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 服装と耳にして、店長の服装をもう一度よく見てみる。
 生成り地の長袖のシャツに、ポケットの多い黒の縞模様のエプロン。長い黒のズボンと動きやすいしっかりした靴。背丈はシェリーより頭一つ分高い。

 顔が目立つ中で、服装は簡単にしか見てなかったからうっかりし過ぎだった。作業着でも女性は長めのスカートを履くことが普通なので、店長のようにズボンを履くことは滅多にない。

 見た目だけで誤った情報を判断するなと、パーティーのリーダーによく言われたことを思い出した。


「す、すすすみません! か、かか、勘違いしてしまって!」


 すぐに腰を折って謝罪したが、店長の方はくすくす笑うだけだった。


「気にしないでください、昔からよくあることなので。ところで、僕に……と言うよりも、『店のパン』にご用が?」
「あ、は、はい!」


 言う前に見透かされてしまったのか、それともよくあることなのか、店長はすぐに話題を振ってくれた。


「でしたら、中でお伺いしますね。……皆さーん、ゴミはいつものゴミ箱に入れておいてくださいねー?」
『はーい』


 中で話を聞くことになるようだが、店長は外で食べてた冒険者や街の若い男女に声をかければ、皆すぐに返事をした。

 そのゴミ箱とやらは、鉄で出来たようなものが扉やガラスの壁のすぐ近くに二箇所設置されていた。食べ終わった者は、すぐにその中に包装紙の部分を捨てている。

 シェリーは扉を開けてくれた店長に促され、おそるおそる中に入っていく。

 中は、リビングくらいの少し広い空間だった。

 ガラス壁側の、パンが並んだ棚が大部分を占めてるが、入って左側は会計用のスペースがきちんとあった。
 そこには、これまた美形だが店長よりはっきりとした容姿の男性がいて、蕩けるような笑みを向けてる主婦を相手に無表情で代金の硬貨を数えていた。


(お、お客さんに、笑いかけもしなくていいのかな……?)


 が、商売に関しては素人のシェリーが首を突っ込んでいいことではない。


「ラティスト、依頼<<・・>>が入りそうだから奥使うよー?」


 店長は彼に声をかけると、ラティストと呼ばれた赤目で長い黒髪の彼は、手元から少し顔を上げた。


「…………ああ、わかった」


 至近距離ではないのに、耳元で囁かれたわけじゃないのに、悪寒に似た寒気が背中を這いずって脳天を突き抜けた。


(こ、こここ、声だけで、ダメージ食らった⁉︎)


 腰砕けになりそうだったのをなんとか踏ん張っていると、扉を閉めた店長が小さく苦笑いした。


「彼の声は、女性には毒のようですからね。さ、こちらに来てください」


 とん、と軽く肩を叩かれただけなのに、ラティストの声で強張ってた体の力がふっと緩まった。

 他の女性客はさっきのシェリーのようにまだ腰砕けになってはいたが、彼女らの事は同じようにはせずにシェリーを戸棚の奥の方に促す。

 店長についていくと、行き止まりではなく黒い木製の扉があった。
 あそこが応接室のようなものなのか気になったが、それより視界に入るパン達の方が気になってしまう。


(…………お、美味しそう! でも)


 シェリーの目的は、見たことがない美味しそうなパン達をただ購入しに来た訳ではなく、ちゃんとした理由があるからだ。


「どうぞ、お好きな席に座ってください」


 開けられた黒い扉の中は、予想した通り大きなソファが用意された応接室。
 黒い毛皮を使われた立派なソファに、低いガラス板のローテーブル。あとは、インテリアとして観葉植物や小物などが少し。
 初めて入る部屋なのに、どこか落ち着ける雰囲気だ。

 どこでもいいと言われたけれど、シェリーは迷わずに下座の方を選ぶ。
 店長は向かいに座ることになって、杖を下ろしてからほぼ同時に腰掛けたが、シェリーはふんわりした毛並みの下が硬いものではなく体が沈むくらいふかふかなことに驚いた。


「ふぇ⁉︎ や、柔らかい⁉︎」
「ほとんど初めての方には驚かれますが、特殊な綿を使用したクッションを使ってるんです。ふかふかでしょう?」
「は、はい」


 柔らかいが、しっかり座れる感触にシェリーはつい童心に帰りそうになったが、すぐに気を引き締めた。
 ここには、ショッピング気分で訪れたわけではないのだから。

 何度か深呼吸をしてから、何も言わずに待ってくれてた微笑みの店長をしっかりと見て、口を開いた。


「…………私、Dランク冒険者のシェリーと言いますっ。て、店長さんがお作りになられる……『ポーションパン』の力をお借りしたいんです!」


 普通、ポーションは液体か固形の錠薬が主流とされている。

 攻撃力、防御力、治癒力、魔力回復など、種類は星の数だけあるらしいが、どれも総じて値が張るものが多い。高価なのは錬成する錬金師達の働きや、原材料の調達などで相場が決まっているのは無理もない。

 だが、今目の前にいる店長は、その常識を覆したとギルドで耳にした。
 同じ食用でも、きちんと『食べ物』でポーションを作るのを可能とした稀代の天才なのだと。

 シェリーは、どうしてもそれに縋りたかったのだ。


「はい、喜んでお力添えさせてください。と言っても、僕の作るパンは攻撃付与や完全治癒に関しては『商業ギルド』に卸してるので……店頭にあるのはランクが少し低いですけど」
「あ、そ、そうではないです!」
「なら良かったです。基本回復系が多いんですが、シェリーさんは何をお求めで?」


 震えてたシェリーの声にも一切切り捨てることなく、むしろ極上スマイルで応えてくれた店長。
 彼の言った、普通のポーションでもより高価な部類は今回必要としてないので首を振ると、少しだけ安心してくれた。

 金貨をいくら用意しても買えないそれよりも、シェリーは違う回復系を求めていたのだ。
 それには、少しだけ自分のことを話す必要がある。


「……私、魔法使いなんですが。…………ま、魔力の所持量が、他の人に比べて少ないんです」


 魔法使いにとって、魔力の所持量が低いのは致命的。
 質などは悪くないのだが、大技を数発繰り出したら回復までだいぶ時間がかかるくらい効率が悪い。

 戦闘中は、魔力が尽きたらパーティーの援護を受けつつ、杖を使った棒術を繰り広げてモンスターを倒すのがいつものことだ。

 だけど、それではいけないと思っていた。

 いつも守られてばかりでは、シェリー自身も成長出来ない。
 何か改善策はないかと常日頃考えてたところに、今いるパン屋があるアシュレインに訪れて噂を耳にしたのだ。


「と言いますと、お求めは回復もしくは付与?」
「そ、そうなんですが……詳しく聞かなくていいんですか?」
「あなたが話したいのであればお聞きします。けれど、事情は人それぞれですから無理にお聞きしない主義なんです」


 さて、と店長は席を立ってからシェリーも立つように促す。


「お求めのパンの補正効果がお決まりでしたら、こちらが提案出来るのも目星がつきました。シェリーさんは甘いものは大丈夫でしょうか?」
「だ、だだだ、大丈夫です!」

 味も関係してくるのかと疑問に思うが、きっと美味しいに違いない。
 シェリーは普通の女子と同じく、甘いものは大好きだ。

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