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うそつきピエロ㉝




翌日 朝 沙楽学園1年1組


次の日となった。 昨日と変わらず、日向は一人で登校する。
―――あぁ・・・うぜぇ。
何がうざいかって? そりゃあもちろん、学校へ行くこと自体が。 あんな教室になんて行きたくはないが、逆に無断欠席をすると自分が負けた気持ちになる。
だから休まずに、今日も登校しているのだ。 
―――それより、どうなっているんだ俺のクラスは。 
―――・・・あぁ、うぜぇ。
教室へ着き、荒々しく席に座る。 そしてバッグを机の上に置こうとすると、あるモノに気が付いた。
―――・・・教科書? 
―――どうして教科書が、俺の机に? 
昨日は机の上には何も置いていない状態で帰ったはずだ。 そのため不審に思い、その教科書を開いてみる。 そして、そこで目に付いたのは――――落書きだ。

“お姉ちゃん大好き” “俺はシスコンです” “シスコン万歳!” 

落書きには、昨日噂されていた“日向はシスコンだ”というデマがたくさん書かれている。
―――・・・何だよ、これ。 
―――これも瀬翔吹がやったというのか! 
―――ふざけんな、マジふざけんなよ!
日向は教科書を床に目がけ力任せに投げ付けた。 苛立ちはこれだけでは収まらなかったが、ここは落ち着くよう自分に何度も言い聞かせこの場を何とか静める。
―――ここは学校だ。 
―――やりたいことがあったら、せめて学校が終わってから。 
―――それまでは頼む、落ち着いてくれ・・・!
それで何とか朝を乗り越え、それ以降は授業が何事もなく進んでいった。 

そしてある授業を終え、休み時間を使ってトイレへ行き、教室に戻ってきた時のこと。
―――・・・俺の筆記用具がなくなってやがる。 
―――くそッ、またかよ。 
舌打ちだけをし、怒りを周りにぶつけないよう大人しい素振りを見せながら席に着く。 そして授業は、またもや日向のことには構わず淡々と進んでいった。
「じゃあ問2の問題を解いてー! 分からない問題があったら、先生に聞くか友達に聞くようにー」
先生がそう指示し、みんなは一斉に問題に取りかかる。 だけど日向には筆記用具がないため、もちろん解くことはできない。
―――あぁ、だりぃ。 
―――暇だし寝ていようかな。
みんなが必死になって問題に食い付いているのをよそに、顔を伏せて寝ることにした。

「・・・が。 ・・・日向!」

―――ん・・・何だよ・・・?
寝てから少し経って、誰かが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。 その方へ目をやると、御子紫がこちらをチラチラと見ている。
「何だよ、御子紫」
御子紫は日向の席から見て、通路を挟んで左斜め前にいる。 そんな彼に対して日向は睨むようにし、冷たい口調でそう言い放った。
だが御子紫はケロッとした態度で、日向に向かってシャープペンを突き出してくる。
「これを使えよ。 筆記用具ねぇんだろ? その様子じゃ」
「・・・いらねぇ」
それだけを言い捨て、再び机に顔を伏せた。 
「・・・じゃあ持っているだけ持っていろよ。 先生に目ぇ付けられるぞ」
そう言って、御子紫は日向の机目がけてシャープペンを投げてくる。 距離が近いせいで、それは机の上に綺麗に弧を描いて着地した。
―――・・・誰がお前の物を使うか。
日向は意地でも、そのシャープペンを使わなかった。 

そして――――数学の授業が終え昼休みになり、水を飲みに水道へ向かった時のこと。 イラついている日向を、冷たい水が冷やしてくれた。 
そんな些細なことでも気持ちよく感じ、気分をリフレッシュして再び教室へ戻る。 そしてまた――――異変に気付いた。
―――・・・体操服が、消えている。
教室を出る前は、バッグを開けたまま机の上に放置していた。 その中には体操服が入った小さな袋が入っていたが、それが今なくなっている。 5限目が、体育だというのに。

―――くそッ!

この場にいることが耐えられなくなり、ついに教室を飛び出した。 そして行く当てもなく、適当に校舎内を歩き回る。 その時、誰かの話し声が聞こえてきた。 
その声の主は――――秋元だ。
「秋元ー、もう日向の奴退院したんだろ?」
「そうなんだよー。 早かったなー」
秋元は一人ではなく、複数の男子と一緒に話をしていた。 どうやら話の内容は、日向についてみたいだ。 日向はしばらく、彼らの話を聞いてみることにした。
「秋元は日向のどこがいいんだよ? あんなうぜぇ奴」
「んー? 日向にいいところなんて一つもねぇよ。 俺だって、日向なんかと一緒にいたくないさ」

―――は・・・?

「だろ? だったら、俺たちと一緒に行動しようぜ」
「そうしたいのもやまやまだけどさー、日向が俺に付き纏ってくるんだよねー」
「え、マジで?」
「うわキモ! つか、マジうぜぇな。 日向って奴」
「だろ? いちいち断って教室から出るから、毎回面倒なんだよ。 俺だって日向と一緒にいたくないんだぜ? いつも威張っていて、俺と牧野を奴隷扱いするし」

―――そんなこと・・・してねぇ。

「秋元も牧野も可哀想だわー。 つか牧野って、あれだろ? 彼女の写メ、日向にネットにばらまかれたんだろ?」
「あぁ、聞いた聞いた。 牧野マジ可哀想」
「そうなんだよ。 ショックを受け過ぎて、昨日から俺にも絡んでこなくてさぁ」

