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33.暴かれる真実の一端

 エンジン音を響かせながら夜明け前のラインガ街道をブレーマンへと引き返した。
クララ様とフィーネには先に出立してもらい、吉岡を乗せたリヤカーを引いたままでバイクを走らせる。
リヤカーを持っていくのには理由があった。
もし伯爵が商品を見たがった場合を考えてのことだ。
商品は俺の空間収納にしまってあるのだが、それを先方には知らせたくない。
だから、あくまでも荷車に商品を積んできましたよという(てい)を装うためだ。

 ブレーマンには7時40分に到着した。
この世界の朝は早いけど、さすがに早すぎるか? 
人々は夜明けとともに活動を開始し日暮れには家に帰るのが一般的だ。
貴族もあまり夜更かしはしないと聞いた。
夜会などの場合は夜中まで遊ぶが、大抵は9時くらいには寝てしまうそうだ。
庶民はもっと早い。
街は既に活気にあふれていた。
「卵はいらないかい!? 生みたての卵だよ!」
「牛乳はこちらだよ! さあ、じゃんじゃん買っておくれ!」
近所の農家のおかみさんらしき人達が酪農製品を通りで売っている。
値段は卵が1個30マルケス、牛乳は1リットル180マルケスくらいだ。
日本と同じくらいか若干高いようだ。
どちらもこの世界では高級品の部類になる。
道は人でごった返していたがバイクのエンジン音を聞くと皆が避けてくれた。
あちらこちらで「ゴーレム」という単語が囁かれている。
「うるさくて臭いゴーレムだね!」
物売りのおばさんに怒られてしまった。
ごめんなさい。

 8時まで時間を潰してから伯爵の城につくと顔見知りの門衛さんがいた。
「おうあんちゃんか。王都へ旅立ったんじゃなかったのかい?」
「我が(あるじ)エッバベルク騎士爵クララ・アンスバッハより手紙と贈り物を預かって参りました。どうぞ伯爵にお渡しください」
「わざわざ戻ってきたのかい? ご苦労なこった」
おじさんはすぐに城の人に取り次いでくれた。
手紙の返事をもらうために門番小屋で待たせてもらっていると、伯爵の使用人が俺たちを呼びにやってくるではないか。
予想通り伯爵は俺たちに会いたいようだ。

