うそつきピエロ㉟
放課後 路上
それからの時間はあっという間に過ぎ、授業は全て終わってしまった。 今優はコウと一緒に、日向に呼ばれた場所へ向かっている。
「コウが日向と会っている時、俺は隠れて見ているから」
「分かったよ」
コウと念入りに打ち合わせをし、確認する。
「でも、いつ俺は日向の前に出ればいいのかな」
「俺が殴られてからでもいいよ?」
「それは駄目! コウをこれ以上怪我させたくないもん!」
「・・・はは、ありがと」
―――そうだ、コウが日向にやられる前には出ないと。
―――でもいつ日向が手を出すのか分からないからなぁ。
―――うーん、いつ登場しよう・・・。
そんなことを考えていると、いつの間にか目的地に着いてしまっていた。 しかも日向は既に来ている。 これだともう、コウと打ち合わせすることができない。
「じゃあ、優は隠れていて。 行ってくるよ」
「・・・うん、気を付けてね」
優はコウを見送り、角に隠れてひっそりと身を潜めた。 そして、二人のやり取りに集中して彼らの会話の方へ耳を傾ける。
「やっと来たか」
「悪い、少し遅くなった。 ・・・また、ストレスでも溜まってんの?」
「あぁ。 つーか、神崎は瀬翔吹と仲直りでもしたんだろ? それで俺がお前に酷い目を遭わせている仕返しとして、今度は俺を孤立させようとしている。 そうだろ」
その問いに少しの間コウは考え込み、口を開いた。
「・・・いや、孤立させようとはしていないけど」
そう答えるコウに、彼の顔色が変わる。
「それでお前は満足すんのか。 何が目的だ」
「・・・」
これには流石に黙り込むと、更に日向は険しい表情へと変わり右手が強く握られた。
「言わねぇんだな。 分かった、じゃあ今日も素直に殴られろ」
―――マズい、このままだとコウが殴られる!
―――そろそろ俺も出た方が・・・。
「おい瀬翔吹!」
―――・・・え?
―――もしかして・・・バレてる!?
「お前もどうせいんだろ? 出てこいよ!」
―――あぁ・・・バレていたんだ。
覚悟を決め、優は日向の前に姿を現した。 そして、そのままコウの隣まで歩いていく。 が――――位置に付くも誰も口を開かないため、優たちはしばらく互いに睨み合っていた。
周りには優たち以外誰もいなく、人の声すらも聞こえない。 そんな中、風の吹く音だけが優たちの耳に届いていた。 この緊迫としている状況を、解してくれているかのように。
―――日向。
―――今日で決着を・・・つけてやる。
そしてついに、日向が先に口を開いた。
「瀬翔吹。 一体何が目的だ? お前らはとっくに仲直りをしているみたいじゃねぇか。 だったら次は俺をボコるって? ならどうして素手で来ない!」
「素手? ・・・いやいや、喧嘩なんてしたらリーダーに怒られちゃうよ」
「リーダー?」
優はその問いに、わざと空気を読まずに笑いながらそう答える。
―――さて・・・ここからだ。
「喧嘩なんてしなくても、俺たちの勝ちだよ。 日向」
「何?」
そう言うと、日向は少しの間考え込んだ。 優は彼の様子を静かにじっと見ていると、何かひらめいたのか急に顔を上げ、コウのことを見据える。
「お前・・・まさか。 神崎はこれでいいと思ってんのか! もしお前がこれはいじめだと認めたら、俺は他の奴に手を出すかもしれないんだぞ!」
そしてその問いに――――コウは、こう答えてくれたのだ。
「あぁ、分かっている。 だけど、みんなが言ってくれたんだ。 『もう一人で悩まなくていい、苦しかったら苦しいって言ってくれても構わないんだよ』って。
・・・だから俺は、みんなに頼ることにした。 これは俺が決めたことだよ」
―――コウ・・・。
改めてコウの口からそう言われ、優は嬉しかった。 “前言っていたことは本当なんだな”と、改めて感じることができたから。
「分かった。 じゃあお前以外の奴を、今後敵に回してやる」
「それは無理だよ、日向」
負けじと食い付いてくる日向に、優は冷たく言い放った。
「何が無理なんだよ」
その問いに――――丁寧な口調で、答えていく。
「さっき日向が言った通り、コウはこれをいじめだと認めたんだ。 つまり、コウは既に俺たちの方へついている。
だから先生に『日向は御子紫とコウをいじめていました』と言って、すぐに日向を停学にしてもらうから」
「なッ・・・!」
「もし御子紫が言わなかったとしても、コウが全て丁寧に証言してくれるよ?」
「・・・」
何も言えなくなって黙り込む彼に、優は最後にトドメを刺す一言を放つ。
「お前の負けだよ、日向」
「・・・」
日向は優たちのことをずっと睨み続け、両手には拳が強く握られていた。
―――日向は、これで諦めてくれるのかな。
―――日向をちゃんと、痛い目に遭わすことができたのかな。
―――というより・・・日向ならこうなること、想定していたと思ったんだけど。
彼は未だに口を開かない。 何かを言い返したくても、きっと言葉が見つからないのだろう。 もちろん優たちも、日向にこれ以上言うことはない。
だから先刻から、この場には気まずい沈黙が訪れている。 だがこの静けさに、優はずっと耐えられるわけでもなく――――
―――・・・それじゃあ、最後に種明かしをしようか。
優は再び日向へ視線を向け直し、笑みを浮かべながら口を開いた。
「・・・なーんてね。 これで終わると思う?」
「・・・は?」
「出てきていいよ!」
そしてある二人に聞こえるよう、大きめな声を出す。 すると――――彼らは日向に近付き、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「日向。 ・・・今まで、悪かったな」
「どうして・・・お前らが・・・」
彼らの名は――――牧野と秋元。
日向は突然の彼らの登場に、目を丸くして動けずにいた。 それもそうだろう。 だって、裏切られた友達が――――今目の前に、自ら現れたのだから。
驚き困惑して何も言えなくなっている日向に、優はほんの少しだけ気持ちを込め、優しい口調でこう言葉を口にした。
「お誕生日おめでとう、日向」
「・・・は?」