再会4
陶酔したようなジャニュの言葉に、ノヴェルは強い反応を示す。
それは普通の声量ながらも、力の籠った言葉であった為に、ジャニュは自分の世界に没入しながらも、それに反応してノヴェルの方へと視線を向けて、数秒眺める。
その間に一気に熱が下がっていったようで、ジャニュの瞳に冷静な色が浮かんでくる。そうすると。
「あ、ああ~」
軽く口元に手を当てたジャニュは、先程の自分の失言に気がつき、困ったように声を出した。
「そうそう! 今度実家に帰る予定なのだけれど、オクトとノヴェルがこちらに居るということは、家には父さんと母さんだけなのかしら?」
どことなく白々しい声音で、分かりやすく話題を変えようとしたジャニュに、ノヴェルはにこりと淑女の笑みを張り付ける。
「はい。現在は父様と母様だけですわ。それで、先程のもう一人のお兄様とはどういう意味でしょうか?」
ジャニュの問いに答えつつも、ノヴェルは即座に話題を戻す。それに、ジャニュは困ったような笑みを浮かべた。
「うーん・・・その事は忘れてほしいのだけれど」
ジャニュの拝むような言葉にも、ノヴェルは淑女の笑みを崩そうとしない。
「それは無理です。ジャニュお姉様」
「・・・困ったわね。それでも私の口から仔細は語れないわ」
「どうしても、ですか?」
「ええ。それはオーガストが望まないから」
「・・・お兄様が。そう、ですか。しかし」
「どうしても知りたいというのであれば、本人に訊きなさい。私からはこれ以上語ることは出来ないわ。確か、オーガストは今ここに居るはずでしょう?」
「はい。先日お目にかかりました」
「そう。・・・その感じからして、何となく理解したわ」
ノヴェルの様子から、ジャニュは現在もオーガストではなくジュライが表に出ているのだと知る。
「とにかく、そういう訳でこの話は終わり。私には答えられないのだから」
ジャニュは一つ手を叩き、それを話の終わりとして話題を変える。
「クル殿。現状平原は安定していますが、これからどうなされる予定ですか?」
問い掛けられてクルは僅かに思案した後に口を開く。
「まだ決まったわけではないけれど、平原の警邏を強化していく予定」
「平原の警邏、ですか。それは兵士で?」
「兵士だけではなく、将来を見据えて今以上に広く我が国の学生達に経験を積ませるために、大結界周辺を中心に警邏を任せようかと検討している」
「なるほど。大結界も強固なものになりましたからね。あれでしたら攻撃されても問題ないでしょう」
そう言いながらジャニュは一度大結界の方に顔を向けると、直ぐにクルの方に顔を戻し、問い掛けた。
「あれは、クル殿が?」
「・・・いや、それは違う」
「そうですか。では・・・オーガストが?」
「・・・何故そう思われるので?」
「ふふ。私が知る限り、あれだけのモノが創れるのはオーガストしか知らないので・・・まあもっとも、あれでもオーガストにとっては児戯にもならないでしょうが」
「・・・はぁ。そうですね。あれは彼が創ったモノです」
「でしょうね。・・・ま、私は何も言わないわよ。オーガストがそう決めたのであれば、私は何も言えないというのもあるけれど」
「・・・何故?」
「絶対だからよ」
「絶対?」
「圧倒的過ぎるのよ。抗う気も起きないほどに」
熱に浮かされたような声音でジャニュは語る。
「・・・そう」
「・・・ああ、そうだったわね」
しかし、何処か懐疑的な感じのクルの反応に、ジャニュは納得したように頷く。
「?」
「何でもないわ。とにかく、それならばこちらからは何も無いわ。ただ、気をつけてとしか」
「・・・承知している」
「そう? ならば本当に私からは何も無いわ。ただ、力が必要なら遠慮なく言ってね」
「その時はお願いする」
「ええ。任せて」
表情を変えないクルに、ジャニュは微笑みかける。
