第33話 こちらにも、実は
それから、『嘘や嘘や嘘やーっ⁉︎』って何度も言いながら地面を転がるレイスさん。落ち着いた?頃には突っ伏した姿勢になって、何やらぶつぶつ言い出す始末。
やっぱり、僕の性別を知った途端、理解の許容範囲が超えちゃったみたい。
「やっぱ、こーなるか?」
エリーちゃんから荷物を受け取ったのか、背には槍。腕には僕が渡したパンの袋を抱えてた。籠手とかはもう閉まったのか手にはつけていない。
「一悶着起こすとは思ってたけど、なんでこんなとこに居んだ?」
「たしかに……」
昨日も他のパーティーの人達に監視?されてたらしいのに、一体どうやって抜け出してきたんだろう?
「あ、いったいた──っ!」
突如、上からまた誰かが降りてきた。
だけど、全員聞き覚えのある声だったから、一斉に上を見ただけ。
飛んで来たのは、軽装ではあるが冒険者の恰好をした小柄な茶髪の青年。背には少し大きな弓をしょってるが、重さを感じないのか表情はいたって普通。
だけど、いつもは好奇心に満ちあふれてる碧い瞳が、今日は怒っていた。
「やっと見つけたぁ、レイスっ!」
「ぐげぇ⁉︎」
ほぼ同時に叫んだ直後、ケインさんは着地点をレイスさんの頭にしてから、渾身のかかと落としをお見舞いしました!
当然、無防備だったレイスさんは避ける暇もなく受け、そのまま気絶。
ケインさんは片足を浮かせた状態なのに、バランスを崩さずに宙で静止。そして、レイスさんが完全に動かなくなってから地面に降りた。
「怪我人だからいちおーは加減したけどぉ……隙あり過ぎ」
「いや、ケイン。おっ前それマジで加減したのか……?」
「あ、ジェフいたんだー?」
一切気づいてなかったのか、ケインさんはジェフに気づくといつも通りに戻った。
「ほーんと、こいつ見つけんの時間かかったんだよねー? ってあれぇ? まだ殺気残ってるけど、レイスが向かってきた?」
「ちぃっとだけな? ま、スバルのお陰で助かったが」
「店長さん? あ、エリーちゃんもやっほー」
レイスさんのことは本当に放置なのか、のんきに僕らへ手を振ってきた。
とりあえず振り返してたら、少し奥の方からも足音が聞こえてきた。
「ケイン、レイスはいたか⁉︎…………って、ジェフに店長さん達?」
今度はクラウスさんだった。
あとはアクアさんとシェリーさんかと思ったけど、もう誰も来ないみたい。
エリーちゃんもきょろきょろしてたが、僕と目が合えば誰も来ないのを首の動作で教えてくれた。
「やーっと追いついたのー?」
「お前と俺の足の速さを一緒にするなっ。……レイスの次に早いの自覚してて言うか」
全力で走ってきたみたいで、次第に呼吸が大きくなっていく。徐々に咳もし出して、大丈夫かなと思ったら先にジェフが彼の背をさすっていた。
「大丈夫かぁ? おい、ケイン。今日もお前達がレイス見張ってただろ? なんで抜け出せたんだ?」
「あ、それはねー?」
ケインさんの説明によると。
無理矢理寝かせてたレイスさんが起きたのが、おやつ前。
その時に、監視を兼ねて部屋で遅いお昼を食べてたケインさんとクラウスさんが、うっかりジェフの出かけた理由をしゃべってて。それを耳にしたレイスさんが無理に起き上がって、二人の制止を聞かずに冒険者道具一式持って飛び出したとか。
ジェフの行き先については、パーティー内で所持してるGPSのようなお守りがあるから、それを使ったと思われ……で、ジェフとエリーちゃんがボロお兄さん達と交戦した辺りから見てたと発覚。
「まだ全然完治してないのに、無茶するんだからこのおバカはぁ?」
ケインさん、その怪我人なのに頭をコンコン蹴るのはやめてあげてください。
いつものことだろうけど、僕の精神ダメージが地味にきたのでお願いしてやめてもらいました。
「で? 俺が来た時はレイスほとんど殺気失せてたけどー、何があったの?」
「そうなのか?」
クラウスさんはともかく、ケインさんには言いにくい。
まさか僕が、本当は『男』だってことをバラすだなんて。
引くとかどうよりも、信じてもらえるかがわからないからだ。
三人で顔を合わせて考えるも、誰からも言いにくい。でも説明しないわけにいかないので僕から言おうとしたら、ケインさんがいきなり指を鳴らした。
「あ、レイスが『嘘や』って言ってたから、店長さんが男だって事言ったの?」
「「「え⁉︎」」」
「……ケイン、お前気づいてたのか?」
僕らが驚いてる中、クラウスさんだけが冷静に彼に質問していた。
すると、ケインさんはあっさりと頷く。
「俺、最初の時にお礼言うのに手握っちゃったでしょ? あれでわかっちゃったんだー」
そして、僕を見るとにんまり笑ってきた。
「訳ありだろうから、言わない方がいいかなって。レイスもぞっこんになってたけど、面白いから黙っといた方がいいだろうしー?」
