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執事コンテストと亀裂⑤④




―――どうして手が震えているんだよ。 
―――耐えろ、耐えるんだ俺・・・! 
―――今しか言う時がないんだろ! 
―――返事が怖いだなんて、今更弱音を吐いている場合ではないんだ!

結人は一度深い深呼吸をし、先刻からずっとドキドキとしてうるさい鼓動を何とか落ち着かせる。

「・・・結人?」

「ッ・・・」

突然、藍梨が名を呼んだ。 そんな彼女の声に少しドキッとしてしまう。 

―――・・・やっぱり、俺は藍梨のことが好きなんだな。 
―――言うぞ、藍梨。 
―――俺の気持ち・・・ちゃんと、受け取ってな。

「俺、藍梨のことが好きだ」
「え?」
「藍梨が傷付いていることは分かっていたのに、今まで何もできなくて悪い!」
「え、いや・・・。 結人」
「今まで苦しい思いをさせちまって、本当にごめんな。 藍梨にたくさんの負担もかけちまった。 我慢も・・・してくれたよな。 
 全部、藍梨のことをすぐに気付けなかった俺が悪い」
彼女は黙って聞いてくれている。 ここからが、本当の勝負だ。

「でもやっぱり、俺は藍梨のことが好きだ。 忘れられないんだ。 だから・・・俺から、離れていくなよ。 今度はもう、藍梨のことを二度と手放さないから。
 俺とまた、やり直してほしい。 ・・・俺、藍梨以外の女を好きにはなれないから」

そこまで言い終えると、藍梨は目の前で静かに涙を流した。 これは一体、どういう気持ちで流した涙なのだろうか。
本当はここで今すぐにでも藍梨のことを抱きしめてあげたかったが、彼女の気持ちがまだ分からないためその願望は無理にでも抑えた。
そして藍梨は――――そっと口を開き、こう言葉を発する。

「・・・私も、結人のことが好き。 でも・・・駄目なの。 付き合っちゃ、駄目なの」

「どうして?」

「結人のことが好きな人は、たくさんいるから。 だから、付き合うと駄目なの」

「・・・?」

結人には藍梨が言っている意味がよく分からなかった。 “結人のことが好きな人はたくさんいる” それが何だと言うのだ。

―――もしかして、ソイツらが俺と一緒にいる藍梨をいじめたりするとでも思っているのか? 
―――だから・・・怖いのか。
―――俺と付き合うことが。

「・・・よく分かんねぇけど、俺は藍梨がいいんだ。 俺のことが好きな奴は他にもたくさんいる。 だから何だよ?
 俺は藍梨しか見てねぇし、これからも藍梨からは目をそらさない。 俺のことが好きな奴なんて、今はどうでもいい。 ・・・俺が、藍梨を守ってやるから」
「でも・・・」
「駄目か? ・・・俺の、最後の女になってくれよ」
結人は真剣な表情で藍梨のことを見据える。 あとは、彼女からの返事を待つのみだった。

―――今頃、廊下には伊達と梨咲も来ていることだろうな。 

OKされようが振られようが、どちらにしろ二人には結果を聞かれることになる。
二人をここへ呼んだ深い理由は特にないのだが、ただ自分の本当の気持ちと自分のけじめを二人に伝え、ちゃんと見せたかっただけだ。 本当に――――それだけだった。
これは伊達にとっては嫌がらせ? そうかもしれない。 でも――――これで、いいのだ。 すると藍梨は、静かに笑ってこう口にする。

「藍梨も、結人のことが好き。 ・・・これからも、よろしくお願いします」

「ッ・・・!」

―――マジか!? 
―――また、俺たちは付き合うことができたのか!?

「あ、えっとー・・・。 俺たち、今から付き合うんだよな?」
そう聞くと、彼女は先程よりも笑顔になって頷いてくれた。 だけど、凄く涙を流していた。
「ありがとな、藍梨」

これで結人たちは、また付き合うことになった。 今回結人と藍梨の間に亀裂が入ったのは、二人の気持ちのすれ違いが原因だったのかもしれない。 
今でも藍梨は結人を好きでいてくれた。 藍梨は結人のことを思って、あの時は振ったのだ。 なのに勝手に彼女が振ったとか考えてしまった自分が、馬鹿だった。 
だが過去のことは今となってはどうでもいい。 結人は今からの時間を大切にする。 
過去のことを引きずっていてもいいことはないため、また新しい真っ白なページからやり直していくのだ。

「おめでとー、二人共」
「ッ・・・! 高橋さん? 直くん?」
梨咲はそう言いながら、ニコニコ笑ってそう口にした。 そして教室に、伊達と梨咲が入ってくる。
「おめでとう藍梨。 よかったな」
伊達はそう言いながら、藍梨に優しく笑いかけた。 

―――・・・伊達。
―――伊達は本当に、これでよかったんだよな? 
―――この結果、本当に心から望んでくれていたのかな。

そして梨咲は、結人たちの方へ向き明るい声を出しながらこう言ってきた。 彼女の表情からは苦しさが伝わってくるが、結人はあえて何も言わない。
「あーあ、こんなに堂々とカッコ良い告白を見せ付けられると、流石に私でもキツいなぁ。 なんなら、二人でコンテストにも出ちゃう? はは」
「いやぁ・・・。 それは」

―――そんなことをしたら、今まで梨咲と練習してきた意味がなくなっちまうじゃんか。

「ねぇ、伊達くんもそう思わない? 結人は七瀬さんのことが好きで二人は付き合っていると知っておきながら、別々でコンテストに出るなんて何か心が痛むでしょ」
その梨咲の問いに、伊達は答える。
「まぁ・・・。 折角藍梨と仲よくなれたけど、仕方ないよな。 藍梨も、俺より色折と一緒に出たいだろ?」
「え? そんなことないよ」
「なッ、おい藍梨! 今よりを戻したばかりなのに早々浮気かよ」
「え、違うよ!? そんなことは・・・」
藍梨の発言に対し少しからかうように言っただけなのだが、彼女は冗談だと受け取らず真に受けてしまう。
「ちょっと結人? 七瀬さんを困らせないの」
「悪い悪い。 じゃあ梨咲と伊達で一緒に出んのか?」
「私が伊達くんと? 出るわけないじゃない! こんな女たらしとなんて出たくもない」
「は? 誰が女たらしだよ」
「だって中学の頃、たくさんの女子と付き合っていたじゃない」
「それは女たらしって言わねぇ!」

―――へぇ・・・結構伊達はモテるんだな。 
―――まぁ、容姿や性格からしてモテるとは思っていたけど。

結人は『折角だからこのまま梨咲とコンテストに出たい』と言ったが、結局二人は断る一方だった。 『気まずくて練習にもならないから』と。 
だから急遽、結人は藍梨とペアを組むことになった。 二人には感謝している。 この一週間色々な葛藤が自分の中で起きていたが、今日で全てが終わったのだ。
そして、今日からまた始まる。 藍梨との幸せな日々が、再び。 彼女を大切にする。 結人はそう誓ったのだ。 自分は強くなる。 

―――もう藍梨を泣かせたりはしないよ。 
―――今日から俺は、変わるんだ。


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