「さ、難しいお話しはここまでとして・・・」
そう話を切ると、ジャニュは後方の少し離れた場所に待機させていた部下に目を向けた。
「少しここを任せるわ」
「はっ!」
部下の返事に満足げに頷いたジャニュは、視線をクル達に戻す。
「という訳で、少し一緒に魔物を狩りに行きませんか?」
「いいので?」
「ええ。ずっとここに詰めているのにも、退屈していたところでしたから」
笑みを浮かべたジャニュと共に、クル達三人は一緒に平原の警邏に出ていく。
「ああ、そうだ」
その途中で、ジャニュはオクトとノヴェルに語り掛ける。
「私が家に帰る時は、折角だし一緒に帰らないかしら?」
「それは構いませんが・・・」
「よかったわ。ああ、そうだ! クル殿も一緒にどうかしら?」
「ぼくも?」
「それはいいですわね! あばら家ですが、お嫌でなければ是非いらしてください!」
ジャニュの言葉にオクトが乗ってくるも、肝心のクルは困ったような雰囲気を醸す。
「あら? 庶民の家は嫌かしら?」
「そんな事はない。ぼくは今寮に住んでいるし、ここの環境はそこよりも良いとは言い難い」
「それもそうね。じゃあ、来ればいいじゃない? 最強位の仕事も少しぐらい休めるでしょう?」
「まあ・・・わかった」
クルが考えるように頷くと、オクトは嬉しそうに笑う。
「ふふ。これは帰郷が楽しみになってきたわね」
クルが承諾したことに、ジャニュは楽しそうな声を出す。
そんな姿を見たクルは、早まっただろうかというような表情を僅かに浮かべた。
◆
少し急ぎ気味に移動したおかげで、予定通りの日程で東門に到着した後、ボクは自室に戻る。その頃にはすっかり外は暗くなっていた。
今回の見回りでは色々と収穫があったからいいか。考察もだが、隠密行動も試せたし、課題も見つけられたから、こちらも研究しないとな。明日はクリスタロスさんのところへ行くから、模様の研究と彫刻かな。
模様の研究に重点を置いて、彫刻は形だけ彫っておきたい。そこまで彫っておけば、見回りの途中でも作業できるだろうから。
そんなことを考えながらお風呂まで終えて部屋で就寝準備を済ませると、魔力抑制について思考する。
そもそも魔力抑制とは、身体を巡る魔力を抑える事なので、魔力を外には漏らさずに身体中を無駄なく巡らせる魔力操作の先にある技術だ。
しかし、これが難しい。程度にもよるが、完全を目指すならば死ぬしかない。なぜならば、完全に魔力を抑え込むには、身体中を循環している魔力を完全に絶つ必要があるので、生命活動にも影響しているそれを完全に絶つということは、
では、どうするかだが、これが答えが出ていない。抑え込む、つまりは循環する魔力量を意図的に減らす、もしくは圧縮して循環させることは出来ているが、外部にその気配を漏らさないというのは実現できていない。
案としては、遮断魔法で魔力を遮断する事だが、体内で完全にそれをするのはやはり死を意味するし、体外では生命活動に影響を及ぼさずとも、五感には影響してしまう。
討伐任務の際にその辺りの調整もしながら、加減したギリギリのところでやってみたが、完全には無理であった。それでも、魔物に触れられるぐらいには近づけた。触れる直前には気がつかれたようだったが。
東側平原の魔物はそこまで強くはないので、魔力の察知能力はもっと上位の魔物よりも少し劣る。正直、シトリーのような最上位の魔物でもない限りは、同じ魔物なのでそこまで大きな差はないと思うが、確証は無い。
それでも、東側の平原の魔物に触る直前に気づかれる様では、まだまだ完成には程遠いだろう。
なので、何か案はないかと思案するが、閃きは中々訪れてはくれない。これはいつもの事だが、そこそこの所まで完成しているだけにもどかしいものだ。