―――・・・秋元、何を言ってんだよ。

「へぇー。 日向ってマジ最低」
「秋元を開放してやれよなー」
「でもさぁ、ぶっちゃけ、秋元は日向のことをどう思ってんの?」
「え? そんなもん決まってんだろ。 ・・・日向なんて、大嫌いだよ」
「ッ・・・」
日向はその会話に我慢できず、ついに彼らに近付いた。 彼らもそんな日向に気付き、その中でまたある男子が口を開く。
「あーあ。 噂をしていたら本人の登場だよ」
「秋元、頑張って」
「おう。 頑張るよ。 じゃ、お前らまたな」
そう言って、秋元は片手をひらひらと彼らに向かって振りながら日向の方へ近付いてきた。 そして何事もなかったかのように、陽気な口調で言葉を発する。
「日向行こうぜ。 今から教室へ戻るんだろ?」
「・・・今話していた話、全部本当か」
日向が秋元の顔を見ずにそう呟くと、彼は今の状況を楽しんでいるかのように、口元を緩ませながら返事をした。
「なーんだ、聞いていたんだ」
「お前は最初っから俺のことをそう思っていたのかよ!」
我慢ができずに声を張り上げる。 

―――もうここは学校だなんて関係ない。 
―――秋元から、本当の気持ちを聞き出してやる。 

そう言うと、秋元は口元を緩めたまま話し始めた。
「あぁ、そうさ。 俺と牧野すっげぇ我慢していたんだぜ? 自己中で俺たちの気持ちも考えてくれないお子様日向に、ずっと俺たちは仲よくするフリをしていた。
 もちろん、今後も仲よくしようとしたさ。 ・・・だけど、お前は牧野を酷い目に遭わせた」
「あれは俺じゃねぇ。 てより、そんなことを最初から思っていたならどうしてそれを俺に言わなかったんだ! どうして俺と仲よくするフリなんてしていた!」
「言ったら言ったで、お前は俺らをいじめの標的にするんだろ? そんなのはごめんさ。 俺らは平穏な日常を手に入れたいだけなんだ。 
 そんな日常を、日向によって壊されたくなんかねぇ。 だから我慢して、お前に今まで付いていったんだよ。 俺も牧野もさ」
「お前・・・」
「俺ら、マジ偉いっしょ? 褒めてほしいわー。 『今まで日向に付いていってよく頑張ったな』って。 『こんな性格の悪い最低な人間に、付いていって偉いな』って」
「お前・・・。 最低だな」
「・・・どっちがだよ」
「あぁ、もういい! もうお前なんて知らねぇよ! ・・・この、裏切り者」
日向はその台詞を言い捨て、この場から立ち去った。 苛立ちを抑えることができず、周りにあるものに当たって行きながら。 そして、今起きた出来事を考えていた。
小学生の頃からずっと信頼していた、牧野と秋元。 その二人に、自分は裏切られたのだ。 

―――今までアイツらを信じていた俺が馬鹿だったとでも言うのか?

実際は牧野の情報をばらまいてもいないし、秋元たちを奴隷扱いになんてしたこともない。 
―――いや・・・俺がしてないと思っていても、実際は自然とそうしていたのか?
―――あぁ・・・もう意味分かんねぇ。 
―――もうこの先、誰一人も信じねぇ。 
―――いや、信じることができねぇ。 
―――・・・信じられるのは、自分だけだ。
とりあえず、秋元は自分を裏切った。 そんな奴に今後絡む必要なんてない。 

―――もうアイツらとは絶交だ!

―ドスッ。
日向は苛立ちを感じながら廊下を歩いていると、ある少年とぶつかった。 少しの衝撃のため、痛さは感じない。 ずっと俯いていたため、顔を上げて相手が誰かを確認する。

―――・・・色折。

「あ・・・。 日向」
日向は結人がズレてここから離れていくのを待っていたが、彼は一向に動く気配がない。 そんな結人に対し、日向は睨み付けながら言葉を放った。
「何だよ。 俺に何か用か」
そう言うと、彼はおどおどとした口調で言い返してくる。
「あぁ、えっとー・・・。 これ、お前のだろ?」
「は?」
そう言いながら、結人はある物を突き出してきた。 それは――――体操服だ。
「どうしてこれをお前が持っているんだ」
「そこらへんに落ちていたんだよ。 だから、日向に返しに行こうと思って」
「そんな都合がいいことなんてあるかよ」
「俺だって知るかよ。 ・・・つか、こんなもん持ったままだと何か気持ちわりぃから、早く受け取れ!」
そう言って結人は、体操服の入った袋を日向に投げ付けてきた。 こんな偶然はあり得ないと思い舌打ちをし、この場から離れていく。

そして――――その場に取り残された結人は、一人こう呟いていた。 その場にいなかった日向には、当然知る由もない。

「・・・日向、自業自得だぜ。 ・・・優は、やられたことはやり返す。 そういう、奴なんだから」

結人がそんなことを呟いている間、日向はまた一人考えていた。 これからのことを。 怒りは限界に近付いている。 
このままだと、学校で何をしでかしてもおかしくはない。 それだけは絶対に避けたい。 ならどうする? そこで日向は――――ある少年が頭を過った。

―――・・・神崎。
―――神崎を、殴りにでも行くか。 

これでしばらくはストレスの解消ができる。 
―――・・・まぁ、神崎を呼び出しても瀬翔吹がおまけで付いてくるかもだけどな。
日向は足を止め方向転換し、2組へ向かった。 そこには先程まで廊下にいたはずの結人が、優と何かを話している。 そんな彼らをよそに、コウのいる席へと向かった。

「・・・神崎。 今日の放課後、いつものところへ来いよ」
「・・・分かった」

コウが了解を得たのを確認し、日向は2組の教室から出ていった。


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