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うそつきピエロ⑫




「優!」
結人はすぐに優を見つけ、彼をどこへも行かせないよう腕を強く掴んだ。 優は結人の方へ振り向くが、何も言うことがないらしく口は噤んだまま。
「・・・優。 今日は俺ん家、来いよ」
「え、でも・・・」
「今日、藍梨は真宮に任せる。 だから心配はいらねぇよ」
そして彼は承諾してくれ、今日は結人の家に泊まることになった。 

結黄賊の中ではよくあることだ。 誰かがピンチになって危ない状態に陥った時、リーダー問わず誰かの家に泊めたりしていた。 その日は、その仲間が一人にならないように。
もし一人にしたら、彼が何かをしでかすかもしれないから。 例えば、危険なことをしようとしたり、命を落としそうになったり。 それを防ぐため、誰かの家に必ず泊めていた。 
今回の場合は、優が放課後に暴れていたことだ。 それも――――理性を完全に、失う程に。
もし家で同じ状態になったら、今度は止める相手もいないため彼一人にしたら危険だと思った。 
真宮もこのことは知っていて『もし何かあったら藍梨を俺ん家に泊めてもいい』という先刻の発言も“優を結人の家に泊めてもいい”という意味なのだろう。 
その意味はすぐに分かった。 

結人は真宮に連絡し、家まで足を進める。 着いてすぐに風呂のお湯を溜め、部屋へ戻り適当な場所に座った。
だが優は座ったままなおも口を開きそうにないため、しばらく彼の様子を見守ることにする。 
この気まずい空気の中、何もすることがない結人は携帯を取り出した。 そして、最近起こっているニュースの画面を映し出す。 

“クリアリーブル事件” “昨夜20代男性頭を殴られ病院へ” “昨夜10代女性階段から転倒し病院へ”

これらは全て、今の立川で起こっていることだ。 

クリアリーブル事件(クリーブル事件) 

結人はこのクリアリーブル事件に関しては、よく知らない。 だけど、そのクリアリーブルという奴らが最近立川で暴れているらしい。 
ここ最近、病院送りにされている人がたくさんいる。 これは全て、クリアリーブルのせいだというのだろうか。 

携帯を眺めているといつの間にか15分経っており、風呂のお湯を止めに行く。
「優。 先に風呂、入ってこいよ。 着替えとタオルは用意しておくからさ。 ・・・ゆっくり浸かって、休んでこい」
そう言うと、彼は何も言わずにただ頷き風呂場へと向かっていった。 結人は優が風呂へ入ったことを確認し、彼の着替えとタオルを用意しながら考える。 

このままだとらちが明かない。 優が風呂から出てきたら、迷わずに聞いてみよう。 コウと何があったのか。 流石に優も、今気持ちの方は落ち着いていることだろう。
今日は折角二人きりになれたため、このチャンスを逃すわけにはいかない。 

そして――――優が風呂へ行ってから30分過ぎたところで、彼は戻ってきた。
「・・・ユイ、風呂ありがとう」
「あぁ、いいよ。 ・・・まぁ、座れ」
立ったままでいる優に、座るよう促す。 

―――早速で悪いけど、聞かせてもらうぜ。 
―――お前らのことを。

「優。 何があったのか、俺に話してくれないか?」
その言葉に彼は一瞬戸惑った様子を見せたが、結人に向かって小さく頷いてくれた。 そして優は、苦しそうな表情をしながら――――静かに語り始める。
「・・・コウが、日向にいじめられているんだ」
「は・・・? 日向に?」

「うん。 俺は日向が、コウをいじめているところを実際この目で見た。 だから俺はコウに言ったんだ。 『いじめられているならユイに言おう』『先生に言おう』って。
 だけどコウは『ユイには迷惑がかかるから』とか言って、俺の言うことを聞こうとしない。 なら俺から、先生に言おうってことも考えたんだけど・・・。
 コウはこれを、いじめだとは思っていないんだ。 
 自分はいじめられているって認めないと、先生に言っても『コウは大丈夫そうだ』って言って、いじめをなかったことにするかもしれない。
 だからコウにいじめを認めさせようと、頑張ったけど・・・無理だった。 何度も何度も何度もコウに言ったけど、やっぱり駄目だった・・・」

―――コウが、日向にいじめられている。 
―――・・・コイツらの間には、日向が関わってんのか。 
―――くそッ、どうして今まで気付けなかったんだ! 
―――コウたちとずっと一緒にいたじゃないか。
―――コウにできていたあの顔の傷は、日向にやられた時の傷なのか?
―――直接聞いても『擦っただけ』とか笑いながら言うから、油断していた・・・ッ!