「……だろーな。おっ前、そう言う性格だったわ」
ムードメーカーもだけど、ムードクラッシャーって両面をお持ちなんだなと納得。
けらけら笑い出してから少しして、ケインさんは僕の前に来るといきなり手を掴んできた。
「よく見ないとわかんないだろうけどー、手の大きさはちっさくても女の子にしては肉付き薄いし。骨しっかりしてるから、これ男だよ?」
「手……とその弓、あんた
「うん、エリーちゃんより劣るけど、ランクCだよー」
よろしくねーって言い終えると、僕の手はすぐに離してもえらえました。
「レイスにはいつ言おうかどーしようかなぁって思ってたけど……店長さん本人が言ってくれたみたいだし良かったぁ! けど、ジェフもクラウスもなんで知ってるの?」
やっと肩の荷が下りたと文字通り肩を回してたが、すぐにパーティーの二人に質問をぶつける。
今度はクラウスさんとジェフがそれぞれ目を合わせたが、クラウスさんが先に息を吐いた。
「俺は、ジェフが気づいたから聞いただけだ」
「うっわ、俺に言えってか?」
「ほぼ同時に気づいたのはお前達だろう? 着眼点が違っただけで」
「ってことはぁ、俺が手ならジェフは動き?」
「あぁ、そうだ。後俺の経験もあるが今は言えね」
「はいはーい、後でねー?」
どうやら、大人数の前で黒歴史を言うのが恥ずかしいからか、話はここまで。
それよりレイスさんを連れ帰るのが先だと、ケインさんが俵担ぎで彼を持ち上げた。
「じゃ、俺先に行くからー」
「……ちょっと待て、ケイン」
「ん?」
「いいもん食わせるから、口開けろ」
「こー?」
クリームパンかと思いきや、ポシェットのとこから見覚えのある紙袋を取り出した。
エリーちゃんと声を上げそうになったが、既に時遅し。ジェフは、ケインさんの口に黒い粒がついたサイコロ状のお菓子を放り込んでいた。
ケインさんはなにも疑わずに、ぽりぽりと食べてしまう。
「あ。甘くないんだー? 美味しーっ。けど、これ店長さんの?」
「そのまま思いっきり走ってみろ、レイス以上になるぜ?」
「なにそれ面白い! どれくらい走ってられる?」
「持って、10分前後か?」
「じゅーぶん!」
ジェフの説明が終わるや否や、ケインさんは思いっきりダッシュしていかれた。
その速さ、あのラスクの補正にある『脚力付与』が物凄くわかりやすいくらいに、ケインさん達の姿がもう豆粒に。
ジェフ以外唖然としちゃったが、そのラスクを持ってた彼は僕にその袋を渡してきた。
「間違えて俺に渡したんだろ? 昨夜たまたま効果に気づいたが、これ返すわ」
「……だったら、今ケインさんに食べさせたのは?」
「レイスへの罰その2。無断行動は俺らのパーティー内じゃ御法度もんだしな」
「……大丈夫なの?」
「どの道、説教地獄になるって。なあ?」
クラウスさんに聞くと、彼は苦笑いしながら頷いた。
「ジェフの言う通り、最低それくらいはな? しかし、ジェフやケインの話と合わせてみても、普通男と思えないな……」
「……喜んでいいかどうかわかりませんが」
「俺にも敬語はいい。ジェフと同い年なら俺もそうだからな?」
「……呼び捨ても?」
「? それはどちらでもいいが?」
なので、さん付けは取って『クラウス君』にしました。
それから、少し状況整理をすることに。
「スバル、と言うよりジェフの態度が気に食わなかったってところか。あいつ、振られたからってシェリーの事は大事にしてたからな?」
「「「は⁉︎」」」
「ジェフ、知らなかったのか?」
「……全然」
と言う事は、まだまだ未練があり、なおかつ僕と親しくなったことへの苛立ちなどなど……。
自分も男だけど、男心も複雑だなぁと思いました。
「それで、あいつシェリーのことしつこく聞いてきたのか……」
「まあ、お前の行動にも一因はある。シェリー本人以外全員にはバレてるからな? 一度、きちんと話し合え」
「……ああ」
この流れ、少し思い当たることが出来てきた。
だけど、ジェフの前では言いにくいから、クラウス君を呼んで彼に小声で質問した。
「ジェフもだけど、シェリーさんも?」
「察しがいいな? 当たりだ」
「うわぁぉ」
両片想いって、なんかドッキドキだ!
エリーちゃんも気づいてたのか、隣で苦笑いしてたし。
「……なにしてんだ?」
「ふふーん、内緒!」
「?」
「そろそろ暗くなるし、世話になったから店の前まで送らせてくれ。宿舎ともそう離れていないしな?」
「ありがとう」
「……ども」
また誰かが襲ってくることはないだろうけど、エリーちゃんも仕込みまでの余計な体力を使いたくないので、我慢はしてくれました。
代わりに、夕飯は彼女が大好きなオムハヤシを作ってあげたよ?