現状では、魔力の細い通り道を残して遮断魔法を展開しているのだが、一度平原で体表に遮断魔法を構築して試してみた時は、視界が取れないうえに感覚が無くなったりと大変な思いをした。その際に魔力視も遮断されたので、初めて魔力視でモノを視れない状態に陥ったが、かなり不安なものであった。普通の視界も狭まっていたのも原因だろうな。
魔法使いではない人間はあんな感じなのだろうか? 流石に他の学生達でも魔力視を使用しているだろうし、中々に大変な世界だな。いい経験になった。
まあそれはさておき、どうやって魔力を遮断させるかだが・・・。
「・・・うーん・・・というか、何でこんな事を考えているんだっけ?」
元々は魔力の濃淡により魔物がどう反応するかという事が気になり、前に魔力を流して魔物を釣ったのがきっかけだったか。
そこから逆に抑えたら見つからないのではないかと思い立って試してみて、その流れでどこまで見つからないかを試していき・・・今に至ると。ちょっと向きになりすぎていたかな? でも、出来なくて口惜しいからな。
なので思案を継続するも、答えは何も出てくれない。ぐるぐる思考を巡らせていくも、複雑な道にでも入ってしまったかのように先がみえてこない。迷子の気分になってきた。
「・・・ん?」
そこで何かを閃く、それを形にしようと、集中して拾い上げていく。
「道、迷子、巡る? でも、いや、うーん、しかし、そうなると・・・」
浮かび上がってくる考えを繋ぎ合わせて脳内で絵を描いていく。何かしら新たな絵を描けそうな気がする。
「・・・・・・ふむ」
少し考え、完成図を試してみることにした。
要は生命活動に必要な魔力を循環させつつ、外に魔力を漏らさなければいいのだから、身体中に遮断魔法で作った魔力経路を創り、そこに魔力を閉じ込めてしまえばいい。
「・・・うーん・・・いや」
試してみたところ、生命活動に支障をきたさないで魔力を内側に閉じ込めることが出来た。しかし、そうすることで魔力視をはじめとした防御障壁などの魔法が使えなくなってしまった。魔力を内側に閉じ込めたのだから当然の結果だが。
なので、外部の魔力を利用して魔法の発現を試したみると、それは成功した。ただし、通常時よりもかなり劣った魔法ではあったし、魔法を使ってしまっては、隠している意味がない。まぁ、欺騙魔法を使わずに済むというのは意味があるのだろうが、護りや索敵能力をほとんど無くしてまでする必要はないだろう。それに、遮断魔法で経路を創らずとも、体内を遮断魔法で覆ってしまえば同じ様な気がする。この場合も触覚や視覚などの五感はやや鈍くなる程度だが、体内の魔力は使用できなかった。
つまり、隠密性を重視する場合、魔法をほぼ捨てなければならないということか。考えてみれば当然の結果ではあるが。
「・・・・・・」
さて、どうしたものか。隠れる必要がある場合は使うにしても、これは普段は使えないな。他の方法が見つかれば別だが、魔法が使えるが魔力は漏れない方法なんてあるとも思えないからな。
なので、この思考もとりあえずここまでとするか。また何か閃くことがあったら考えよう。多分ないと思うが。
「さて」
窓の外に目を向けると、そこには雲が掛かった欠けた月が見える。そろそろ天上に差し掛かろうとしているので、もう少し時間が在るな。
とりあえず彫刻の構想は出来ているので、あとは彫り始めるだけだ。大雑把な大きさには切り出しているから、もう少し削っておきたい。
「・・・・・・少しやってみようかな」
クリスタロスさんのところまで待てずに、切り分けてくっ付けてから大雑把に削っただけの串刺しウサギの角と、彫刻用の小刀を構築する。
「まずは小刀の大きさを変えないとな」
クリスタロスさんに贈った置物の顔部分から仕上げの細かな作業までを彫った時のままの大きさなので、小刀の刃や柄を彫りやすい大きさに変更していく。
