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第37話 オネエさんには、羽付チーズラスク







 ◆◇◆







 怒涛の嵐は、夕方前まで続きました。

「お、お疲れさまぁ……」
「す、スバルこそ、ずっと揚げてたのに……」

 試験運営のつもりが本格的になってしまったので、揚げドーナツを作りに作って、今さっきやっと終わりました。
 店内のパン達もほとんど売れてしまったから、あとは閉店作業と明日の仕込みの続き。仕込みを早いうちに進めておいたから良かったが、明日の来客予定が少し怖い。
 パン耳の揚げドーナツの噂を、後から後から聞きつけてやって来る若い子達が多かったため、祭り本番の明日が予想しにくいからだ。

「パン耳もだけど、普通の食パンも入れて作ろう!」
「閉店作業してひと息ついてからにしよう。ご飯はあとでいいけど、喉乾いた……」
「あ、そだね」

 ほとんど休みなく働いてたから、疲れちゃうのも無理はない。

「あらぁ〜、ひょっとしてもう終わりなのかしらぁ〜?」

 まだいたのか、と前を見れば……大判の薄手のストールを羽織った、背の高い女性が歩いて来ました。

「あ、すみません。まだ大丈夫ですよ!」

 閉店作業もしてないし、まだお店にパンも残ってるから大丈夫だ。エリーちゃんも姿勢を正そうとしたが、何故か僕の腕を掴んできた。

「……どうしたの?」
「……声変えてるし、ストールで体型誤魔化してるけど……男だ」
「え」

 つまり、あの人はいわゆるオネエ?
 近づいて来る顔を見ても、ケバくない程度に化粧もしてたしわかりにくい。
 ただ、喉仏はと見れば……チョーカーで隠してるのでわからなかった。エリーちゃんはいったいどこでわかったんだろうか?

「あの話し方、ギルマスで聞き慣れてるから……違う奴のを聞けばわかる」

 なるほど、ルゥさんとの比較か。
 僕も聞き慣れてはきたけど、違和感と言われても判断しにくい。けど、お客さんの趣味とかには突っ込むつもりはないので、エリーちゃんは後ろに立っててもらい僕が対応することにした。

「いらっしゃいませ。店内にもパンはありますが、揚げドーナツをご所望でしょうか?」
「ん〜、ドーナツもいいけどぉ。私、塩気があるのをお願いしたいのぉ。出来るかしら〜?」
「でしたら、一度店内の商品をご覧いただけますか?」

 それならガーリックバターやチーズラスクがあるし、ほかのしょっぱいのも……と思って戻ったら他のしょっぱい系もすべて完売してました!
 味見用も全部ナッシング!

「す、すみません! 全部売り切れてしまって」
「いいわよぉ〜。けど、せっかく来たしぃ……ん〜甘いのか、食事と一緒に食べるのが多そうね〜」

 ほんとに、菓子パン以外はバタールや食パンばっかりだ。今からラスクを作ると待たせ過ぎちゃうし、どうしたものか。

(何か出来れば……あ、待てよ?)

 道具を変えれば、いけるかもしれない。

「あ、あの、少しお時間をいただければ出来るかもしれません!」
「そ〜ぉ? お嬢さん無理してなぁい?」
「大丈夫です! エリーちゃんも少し手伝って!」
「う、うん」

 道具と材料を準備したら、再び表のオープンキッチンで調理開始だ!

「チーズかしらぁ〜?」

 オネエさんが気になってる通り、メインの食材にチーズを使います。エリーちゃんが専用のナイフで削り、僕は硬くなったバタールを薄くスライス。

「エリーちゃん、削るのは私がやるからこれオーブンで表面を焦がすくらいに焼いてきて」
「10分ちょい?」
「うん、そのくらい」

 魔石のオーブンはすぐに予熱出来るから、チーズを削り終えてる間に出来るはずだ。
 オネエさんには待たせるお詫びに、好きなパンを一つ食べてもらってます。クロワッサンが残ってたから、小さくちぎりながら口に運んでいました。

「さっくさくで美味しいわぁ〜。今から出来るのも楽しみねぇ〜」
「任せてくださいっ」

 チーズを山ほど削り終えた頃には、エリーちゃんの方も終わったようでお皿にラスクを乗せてやってきた。
 さて、ここからが本番だ。

「まずは、フライパンを中火で温めて……ドライバジルとケシの実にクミンシードをひとつまみずつ入れる。その上に、削ったチーズを薄く敷いて」

 実家で作った時は、スライスチーズとかおつまみ用の柔らかいチーズで作ったりもしたが、セミハードのチーズでも試したから作れる。

「フライパンの熱でチーズが溶けてきたら、焼いたこのパンをスパイスの位置にそれぞれ乗せます」
「せっかく焼いたのに〜大丈夫なのぉ?」
「まあ、見ていてください」

 パンからチーズがはみ出るまで軽く押し、いい感じに乾いて固まってきたらフライ返しでひっくり返す。
 全部ひっくり返せば、上にスパイスやハーブが貼りついた羽根つきのチーズ焼きが完成!


