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執事コンテストと亀裂⑤⑧




「もう嫌だよ、穴があったらそこへ入って隠れたいー・・・」

コンテストは無事に終了。 だが藍梨が演技の途中で突然台詞が吹っ飛び、結人たちペアの演技はお世辞にもいいものとは言えなく、失敗となって終わってしまった。
その結果、1位は身内からの投票で3年生のペアが優勝。 これはもう分かり切っていたことだ。 
優勝者に贈られた景品があったが、そんなことには興味がなかったため何が渡されたのかは聞いておらず結人には分からなかった。
「でも藍梨さん、衣装すげぇ似合っていたぜ?」
「そうそう、それに藍梨さん可愛かったし。 練習をサボったユイが悪いんだから、藍梨さんは気にする必要ないよ」
「え、俺のせいかよ!?」
結人たちは今、伊達も含めみんなと一緒に下校している。
彼らの会話を聞いていると、藍梨は緊張して台詞が飛んだのではなく結人の姿があまりにもカッコ良過ぎて惚れちゃってそれにドキッとしちゃって、台詞が飛んだのだと。
まぁ、今のは盛ったところもあるからそこはスルーしてくれても構わない。 

みんなは今日も、いつもの公園に集まりたくさんくだらない話をしてから解散となった。 そこで結人は、ふと伊達のことを見て思い出す。
―――・・・あ、そうだ。
―――伊達の両親に謝らねぇと。
この時思い出した、藍梨と伊達が不良に襲われた時に付けられた、傷を負った伊達のことを。 
「伊達。 今日は家まで送っていくよ」
「・・・嫌だと言ったら?」
伊達は本当に嫌そうな顔で、溜め息交じりでそう返してくる。
「嫌だと言われても、俺は付いていくよ」
それでもめげずに真剣な表情をしてそう言うと、彼は渋々OKしてくれた。 
今日から藍梨と同棲するのだが今から伊達を家に送るため、真宮に彼女のことを少しの間見てもらうことにした。
その許可を得て、結人と伊達は伊達の家へ向かって歩き出す。 伊達も結人が家まで送る理由を憶えていたそうだ。
「余計なことは言わなくていいからな」
彼は少し不機嫌そうな顔をしながら、冷静な口調でそう口にする。
「分かっているよ。 少し、話すだけだから」

そんなことを話しながら数分くらい歩いたところで、伊達は大きな家の前で立ち止まった。 
―――え、ここ? 
―――意外と距離が近かったな。 
―――いや、突っ込むのはそこじゃなくて・・・!
「ここが・・・伊達ん家?」
「そうだよ」
今結人の目の前には、想像していた以上にとても大きい家が建っていた。 伊達は北野と一緒で、お坊ちゃまなのだろうか。
家を見て唖然とし何も言葉が発せなくなっている結人に、彼は背を向けて歩き出す。
「ここで待っていて。 母さん呼んでくるから。 父さんはまだ、仕事で帰っていないと思う」
「分かったよ」

そして伊達が家に入り、待つこと二分。 彼が先程入っていったドアから、ゆっくりと一人の女性が現れた。 その女性はお母さんにしてはとても若く、とても綺麗な人だ。
「あらー、貴方が結人くん? 待っていたわよ」
「え? あぁ、はい。 色折結人って言います。 いつも直樹くんとは仲よくしてもらっています」
この時、結人は一つ違和感を憶えた。  “どうして伊達のお母さんが、俺の名前を知っているんだ?”と。
そんな疑問を抱いている結人に対し、伊達は自分のことを下の名でくん付けにされて呼ばれたことが気に入らないのか、何か言いたそうな表情をしていた。
だがそんな結人たちをよそに、伊達のお母さんは笑顔のまま淡々とした口調で言葉を紡いでいく。
「結人くんのこと、よく直樹から聞いているわよ! 友達がたくさんいて、カッコ良くていい人だって。 だから私、どんな人なのか一度は会ってみたかったの!
 まさか結人くんから会いに来てくれるなんて」
「は、はぁ・・・」
名だけでなく、結人の友達事情のこともよく知っている。 

―――これは一体どういうことなんだ?

見た目とは全然違い、話すことが好きなのかずっと結人について伊達のお母さんは語り続けた。
「本当に直樹が言ってた通り、カッコ良いわね。 こんな子と直樹が友達なんて、何か勿体ないわ。 いつかまた、遊びに来てね? あ、お泊りしてくれても構わないから! 
 結人くんならいつでも大歓迎よ」
「おい母さん。 変なことは言うなって、さっき言ったろ!」
「もう、うるさいわねー。 直樹はちょっと黙ってなさい」