それを終えると、掃除がしやすいように膝上に空気の層を敷いて作業場として、その上で作業を開始する。
「何か久しぶりだな」
脚部をサクサクと彫り進めていく。何だかかなり久しぶりに彫刻をしたような気がするが、今回は土台も忘れずに一緒に彫っていく。後付けも大変だったからな。
土台を含めて何となく脚の形を掘ったところで手を休めて時間を確認すると、結構いい時間だった。腕輪を設定するのを忘れていたから、危うく朝まで作業するところだった。
とりあえず手元の置物と小刀を情報体に変換して収納すると、彫刻をして出た削りくずを残らず消し去っていく。ちゃんと掃除が済んだか確認した後に空気の層を消してから眠ることにする。ボクは基本的に電気は付けないから、こういう時に楽でいい。
明日は朝からクリスタロスさんのところへ行く予定なので、睡眠時間はそんなにないが、問題はないな。
◆
「感情というものは、中々に厄介な代物だな」
暗闇の中で、オーガストは座りながら自分の手に目を落として呟いた。
「慣れるまでもう少し必要か。それでも、大分掌握出来てきたな」
軽く息を吐いたオーガストは、立ち上がりその手に一本の槍を創造する。それは一メートルを少し超えたぐらいの、特に装飾のない普通の槍。
「身体も動かさねばな。魔法が常に使えるなどと思ってはならない。武器を常に持っているとも限らないが、今回は槍でいいか」
そう独言すると、もう一人の自分を創り出す。その手には同じ槍が握られていた。
「・・・今日は別の武器の方がいいか? まあいい」
暗闇の中、二人のオーガストは適度な距離をあけると、それぞれ構えを取る。しかし、二人共に取っている構えが違い、片方は両手で槍を持ち、穂先を下に向けた状態で腰を落として相手に鋭い目を向けている。
もう一人は槍を無造作に右手だけで短めに持ち、気怠そうな雰囲気を醸しているが、油断なく相手を観察していた。
「・・・さて、始めようか」
両手で槍を構えたオーガストは地を蹴ると、もう片方のオーガストへと突撃していく。
槍を構えて突撃してきたオーガストは、もう一人のオーガストの喉元へと躊躇なくその槍を突き出す。
その鋭い突きを、もう一人のオーガストは首を振ってギリギリのところで躱してみせると、目の前に迫ったオーガストの脇腹へと、右手に持った槍を突き立てる。
「ぐっ!!」
暗闇の中で鮮血が飛ぶが、突撃したオーガストは足に力を入れて、無理矢理後方へと跳んで距離を取った。
「やはりこれでは駄目か」
深く刺さっていなかったとはいえ、強引に逃れた為に脇腹から結構な量の血を流しながら、飛び退いたオーガストは、浅くなりそうな呼吸を無理矢理大きく息を吸って落ち着かせる。
「傷を負った状態でもいいが・・・」
呼吸を落ち着かせたオーガストは、そう呟きながらも脇腹の傷を塞いでいく。
「せっかくだから、まだ身体を動かしたいものでね」
オーガストは再度槍を構えると、先程と同じように突撃して距離を縮める。しかし、今回はもう一人のオーガストの数歩手前で勢いを殺すと、代わりに勢いを槍に乗せてオーガストの喉元へと再度槍を突き出していく。
その突きを、無造作に槍を垂らして構えていたオーガストは、その槍を勢いよく持ち上げて弾くが、弾かれた槍はすぐさま手元に戻され、瞬きするより早く再度突きが繰り出された。
それを振り下ろした槍で再度弾くと、もう一度槍を手元に引いたオーガストがもう一度突きを繰り出していく。それにオーガストはしっかりと反応して槍を使って弾いたり、身体を捻って避けたりして防いでいくが、次第に対処しきれなくなり、たまらず槍を弾いた瞬間に後ろに跳び退く。
「これは、まあまあか」
下がったオーガストへと、突きを繰り出していたオーガストは、槍を構えたまま地を蹴って追撃していく。