『錬金完了〜♪』




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【スバル特製ラスク】


《羽付チーズラスク(バタール)》
・スパイス、ハーブ問わず一枚で大抵の疲労が全快
・溶けたチーズが羽根のように軽く、パリパリに乾いたことでつまみにも変わる新食感。パンは通常のラスクよりも柔らかく食べやすい!
・保存日数は三日



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 疲労回復は意識したけど、全快はやり過ぎたかも。
 でも、作ってしまって取り上げは出来ないから出すことにした。

「この焼けたチーズを羽根つきと言うんですが、それがついたラスクと言います。ひとつ召し上がってみてください」
「あらぁ〜美味しそう〜いただくわぁ!」
「焼き立てなので、火傷には注意してください」

 せっかくなので、バジルのを揚げドーナツと同じ紙に包んで手渡す。
 オネエさんは、少し息を吹きかけてから、まずはチーズの部分を食べてくれました。

「パッリパリ! なにこれぇ、おつまみにぴったりじゃなぁ〜い!」
「パンとバジルと一緒に食べてください。食感と風味も変わってきます」
「じゃ、早速ぅ」

 少し大口で食べるとこは、やっぱり男だと隠しきれてなかった。
 でも、今は気持ちよく食べてもらえるのが嬉しいから気にしない。
 大口で半分も頬張ってくれたオネエさんは、飲み込むとほっぺを赤くしてくれました。

「なにこれなにこれぇ⁉︎ パリパリとしたチーズとふんわり香るバジルに少し固めに焼いたパンが絶妙で……信じられないわぁ〜! 作るとこだいたい見させてもらったのにぃ」
「ありがとうございます。残りもお包みしますが」
「そうねぇ……お嬢さん、これもう少し作ってもらえないかしらぁ。食べさせてあげたい人達がいるのよぉ〜」
「かしこまりました。おいくつほどで?」
「焼いちゃったパン全部よ〜」
「……あたしも手伝おうか?」
「あ、エリーちゃんは閉店作業をお願い」

 このまま行くと仕込みが間に合わなくなるし、まだ少しぎこちない彼女の限界値数も計り知れない。
 早く早くと言えば、エリーちゃんはダッシュで店の中に入ってテキパキと作業してくれました。

「普段は王都にいるからぁ〜ここに来るのが楽しみだったのよぉ〜」
「そうなんですか?」

 ヨゼフさんが言ってたように、王都にまでこの店の噂が出回ってたなんて。

「ポーションのような効果もだけどぉ〜。普通にも食べれるし、美味しくて貴族もお忍びで買いに来る、可愛い可愛い美少女店長のパン屋って有名よぉ〜?」
「び、美少女……じゃないですけど」
「謙遜しなくても、すっごく可愛いわよぉ〜」

 いえ、本当は男だから否定したいだけです。
 三回目を焼き終えてから次のに取り掛かると、オネエさんは僕に人差し指を向けてきた。

「そんな貴女がぁ〜後夜祭の社交ダンスに誰を選ぶか賭けまでされてるそうよぉ〜?」
「ぼ、え、わ、私、今年初参加なんで店の事もありますから!」

 露店巡りも出来るかどうか怪しいのに、社交ダンスなんて以ての外!
 一応、街の若い人から聞かれたりもしたが、店を理由に全てお断りしました。

「それも聞いてた通りねぇ〜? 少しくらいはお祭りのイベントに参加しちゃえばいいじゃなぁい。さっきのエリーちゃんって女の子も、そう言うの好きそうよぉ〜?」
「え、エリーちゃんと?」

 お祭り巡り……って、いわゆるデート?
 と言うのがすぐに思いついたが、なんでだ⁉︎とすぐに頭から追いやった。
 でも、遊びたいかは聞くだけ聞いてみようと考えておく。
 全部出来上がる頃には夕方前だったのが夕暮れに変わり、油漏れがしないように丁寧に梱包してから代金をいただきました。

「こんなにも安くていいのぉ〜?」
「せめてサービスさせてください。だいぶ待たせてしまいましたから」
「ありがとぉ〜。明日は来れるかわからないから、ワガママを聞いてくれて嬉しかったわぁ!」

