするような、間の抜けたことだけはしてくれぬなよ……フレッド?」
フレッドは〈ヴァリアント〉を解除してアップルの方を見つめる。
「たしか生き返れる回数は2回、スリーアウト制だったな? とすると俺はすでに一回死んでるから、残機2ってことか……」
「バグで不具合が出ぬのなら、まぁそうじゃな……」
「またバグかよ……クソゲーだなコレ」
実際のところ、この忌まわしい電脳世界での『死』は現実世界への帰還を意味するのではないか――――!?
フレッドの脳裏をよぎるこの思索はポジティブな彼にとっては苦悩になっていた。それは後ろ向きに物事を捉えることを極端に嫌う傾向にあるからに他ならない。
「オヌシの……」
「ん? なんだよアップル?」
アップルは一瞬ためらったように思えたが、フレッドに関心の目を向ける。
「オヌシの本来の肉体は五体満足で無事じゃ。それだけはワシが保証する……!」
「え……!?」
フレッドの知りたかった答えのひとつが開示されたのだ。
(……俺が何を考えているか見透かされてる感じがしたが気のせいか?)
戸惑いをみせたフレッドであったが、いつもの調子で彼女と会話をする。
「ヘぇ~、そういうのはずっと教えてくれねぇと思ってたわ」
「頑張ったサービスってとこかの、寛大なワシをたたえるのじゃ!」
「サービスっていうならココをもうちょい何とかしてもらわないとなぁ……」
フレッドはふいにアップルの小さく膨らんだ乳房の部分を軽くタッチする。
「なーッ!? オヌシ本当にロリコンではあるまいなッ!?」
意外にもアップルは顔を赤くして恥じらい、フレッドを叱責する。
それから10分ほどアップルの一方的なお説教が続いた。
「レベル……今いくつくらいまで上がっておるのじゃ?」
フレッドはヘッドホンを取ってスマホごと自転車のかごにあるバッグに入れ、その場に座り込み静かに目を閉じた。
「レベル16だ」
「ふむっ、ノルマは達成しておるようで安心じゃな」
「マジで死ぬほど頑張ったからな……」
そこに今度は色白のアンデッドが乱入してくる――。
「ぬぅ……アレは不死物危険度C〈アルミラージ〉じゃな」
色白のアンデッドは皮膚が部分的に繊維がむき出しになっており、頭部は角の付いたウサギだが、あまりにも人間に近い筋肉ムキムキの変異体であった。
「あれ? もう一匹のウサギと仲間割れでもしてんのか?」
「んー……? いや、あれは人間じゃろ? 」
フレッドが目を見張ると、それはウサギのカチューシャを付けた女性だった。
「そういえばオヌシ以外にもこの町に〈寄宿者〉がいたのを忘れておった!」
「うっひょー、おっぱい揺れてる! でかいッ!」
そのウサ耳美少女は金髪で巻き毛ロールのロングヘアー、ピンクと黒色の大胆なミニドレスに 右手にはレイピアを携えていた。
「あら……ハブ ア ナイスデイ! こんな場所で生きてる人に会えるとは思いませんでしたわ」