それで一瞬で距離が詰まるが、その瞬間を狙って、下がっていたオーガストは前に出ると、短く持った槍で合わせるようにして相手の頭部へと穂先を向ける。
「そんなもの!!」
躱す為に思わず先程と同じように速度を落としたオーガストに、その突き出された槍が伸びて襲ってきた。
「な!?」
虚を突かれたオーガストは、それに対処が間に合わずに顔面に槍が突き刺さると、そこで柄を強く握ったもう一人のオーガストが、更に深く突き立てた。
「まぁ、短く持っていた訳だし」
肩の辺りを蹴りながら相手の顔面に突き刺した槍を引き抜き、もう一人のオーガストは特に感慨もなく所感を述べる。
オーガストがやった事はとても簡単で、突き出したと同時に掴んでいた手を一瞬緩めただけであった。
「さて、それじゃあ次の訓練でも始めようかな」
倒れたオーガストが消えたのを確認すると、残ったオーガストは手元の槍を消し去り、次の瞬間には弓を手にしていた。
◆
翌朝。まだ暗いうちに駐屯地を出ると、誰も居ない場所でクリスタロスさんのところへ転移する。
「いらっしゃいませ。ジュライさん」
まだ地平が薄っすら白みだしたばかりの時間にも関わらず、クリスタロスさんは嫌な顔一つせずに、快く出迎えてくれた。まぁ、こんな時間に来るボクもどうかとは思うが、クリスタロスさんなら起きているだろうと思ったのだ。以前も起きていたし。
そんなクリスタロスさんと挨拶を交わすと、いつも通りにクリスタロスさんの部屋に場所を移す。
「クリスタロスさんが淹れてくださるお茶はいつも美味しいですね」
場所を移した後、淹れてもらったお茶を片手にクリスタロスさんの部屋で寛ぎながら会話をする。見回りをしたり討伐をしたりと変わらない日常ではあったが、環境は少し変わっているので、話す内容が同じにならないのは幸いだ。
それに、今回は色々と試したりもしたので、全部は話さないが、少し変わった話も出来る。
一通りそんな話をしたおかげで思ったよりも話が弾み、話終わったのは昼頃であった。時折クリスタロスさんの話も聞きはしたが、ボクの話ばかりで、もしかしたら退屈だったかもしれない。
「いつも面白いお話しをありがとうございます」
そう思ったが、クリスタロスさんはそう言って笑みを浮かべてくれる。それに少し照れて視線を逸らすと、視線の先に在る本棚の上に、少し前に贈ったばかりの置物が置かれているのが目に入る。
「飾って下さっているのですね」
「はい。大切な物ですので、いつでも目に出来る場所にと思いまして」
嬉しそうに微笑むクリスタロスさんに、先程とは違った意味で照れてしまう。
色々不満のある出来ではあったが、精一杯の作品なので、大切に扱ってもらえているのは純粋に嬉しいものだ。
それでも、自分の作品というものは、どうしてこうも恥ずかしいのだろうか? いつかもっと技量が上がったら、何か作ってまた贈ってみようかな。巧くなれば恥ずかしくなくなるかもしれないし。
「そうでしたか」
「ふふ。とても上手な作品です」
「まだまだ拙いです」
「そんなことは。アテからジュライさんへの贈り物はもう少しお待ちくださいね」
「お構いなく」
「ふふ」
楽しそうなクリスタロスさんに軽く頭を下げると、もうそろそろ昼も過ぎそうなので、訓練所を借りることにした。
ボクの要請に快く場所を貸してくれたクリスタロスさんにお礼を言うと、訓練所に移動する。
訓練所では空気の層を敷いて腰を下ろすと、シトリーに頼んで描いてもらった、模様が描かれている紙を数枚構築していく。
「とりあえず小規模で、共通する記号だけを幾つか抽出して描いていくか」
指に魔力を込めると、眼下の土の上に魔力を注ぎながら抽出した記号の一つを小さく書いていく。
「うーーむ。反応は微妙だな・・・大きさが違うからかな?」