今思えば“コウは自分を犠牲にする奴だから何かあったんだ”と、どうして今まで気付けなかったのだろう。 もっと、もっと早くに気付いていれば――――
「ねぇ・・・ユイ。 俺は・・・これからどうしたらいいの?」
「ッ・・・」
優は、今にも泣きそうな目で結人を見た。 
―――そんな顔すんなよ・・・優。 
耐えられずに、彼から目をそらしてしまう。 
―――これから、か・・・。

小学校の頃のコウについてはよく知らないが、優いわくその頃から自分を犠牲にする少年だったとは聞いている。
ということは、今回結人たちに何も話さない理由は“みんなに迷惑をかけたくない”と言うよりも――――“自分を守るため、みんなの日常を守るため“というものなのだろうか。
日向の件は、既に終わったと思い込んでいた。 コウもそう思っていたはずだ。 御子紫もいじめに遭わなくなり、みんなは油断していた。
だけどそんな中――――コウは急に、日向にいじめられるようになった。 
結人たちがそんなコウに気付かず楽しそうに笑い合っているのを見て、彼はこの関係を崩したくないとでも思ったのだろうか。

―――まぁ・・・コウは、そういう奴だよな。 
―――俺たちを守ろうとして、いつも自分が犠牲になって。 
―――・・・コウは、そういう奴だよ。

だが今回は、優がコウに何を言っても聞き入れてはくれなかったようだ。 だったら、結人が何かを言ったとしても同じ結果になるだろう。

―――ならどうする? 
―――今の俺には何ができる?

『だったら・・・悲しませたくなかったら、もう優を俺に近付けさせないでくれ』

―――・・・そうか。 
―――コウはまだ、一人で頑張れるのか。 
―――そうか・・・そういう意味なんだろ? 
―――だったらやってみろよ。 
―――最後まで、コウ一人で頑張ってみろよ。 
―――俺たちに一度も・・・頼らずに、さ。

「優。 しばらくは、コウの様子を見ていよう」
「え?」

―――そうだ。 
―――そうなんだよ。 
―――今回のこの事件を使って、コウから心を打ち明けさせるんだ。

今のコウは、精神的にも肉体的にもまだ余裕があるからあぁ言った。 だったら、彼に限界が来てからが勝負だ。 限界になったら、流石に結人たちに相談してくれるだろう。 
『もう一人では無理だから助けてほしい』と。 

―――なら・・・コウ一人で、耐えれるところまで耐えてみろよ。

結人はこのことを、全て優に伝えた。
「つまり・・・今回の件を利用して、コウの本当の心を自ら打ち明けさせるってこと?」
「そう。 ・・・優には苦しいかもしんねぇけど、できそうか?」
優はいじめが嫌いな少年だということは知っている。 だからこれからもコウが傷を負ったりすると、彼は酷く苦しむことになるだろう。 
ましてや、コウに関わらず人を見て見ぬフリをするなんて。 だがこれしかないのだ。 コウに自ら打ち明けさせるには、こうするしか手はない。 だが優は耐えられるのだろうか。 

優が一番信頼しているコウを――――黙って、見過ごすようなことが。

「分かった・・・。 頑張ってみる」

―――・・・よかった。 
今の一言に安心し、結人には自然と笑顔がこぼれた。 だがきっと、彼が耐えられるのも少しの間だ。 その期間に、コウは限界を迎えて結人たちに相談してくれればいいのだが。
そのことについては、また考えるとしよう。 今考えても意味がない。 そう思い結人は気持ちを切り替え、明るめの声を上げて優に言った。
「よし! それじゃあ優、腹減ったろ? コウまでは美味いもん作れねぇけど、俺が何か作ってやるよ」


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