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1 少女と犬①

 亡くなった娘さんが大事にしていた犬がいなくなってしまった、というおばさん。
 配達人の話を教えて待つこと数日、そのおばさんからの手紙がポストに入れられた。

 それは亡くなったという娘さんに宛てられたもので、申し訳ない、という悲痛な想いがたくさん詰まっていた。


『 杏莉ちゃんへ

 杏莉ちゃんが弟のように可愛がっていたマロンがいなくなってしまいました。
 マロンはきっと杏莉ちゃんを探しに行ってしまったんだと思います。
 だって、家の中でもずっといなくなった杏莉ちゃんを探してウロウロしていたから。

 杏莉ちゃんの分までマロンを大事にすると誓ったのに、守れなくて本当にごめんなさい。
 きっと見つけ出すから、どうかあの子が無事でいられるよう力を貸してちょうだい。

 あなたを大好きなママより  』


 残念ながら、僕はこの願いが叶わないことを知っている。だって、茶色いトイプードルがおばさんに何か言いたげに傍にいたから。既に死んでいることを、知ってしまったから。
 だからこそ、僕にしかできないこともある。


「マロン、だっけ? こんなに心配かけて、悪い子だね。いったい、どこでどうしていたんだか、言ってごらん?」

 僕がマロンを視えることに気付いて、家までついてきている。自分の代わりに言葉を伝えろと言わんばかりに。
 僕はそんなマロンの頭を撫でるように手を乗せる。すると、マロンの生前の記憶が映像として伝わってきた。



 大好きなお姉ちゃんがいなくなった。
 何で? どうして? どこへ行ったの? 何で僕を置いて行ってしまったの?
 寂しくて、寂しくて、ご飯も食べられなくなって。
 そうだ、探しに行こう。僕のほうから迎えに行くんだ。

 お母さんがドアを開ける一瞬の隙に、外の世界へと飛び出した。でも、お姉ちゃんの匂いはしなかった。
 どこにも手がかりは無くて。大きな音。たくさんの人。怖い。

 どこ? どこにいるの?
 あちこち探し歩いて、もう帰り道も分からなくなっちゃった。
 疲れて休んでたら、美味しいものをくれる人もいた。

 そして、やっとお姉ちゃんを見つけたの。椅子に座ってつまらなそうにしてた。
 でも、近づけなくて。一生懸命呼ぶけど、気付いてくれないの。ねぇどうして?

 こっちを見て。もう一度あの笑顔を見せて。ここまでたくさん歩いてきたの、偉いって、頑張ったねって言って撫でてよ。

 今日はお姉ちゃんの好きな花を持ってきたよ。
 今日はお姉ちゃんに遊んでもらった草を持ってきたよ。
 今日は親切な人がくれたお菓子を持ってきたよ。

 だから、笑って――。



 これはマロンの記憶か。浮かんでくるのはたぶん亡くなった杏莉ちゃんっていう女の子の笑顔。会いたくて、探して彷徨って。ようやく会えたという喜びと、無視される悲しみ。
 何日も何日も、知らない町で杏莉ちゃんの下へ通う。その足元で一日を過ごす。

 マロンは気付いていないみたいだけど、マロンが行きついた場所、それはどこかのお店だ。
 マロンが見つけたと思っているのは本物の杏莉ちゃんじゃなくて、ショーウィンドウに飾られた人形。ガラスが邪魔をして近寄れないんだ。

 もうやめなよ、という僕の想いは過去の記憶には何の干渉もできず。
 何日も何日も、ガラスの前で歌って踊って、うつむいたままの人形を笑わせようと必死で。
 そうして……。


 あれ? おかしいな。力が入らないや。でも頑張るから、だから、ね? お姉ちゃん、笑って――。

 力無く横たわるマロン。倒れたことで、やっと下を向いたままの少女の人形と目が合う。


 嬉しい。お姉ちゃん、やっと笑ってくれた。
 帰ろう、お姉ちゃん。大好きなママの所へ。


 マロンはそこで息を引き取ったらしい。
 気が付いたら、家にいた。でも、やっと見つけた杏里ちゃんはいない。

 ――会いたい。


「そうか、それが、君の願いなんだね」


 杏莉ちゃんの姿はどこにも視えない。呼びかけてみても現れない。きっと未練がなくて成仏していまったのだろう。そうなるとさすがに僕でも探せない。でも、マロンが見つけたあの人形なら。


「頑張って探してみるよ。でも、僕は君と違って優秀な鼻を持ってるわけじゃないから。見つけられなくても怒らないでね」

 そう言うとマロンは納得したように尻尾を振った。



「お父さん、本物そっくりの人形が置いてあるショーウィンドウのお店、わかる?」
「人形の店?」

 こういう時は大人に頼る。僕よりも多くの事を知っているし、調べるのも得意だからだ。

「ちょっと待っててね」

 お父さんはスマホでポチポチと検索をしている。

「この近辺?」
「ん~? それは分からないけど。えっと、右隣がお花屋さんで、左隣が洋服屋さん、合い向かいにカフェがあるみたい」

 ポチポチと検索条件を追加している。マロンはそのカフェの利用者さんからご飯を分けてもらっていたみたい。

「これかな?」

 画像検索で出てきた写真。それは確かにマロンの記憶で見た人形で。お店のショーウィンドウも一致していた。

「それ! 行き方わかる?」
「うん……あ、隣の県だね。楓に連れて行ってもらうと良いよ」

 お父さんは仕事があるから、と楓に連絡を入れてくれた。こんなに早く見つかるなんて。やっぱりお父さんは凄い!

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