 それと、とまた僕に指を向けてきた。

「私、ラティスって言うのぉ〜。王都に来る機会があったら門番にその名前とこの紙を見せてあげてね〜」

 僕に薄い金色の蝶柄の紙を渡してから、スキップして帰って行かれました。

(王都って、結構距離あるけど……)

 行く機会があるかはわからないが、知り合いとなってくれるのはありがたいかも。
 それをしまおうとしたら、エリーちゃんが少し乱暴に扉を開けて出てきた。

「い、いいい、今、『ラティス』って言った⁉︎」
「あ、う、うん。あの人そう言ってたけど?」

 何事って振り返れば、エリーちゃんは青くなったり赤くなったりしながら震えていた。

「そ、そそそ、その名前……愛称でもこの国じゃ一人しかいない!」
「だ、誰……?」
「……例の国王陛下」

 彼女の言葉に、叫ぶのを我慢した僕は自分を褒めたかった!

(なんで、王様がオネエで来るの⁉︎)

 僕らは片付けも忘れて、しばらく外で震えていました。






 ★・ラティスト視点・★




 少し鼻歌を歌いながら、住宅街の裏路地を歩き進む。

(さて、この辺りのはず……)

 もうすぐかと足を早めたら、幻獣の(いななき)が聴こえてきた。それと、私が来たのをもう知ってたのか出迎えまで。

「お待ちしておりました」
「……結構待たせたね。その分、良い土産は買ってきたよ」
「それは……ありがとうございます。さ、馬車はあちらに」

 側近のデュクスに導かれ、高級感はないが質に良い材質で作られた幻獣付きの馬車にまで着く。
 彼が戸を開けてくれたので先に入り、彼も乗ってしっかり座ってから馬車はゆっくりと進み出した。

「いかがでしたか? 例のパン屋は」
「なかなかに、面白い子達がいたね」

 土産をデュクスに渡し、自分はストールに隠してたタオルでゆっくりと顔の化粧を落とした。
 久しぶりにするゆえに、違和感は多少あったがあの少年(・・)には負けるだろう。素で美少女だったしね。

「先生にはほとんど聞けなかったが、潜伏させてた隠密(アサシン)達の報告通り。女装はしてるが仕草までは男だと隠せてない。けれど、私より素で愛嬌を振りまける子だからそこでカバーは出来てたね」
「余程、気に入られたのですね?」
「ロイズの秘蔵っ子も見れたが、実に可愛らしい子達だったよ。少し無理を言ったけど、機転の良さで解決してくれたしね」

 甘いものは好きだが、気分的に塩気があるのを求めてたのは本当だ。
 初めは店内の物で提供しようとしてたが、ないと分かればすぐに謝罪し、さらには目の前で調理を披露してくれた。
 宮廷料理人でも、肉料理程度しかしないのをパンで行うとは本当に面白かったしね。

「それが、この袋の中身でしょうか?」
「別宅に帰ったら、ワインとともに食べようじゃないか。一ついただいたが、酒呑みにはぴったりのツマミになるよ」
「では、前夜祭を覗かれてからに致しますか」
「そうしよう。それと、あのスバルって子には私の紹介状を渡しておいたよ」

 エリーと呼んでいた赤毛の少女は、きっと私の正体に気付くだろうし、スバルにももう教えてるはずだ。
 反応を見たかったが、もう別宅に向かってるので残念だ。

「陛下御自らの紹介状をとは」
「スバルは、『時の渡航者』だ。それくらいの後ろ盾をしてあげるくらい構わないと思ってる。実際会ってみて、悪用しようと言う気配もなかったよ」
「ですが、自分の店を持つ者が王都に行く機会はそうないのでは?」
「明日にでもロイズとも話し合うさ。冒険者側のギルマスが来ないように幻影魔法もかけちゃったから、詫びくらいするよ」
「なるほど」

 スバルと会う前に伝言の蝶は一応飛ばしたが、あの幼馴染みの反応は予想がつく。
 案の定、自分じゃなくて冒険者側のギルマスが来たので、先ほど口にした通りに道を惑わす幻影魔法をかけてきた。今はもう解けてるだろうが、いかにハーフエルフでも現国王で元Sランク冒険者の魔法は堪えたはず。
 スバルの店にも行けずに、仕方なく前夜祭の会場へ向かっただろう。

(明日も行きたいが、日を置いた方がスバルのためだろう……)

 今頃、頑張って明日への準備をしてるだろうから、せめてもの労いだ。

しおり