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第1話 プロローグ・前編

 
挿絵


 西暦2018年、地球全土を覆う超異常気象が発生する――。

 乾燥した霧は日光に当たることもなく、雨に変わらずに超特大の濃霧と化した。
 さらに電波が遮断され、社会と隔絶された白き地上は……異形になり果てた死者が蹂躙する魔境へと変貌してしまい……俗に言うゾンビ・アポカリプスが現実のものとなったのだ。


 とあるアメリカの生物化学研究所ではバイオセーフティレベル4を越える実験が行われていた。死体ならヒト以外に動物や虫までもがアンデッド・クリーチャーとなって襲い掛かってくる、人類にとっては絶滅の危機といっても過言ではないのである。フレッドは博士達に一縷(いちる)の望みを託す…………。

 本編主人公のフルネームはフレッド・赤江(あかご)・バーンズ、青い目に金髪の二十歳すぎの青年で日本人とアメリカ人のハーフ。フレッドと赤江で赤がダブってしまった名前だが本人は気に入ってるらしい。
 職業は新米の保安官であるが、民間人としてこの施設に保護されているようだ。
 
 彼は一緒のソファーに座っている、褐色肌の女性に寄り添い話しかける。
「モニカ……俺がずっとそばに居るから大丈夫だ、心配するな!」
「ありがとうフレッド……」

 そこに黒人の大男がふたりの間に割って入って、明るく振る舞ってみせる。
「腕っぷしなら俺のほうが強いぜ? ゾンビなんて返り討ちにしてやんよっ」

「サミュエルはパワーはあるけど動きがゾンビ並にとろいからなぁ……」
 フレッドはやれやれといった表情を浮かべた。
「うっうるせぇ、目の前でずっとイチャつきやがって……フンッ!」

 動物などの変異体を総称するアンデッドは動きが速いが、人間の形態を維持したゾンビはなぜか走ったりせず、基本的には歩いて近づき攻撃してくる。その速度は平均的成人男性の0.7倍くらい、その代わりに筋力は3倍も増長している。
 
 エンカウト率でいえばゾンビが9割以上を占め、強さ的にはアンデッドのほうが圧倒的に上といえるだろう。どちらにせよ数で押されれば脆弱な人間にはひとたまりもないのが現状なのだ。

 フレッドにとってモニカは恋人でサミュエルは親友である、そして研究所に滞在している4人の民間人の最後の一人……。肩まで伸びた黒髪にクリっとした大きい二重まぶた、90cmを超える豊満なバストをもつ15歳の日本人の美少女。

 名前を天白(てんぱく) 雪乃といい不思議な雰囲気を漂わし、常に笑顔を絶やさずにゾンビに襲われても平静を保っていられる豪胆(ごうたん)さをもつ。
 アメリカに在住してる留学生らしいのだが、まだ年端もいかぬ女子高生なのにその精神力の高さにはフレッドも脱帽するばかりだ。


 ゾンビハザード発生から一か月以上が経ち――――。

 フレッド達が見守るなか、研究員一同の遺伝子工学の粋を結集しても…………アンデッドに対しての打開案は出せぬままでいた。
 そして衰弱し始めた研究所の住人を尻目についに事件は起きる。

『緊急警報! コード・レッドを発令、研究所各員は至急近くにあるシェルター内に退避して下さいッ!! 繰り返し……』

 室内がどよめく中、窓ガラスを割って現れたのは両生類の鱗のような皮膚をした凶暴なゾンビ犬。化物の体にはパイプやら金具がくっついている――。おそらく、実験体が脱出して大パニックになったのであろう。
「早く逃げろ モニカッ!!」

 施設の中央広場に彼女を誘導するフレッド、右手にはアサルトライフルM16を装備しゾンビ犬に応戦する構えをとる。そして……銃口を向け発射態勢を整えて――。

「喰らいやがれ クソ犬がァ!!」

 銃弾の音が刹那的に鳴り響く。フルオートで3発ほど撃ったフレッドの銃は空中分解し破壊。ゾンビ犬の棘のついた長い尻尾により攻撃を受けている事に気づく頃にはもう手遅れであった。

「いやあああああああああああああああフレッドォーーーー!!」
 最期に彼の耳に届いたのはモニカの悲鳴。

 のど元を食いちぎられ意識が遠のくフレッドは自らの死を直感する。2匹目、3匹目とフレッドの血肉にありつこうとゾンビ犬たちが群がってくる。自分の体が食われていく最中、彼はサミュエルがモニカを連れて逃げる姿を目にし懇望(こんもう)した。