 前回も来た伯爵の居室に通された。
「よく参った。アンスバッハ殿には結構なものを頂戴してユルゲンがいたく感激していたと伝えて欲しい」
チョコレートが効いているらしくブレーマン伯爵は上機嫌だ。
チョコレート効果って素晴らしい!
テーブルの上には既に封を切られた高級チョコレートが乗っていた。
これは贈答用にと考えていた4粒入りのやつだ。
既に1粒減っている。
「前回のチョコレートも美味かったが今回のこれは別格であるな」
「はっ、流石はブレーマン伯爵。鋭い舌をお持ちでいらっしゃいます」
しっかりヨイショしておこう。
「して、アンスバッハ殿はティーセットを王都で販売したいとのことじゃの」
「はい。しかし我が主は中央に知己は少なく、ぜひ伯爵のお力をお借りしたい所存でございます。本来、主自(あるじみずか)らが参って伯爵にご挨拶しなければならないところですが、王都での軍務もございますので、ご無礼の段は平にご容赦くださいませ」
「そのように畏まらんでもよい。あー……それでな……今回はそのティーセットの現物は持ってきておらんのか?」
きた! 
絶対くいついてくると思ったんだ。
「できれば伯爵にもご覧いただくようにと、主から申しつかっております」
「そうか! 儂も紹介状を書くにあたってどんなものかは知っておきたかったからの。すぐに見せてくれ」
 吉岡のところに戻り使用人たちにも手伝ってもらって商品を居室に運び込んだ。
城の人たちには十分注意して慎重に運ぶようにお願いしたのは言うまでもない。
部屋に戻ってくると伯爵の家族たちも集まっていた。
ちょっとしたイベントみたいになっているようだ。
俺と吉岡は仰々しく白い手袋をはめて開封にかかった。
こういうのは演出が大切なのだ。
 最初のティーポットが現れた時、伯爵をはじめその家族が全員椅子から立ち上がった。
「あなた! 見て下さいなあなた、なんと美しい……透き通るような質感をした……」
伯爵夫人がさっそく買いましょうビームを目から発射している。
「落ち着きなさいジモーネ。先ずは全ての品を見せてもらおうじゃないか」
少しもったいぶりながら()らすように包みを開けていく。
「素晴らしく深みのある青だ。金の装飾とのコントラストが素晴らしい。どうやってこんな色を出すというのだ」
「あの絵付けをご覧になりましたかお母さま? 庭園の花を一堂に集めた様な色鮮やかさですわ!」
伯爵家の人々はティーセットがテーブルに置かれる度に、口々にそれを誉めそやした。
「あー、そなたの名前はなんといったかの?」
「コウタ・ヒノハルでございます」
「うむ、そういえばコウタと呼ばれておったな。してコウタ、それらの品はいくらで販売するつもりであろうか」
「販売価格はそれぞれ変わってきますが、こちらの白地に藍色(あいいろ)の模様の6客セットは全部で……303万マルケスでございます」
言った! 
言っちゃったよ俺!! 
仕入れ値25万2720円の品に303万マルケスの値段をつけちゃったよ!
「ウーム、303万マルケスか……、そうであろうなぁ」
みんなウンウン頷いている。
高くはあるが納得できない値段ではないということか。
ちなみに値段の内訳は、
カップ16200円×6客
プレート(皿)9720円×6枚
ティーポット43200円
クリーマー(ミルク入れ)16200円
シュガーボウル37800円
合計25万2720円
およそ12掛けの値段で勝負だ。
 ティーセットを見せた後はクリスタルガラスも披露した。
伯爵とご子息はブランデーグラスが気になっているようだ。
仕入れ値は1つ29000円、売値は35万マルケスの品だ。
例のごとく鞄から出すふりをして空間収納からブランデーを取り出した。
「こういったグラスは使ってみなければ真価はわからないものです。いかがでしょう、お試しになってみませんか?」
ブランデーボトルを見せると、ごくりと伯爵が喉をならした。
「コウタが持ってきてくれたワインは実に美味かった。そのブランデーも貴重なものなのだろう?」
「はい。特別製なので差し上げることはできませんが、今回は一杯ずつお試しください」
これは販売促進グッズだから全部はだめだよ。
少しずつグラスに注いであげた。
「不思議な形のグラスだな。官能的ですらある」
そう言う若様は買う気満々と見た。
「手の平でグラスの底を包むようにお召し上がりください。アルコールが揮発して香りが広がります」
一口飲んだ二人の顔はさも満足げで、お互いをみて笑い合っている。
「父上、私はこのグラスを買いますぞ」
「ま、待て、これは二つとも私が購入する」
「あなた、こちらのピンクにゴールドをあしらったティーセットもお忘れなく」
あれはこの中で1番高い400万マルケスの品だ。
「のう、コウタよ。商品全てを引き取るわけにはいかんかの?」
「申し訳ございません伯爵。どれでもお好きな品を販売いたしますが、すべてというのはご勘弁ください。これらの品は非常に貴重でございます。王都の方々にも見ていただかないと今後の商売ができなくなってしまいます」
それを聞いて伯爵は残念そうな顔をした。
おそらく買い占めて転売する気だったのだろう。
中間マージンでいくらかせしめる気だったのかな? 
ということはまだまだ値上げできる余地があるということか! 
「一つ教えてくれないかのう。これらの品はエッバベルクで作られておるのか?」
やっぱりその質問が来たか。
これを聞かれることは予想していた。
適当な答えを言ってもいいが、安易な嘘はすぐにばれてしまうだろう。
エッバベルクで作っていると答えてもモノの流れを調べればそんな嘘はすぐに見破られてしまう。
しかも相手は北部貴族の代表格だ。
つまらない嘘でクララ様の立場が悪くなることは避けなければならない。
だから俺たちは予め真実の一端を話すと決めていた。
もちろん嘘を織り交ぜて。
「伯爵、実は我々は時空神の使いの末端に連なる者です」
「なっ!」
ブランデーグラスを落としそうになる伯爵をしり目に、俺と吉岡の嘘つきショーが始まった。

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