記号も大きさで反応の強さが変わってくるが、もう少し大きく書いた方がいいのだろうか? しかし、何が起こるか分からないからな。
「うーん・・・どうしよう」
少し考え、単体であればそこまで警戒する必要もないかと思い、現在書いている記号を消してから、単独で記号の一つを紙に書かれている大きさで土に書いていく。
それで反応の強さを観察してみるが。
「あまり変わらない? これが実際の大きさではないからか?」
顎に手を置き、思案の体勢に入る。反応の強さ的には、適性の大きさではないのだろうが、それでも何かしらの意味はあると思うのだが。
「はて・・・?」
単独ではよく分からないので、紙の一枚に目を落とし、その記号が書かれている周囲の部分を少し付け足してみる。
「・・・ふむ」
ただそれだけで反応が急激に変わり、連鎖したことで反応が増幅されていく。
「・・・うーん・・・もしかして?」
少し考えて、思いついたことが正しいかどうか調べる為に、今書いている記号を消して、他の紙に書かれている同じ記号と別の記号の組み合わせを試しに書いてみる。書く大きさは全て同じだ。
「・・・・・・うーーーん・・・これは多分、記号や絵や文字を繋げる為の記号なんだろうな。だからこそ、先程連鎖反応が強くなったのだろうし。謂わば、反応の増幅器といったところか」
まだ仮説段階ではあるが、もしそうであれば、これは大きな発見になるだろう。反応を増幅できれば、模様の大きさも小さく出来るし、簡略化も可能かもしれない。これは中々に興味深いな。
なので、まずは仮説が正しいかどうかを調べる為に、同じ記号を繋ぎとして、記号だけではなく適当な絵や文字も両隣に並べていく。
「・・・ふむ。やはりそうか。単独では大した事はないが、何かと並べてみると途端に反応が強くなるな。では、この増幅の記号だけを並べてみるとどうなるのだろうか?」
反応を増幅させる記号は一つではない。しかし、まずは同じ記号を並べてみる。
すると、反応自体は連鎖的に強まりはしたが、他のモノと比べれば明らかに劣る。これはただ増幅の記号を並べただけでは意味がないということだろうか? 確認の為にも違う模様でも試してみるか。
そう思い、それから幾つか記号を確認して、全てがただの増幅記号であるのを確かめた後、先程同様に、同じ増幅記号のみを土の上に並べて書いていく。
「・・・やはり、増幅記号同士であれば反応は鈍いのか。それとも、他の種類の増幅記号を混ぜればいいのか?」
確かめた反応は、同じようにそこまで強くはないモノ。しかし、他の記号などと組み合わせると途端に反応が強くなることから、増幅記号であることは間違いないと思う。
それを確かめた後、今判っている別々の増幅記号同士を組み合わせるとどうなるのか試してみることにする。
「この三つを並べてみると・・・」
三種類の増幅記号を土の上に魔力を込めて書いていく。そうすると、同種だけを並べて書いた時よりも反応が強くなる。しかし、増幅記号以外のモノと組み合わせた時よりも、明らかに連鎖反応が弱い。
「ただ反応を増幅するだけで、意味らしい意味がないからなのかな? もしそうだとしたら、この反応は意味を持つものなのかな?」
いや、意味を持つというよりも、意味を強めているといった感じなのだろうか? それはつまり・・・どういうことだ? 何か思いつきそうな感じではあるが、これといった閃きはない。
まあとにかく、増幅記号だけではあまり意味がないということだけは分かった。まぁ、本当に増幅する為の記号なのであれば、増幅するモノが無ければ意味が無いのだろうけれど。
とりあえず、新たに共通している記号を幾つか抽出して試してみたが、全て増幅記号であった。増幅記号が多彩なのも気になったが、それであれば、他の共通部分もその可能性が高い。