 (無事に逃げてくれよ……二人とも…………)

*************************************

ネバダ州にある人口2000人足らずのごくちいさな町、ここはフレッドが生まれ住み保安官として仕事をしていた古巣なのだが……――。

「あれ? ここ俺の家じゃん……っていうか俺なんか生き返ってる?!?」

 殺されたはずのフレッドが目覚めたのは自室のベッドの上。カーテンが閉まった殺風景な部屋で、にわかに信じがたい状況に、しばし彼は放心し立ち尽くす。
「そうか……あれは悪い夢だったのか! ハッハッハッそうだよな~」
 ポジティブ思考が取り柄なのが彼の特徴である。

 軽くバカ笑いをし2階から階段で1階に降りる……。台所ではフレッドの父親であるコーディがウイスキーを飲んでいた。元々フレッドとコーディは折り合いが悪く、離婚したフレッドの母親が日本に帰国してからは不仲に拍車がかかってしまっている。

フレッドはいつも通り特に会話をする素振りもなく、冷蔵庫を漁ろうと右手を伸ばす……その時――――。

「へっ……ようやくおっ()んでここに戻されてきたってわけか!」

 あまりにも唐突なセリフにフレッドはハトが豆鉄砲食らったような顔をした。
「なっ……何言ってんだオヤジ、ふざけてるのか?」

「まだ気づいてないのか?ここは仮想世界なんだぜ……馬鹿げてるがなぁ」
 パソコンをほとんど扱えないアナログ人間の父親から、まさかの『仮想世界』という言葉が飛び出した事にフレッドはもはや驚きを隠せない。

「外へ出ればはっきり分かるぜ、ここが現実に近くて別次元の場所だってな」
 フレッドは背筋が寒くなり、父親の前から立ち去りたい一心(いっしん)で勢いよくドアを開け家を飛び出した。

「そ、そんな……本当に夢じゃなかったのか?」
 立ち込める霧、視界を塞ぐ白く薄いモヤ、思わず首筋をさする仕草をしている自分に気づく。
「ゾンビは……化け物どもはここにはいないのか!?」
 慌てて周囲を警戒するが敵の気配は全くしない。

 錯乱気味の彼は白昼夢をさまよう様に、フラフラと通りを歩いている。
 
 十数分後……、町の外れまで行き着いた彼を待っていたのは、まさに驚愕せざるを得ない状景。

「嘘だろ。ゾンビが……横一列に並んでいる?」
 目を凝らしてよく見ると透明の壁のようなバリアが十数体のゾンビ達の進行を防いでいる。さらに、近くまで寄ると血の手形が壁にべっとりついているのも確認できた。

 ザワザワと嫌な胸騒ぎを感じ、上を見渡すフレッドはおもむろに(つぶや)く。

「あっ……おぉう、こっ、この透明の壁はドーム型になってるのか……!」
 なんと町全体が直径12Km、高さ5Kmの半球体のバリアの幕で覆われているのだ。補足しておくと霧は透明の壁の外側にも広がっている。

 透明の壁をゾンビの集団が指でカリカリ音を立てる。脳が今にもパンクしそうでおぼつかない。そして、迷走する彼にさらなる衝撃が走る。

 ――――次の瞬間、一筋の光明が天から差し込む。


 まばゆく(きら)めき続ける上空から、12歳くらいの美少女がフレッドの目の前に降り立った。

 ピンクの長い髪で赤を基調に露出度が高めのフリフリした服装、肩出し、へそ出し、おまけにハイレグタイプのアンスコも丸出しの身なりをしている。

 彼女は腰に手を当て高慢な表情でフレッドを見つめて言い放つ。
「オヌシの力をワシに貸してもらうぞ、小僧よ!」

「ハッ……はぁ? ていうかお前なんだ、宇宙人とかそういうヤツか?」
 開き直ったフレッドは若干、目のやり場に困りながら聞き返す。

「ふむ、ワシの名は『マルス・プミラ』という……このゲームワールドを構築するインフラに致命的なバグが発生してしまってな。正常化する目的でゲームマスターがワシを遣わしたというわけじゃ」

「へっ……ゲーム?」
 きょとんとアホ面を下げるフレッド。ちょうど赤い少女の後ろで壁越しにうごめくゾンビが2体…………双方同じ顔と髪型とTシャツ、さらには同じ破れ方をしたズボンをはいている――――。

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