―――はぁ・・・。 
―――仲がいい親子なこと。 
―――とりあえず、早く謝って済ませてしまおうか。

「ありがとうございます。 また、いつか。 あの、今日俺が来たのはちょっとお母さんに謝りたくて」
「謝る? 何を?」
そこで一度軽く深呼吸をし、落ち着いた口調で話していく。
「一週間くらい前、直樹くんが怪我をした時ありましたよね? それ、俺のせいなんです。 ・・・直樹くん、お母さんにも迷惑をかけてすいませんでした」
そう言いながら、結人は頭を軽く下げた。 だがお母さんは、思い出しながら首を傾げ出す。
「直樹が怪我ー? んー、そんなことあったかしらねー・・・。 でもまぁ、大丈夫よ。 直樹は丈夫だから」
「ッ・・・」
またもやあっさりとした返事がきて、結人は戸惑った。
「え、いやでも怪我を負わせたことは・・・」
「そんなことは気にしないで。 私は全然気にしていないから。 わざわざありがとうね」
「はぁ・・・」
こんなものでいいのだろうか。 もうこの話は、これで終わらせてしまって。 話に区切りがついたところで、伊達はお母さんの腕を引っ張りながら言葉を発する。
「ほら、もういいだろ母さん。 家の中に入っていてくれ」
「えー、もう? 仕方ないわねぇ。 結人くん、また遊びに来てね」
「あ、はい!」
お母さんは伊達に背中を押されて、そのまま家の中へと入っていった。

結人はお母さんの姿が見えなくなったのを確認し、伊達に向かって疑問に思っていたことを、両手を腰に当て笑いながらぶつけてみる。
「あれー? どーして伊達のお母さんが、俺のことを知っているわけよ?」
「あぁ? ・・・そんなこと、今は関係ねぇ」
伊達は恥ずかしいのか、視線をそらしながらそう言った。 だがそんな彼を、更に攻める立てる。
「話してもらおうか」
「・・・」
それでもなかなか話してはくれず、結人も負けじと粘ったところでやっと話してくれるようになった。

「・・・分かったよ。 ちょっとだけな。 俺が初めてユイを見たのは入学式の時。 
 ユイは髪色も他の生徒とは違って明るい色だったし、みんな制服の中ユイだけは制服の下にパーカー着ていたし。 色々と目立っていたんだよ。 
 だから俺も、自然と目がいっちゃってな。 ・・・んで、ユイを見ていてさ。 たくさんの仲間に囲まれて、一緒に笑い合って・・・すげぇ楽しそうだった。 
 ユイの第一印象は“チャラそうな奴だな”とか思っていたけど、ずっと見ているうちにその印象が変わったんだ。
 みんなと一緒にいる時、ユイがその中でも一番中心にいるなって思った。 ・・・だから、俺はユイに憧れていたんだ。 いい環境、いい立場にいるなって。
 母さんは『入学式どうだった?』って俺に聞いてきたから、ユイのことを少し話しただけ。 だけどそれ以降も『今日は彼どうだった?』ってしつこく聞いてくるからさ。
 『同じクラスじゃないからそんなに見ていない』って答えても、毎日聞いてくるんだよ。 ユイのことを。 もううんざりだ。 
 ・・・まぁ、藍梨の件でこんな風になるとは思っていなかったけどな」

「・・・そっか」
結人はこの時、少し嬉しかった。 何故ならば、結人も実際彼に憧れていたから。 どうしてだかは分からないが、何故だか伊達という存在に憧れていた。
「でも、伊達もいい奴じゃねぇか。 いつもクラスのみんなに囲まれているしさ。 俺よりも伊達の立場の方が、絶対にいいだろ」
「そうか? 俺とユイは立場が違うんだよ。 ・・・ユイの友達は、俺とは違って信頼関係が生まれているだろ」
「・・・」

―――信頼関係・・・か。 
―――俺たちも最初から、仲がよかったっていうわけでもないんだけどな。 

そんなことを思いながら、携帯を取り出し時刻を確認する。
「信頼関係なんて、無理矢理作るもんじゃないからな。 んじゃあ、悪い。 俺そろそろ行くわ」
「分かった。 今日から藍梨と同棲するんだろ?」
「あれ、俺言ったっけ?」
「真宮からそう連絡が来た」

伊達は結黄賊のみんなと連絡先を交換していた。 そして、彼には結人たちの呼び方も教えてあげた。 夜月と未来と悠斗、そしてコウと優は下の名で呼ぶ。 そして結人はあだ名。
下の名で呼ぶことには過去のことで一応理由はあるのだが、今はまだ言わないでおこう。 
最後は伊達に『伊達のお母さんは一緒にいて楽しい人だな』と言ったが、彼はそれに関しては何も言葉を返さなかった。
そして伊達と別れ、真宮と藍梨がいる場所まで足を進めた。





その後真宮と合流し、少し話した後彼とは別れ藍梨と一緒に家へ向かった。 もちろん藍梨の家だ。 今日から同棲開始となる。 
そのために彼女の荷物の大半を、結人の方へ移さなくてはならない。 結人と藍梨の家はそんなに遠くは離れていないため、二人で頑張れば何とか運べるだろう。 
だけど今はもう遅いため、今日は彼女が泊まる一日分の着替えや私物を持って結人の家に泊まることにした。 明日はもう一度藍梨の家へ行き、ある程度の荷物を運ぶ。 
結人たちは、そういう予定を立てた。


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