反応を強化するためにも、この増幅記号を織り交ぜて模様を創っていく必要が在るのか。ならば、他の記号に絵や文字の適正な大きさと、適正な配置、適正な意味に加えて、この増幅記号も組み合わせることで、最も強い反応が起きるということ。
「それが最大でも、大きさまで適正にしては、付加品としては扱いにくいな」
絵は大きい方が反応が強い場合があるので、それだと小物類には付加し難い。なので、その時は規模を小さくしなければいけないのだろうが、その状態でも反応を強くしないといけない訳だから、増幅記号を多用しなければならないのだろうか? でも、増幅記号同士では反応が鈍いからな。
「・・・ふーむ。魔法の発現には相応の反応が必要だが、それだけの反応を出すには、か」
書いていた増幅記号を消して、今まで研究していた火の魔法を発現する配置で土の上に模様を描きながら、その間に増幅記号を加えていく。
「ほうほう。ちょっと付け足しただけで一気に反応が増したな。あとはここを描いて、全体で反応が連鎖するように模様を繋げて・・・と」
模様を描き終えると、反応が全体に行き渡り、魔法が発現した。のだが。
「・・・うーん・・・これは・・・ちょっと、一気に強力になりすぎなような?」
以前までは、仰々しい模様を描いてやっと小指の先ほどに小さな火しか発現できなかったというのに、今回はそれに幾ばくかの増幅記号を割り込ませた以外は同じモノだというのに、発現した火はちょっとした焚き火でもしているかのような大きさとなった。どう見ても描いた模様よりも大きな火だ。
「やはり反応の大きさが、発現する魔法の規模に影響しているのか」
分かっていたことではあるが、それをこうもまざまざと見せつけられると驚いてしまう。
「これを研究していけば、魔法の発現ももっと容易に行えるだろうが、付加の方も考えていかないとな」
この方法で付加出来たら、次はその付加した物に普通の魔法で更に付加出来るかも試してみたい。それが可能であれば、幅がぐっと広がる。あとは持続時間を調べたいが、局所的にでも時間を経過させられる魔法を知らないからな。
「しかし、それが可能であれば、模様での付加と組み込みの併用も試してみたいな。それも可能であれば、もしかしたら実質容量が増やせたことになるかもしれないし、そうなれば組み込み品にも光明が?」
蘇生魔法の魔法道具は行き詰っていたところなので、それが出来れば、もしかしたら完成できるかもしれないな。
その事に少し先が明るくなったところで、時間を確認する。
「おぉ! もうこんな時間か」
時刻は夕方どころか、既に夜中になっていた。まだ日付こそ変わっていないが、かなり長いこと集中していたようだ。
戻る前に、まずは未だに火が出ている模様を消さなければな。
これは模様を少しでも消すことで、連鎖に支障をきたして、全体に行き渡っている反応を鈍らせればいいので、風の刃を火に隠れている模様へと飛ばす。それで模様の一部が削れたことで、あっさり火が消滅した。
「あとは模様を完全に消して、片づけも済ませる。と」
この模様で熾した火は、それ自体は熱を持っているのに、何故だか模様の部分は熱くはならない。今回は模様を越えて発現したが、模様の周囲は素手では直ぐに触れないぐらいに熱いというのに、模様の部分は全く熱を持っていないのだから。
模様を消して、その後片付けを済ませる。空気の層も消してから、忘れ物や修復が必要な個所がないか確認して、訓練所を出る。結局彫刻までは出来なかったが、昨夜少し進めたからいいか。
訓練所を出た後はクリスタロスさんにお礼を言って、転移で元の場所に戻る。
周囲を確認した後、駐屯地の自室に戻っていく。その時には日付が変わっていたので、魔法で汚れを取り除いてから、さっさと就寝することにした。