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まずはお友達からお願いします

 突然繰り広げられたラブロマンス(しかも相手は屋敷の主人と夫人)に、使用人達は微笑み、ガイナスはこれまでの悩みが解消されうんうん頷き、王子ズは唖然。
 そして、私とリオネル兄さまはお互いの手を繋ぎ満面の笑みを浮かべる。

(良かったぁ。ほんっとに良かったね母!)

 片手が塞がれてる為、惜しみない拍手はできなかったから、脳内で代わりに拍手を送る。
 勿論こじれていた二人が思い通じたのもあるけど、兄の闇を払う事によってバッドエンドフラグをへし折れた喜びもある。
 物語には出すつもりはなかったけど、そもそも心中した原因というのが、お互いの気持ちを出さないままこじれにこじれ、夜の蝶として夜会の海を渡る妻を独占できないジレンマから病んだお父さまが母を刺殺。そして愛する人を殺してしまった為発狂したお父さまが同じナイフで自分の喉を突き自殺。というのが、物語のルートだったりする。
 うん。兄が病むのも仕方ないよね!

 なにはともあれ、今回あの二人が思い通じたから、翌年に起こるであろう心中事件は回避できたと見ていいだろう。ま、時が過ぎるまでは様子見するけどね。

「良かったですわね、お兄さま」
「ああ。ほんとに良かった」

 お互い笑みを深め、喜びを分かち合っていると、

「おい、リオネル。モチというのはまだ食べれないのか?」
「ねーねー、リオネル。僕ら朝取ってないから、結構空腹なんだよねぇ」

 と、王子ズが私達に近寄りながら空気を読めない事を訊いてくる。
 朝食食べてないって。勝手に来たのに、なんて我が儘な……。

「お兄さま、そちらの二人にお食事させてはいかがですか? 多分、あちらに出来たのがあると思いますので……」
「あ、うん。分かった。アデイラも一緒に行く?」
「いいえ。一度厨房の様子を見に行こうかなと思います」

 はぁ、と溜息つきたいのを我慢し、兄に案内を任せることにした。
 ぶっちゃけ、私がこいつらを案内したら、確実に暴力事件を起こすに違いない。
 あーあ、折角バッドフラグへし折れたのに、ここで水を差されるとは思わなかった。

 私は兄達を見送り、厨房に行こうと踵を返そうとしたんだけど、んんー?

「アデイラ、待ってくれないか!」

 兄と共に居た筈のクリストフ王子が、何故かこちらに走ってくるではないか!
 なんで、なんでよ!? 私何もしてないよね!?
 あ、もしかして、さっきの説教の件で叱られるとか!? おおう! 自らフラグ作ってどうすんのよ!
 雄叫びあげながら頭を掻きむしりたい衝動を必死に抑え、私は「なんでしょうか?」と淑女らしい微笑を湛え答える。ああ、このまま「なんでもない」って言って戻ってくれないかなぁ。

「……」
「……」

 ……おい、呼び止めておいて何も言わないんかい! そっちが何も話さないから、こっちも何も言えないじゃん。仕方ないなぁ。こちらから話を振るか。

「あの。何かお話でもあるのでしょうか?」

 優しい私が切り出してあげれば、王子は「あー」とか「まあ」とか中々本題に入ってくれない。

「もし、特に用件がないようでしたら、私急いでますので……」
「あっ、待ってくれ!」

 失礼します、と逃げの体勢に入ったものの、何故私は将来私を捨てようとするであろう王子に、がっしりと手を握られているんでしょうね?

「クリストフ王子。何か言いたいことがあるのなら、はっきり言ってくれませんか? 言葉にしなければ、貴方の気持ちも分かりませんわ」

 はっきり告げてみれば、王子は掴んでいた手の力をそっと解いてくれた。

「じゃあ……はっきり聞くが。君は俺の婚約者で、間違いないんだよな」
「まあ、そうですね」

 不本意だがな、とは言いませんよ。これでも精神年齢はアラサーですからね。

「どうして、これまで一度も俺に会いに来なかったんだ?」
「……へ?」

 一度も? 今、一度もって言いました!? 私の記憶が戻る前のアデイラって、クリストフ王子に会ってないの? どうして!?
 だって、私が考えたアデイラは、高慢で、我が儘を絵に描いたような女の子で、独占欲も過度だった筈。そんな子が最高地位にいる王族で、現時点でも美形と呼称してもいい王子と顔を合わせた事がないって?

「アデイラ、答えてくれないか」
「あー、えーと、それは……」

 知らないよ! だって、その頃のアデイラの気持ちなんて分からないもん!

「えっと、その前に、どうしてクリストフ王子は、私がこれまで会わなかった事を気にされているんですか?」
「え?」
「だって婚約しても、社交界デビューするまで会わない人たちなんてザラではありません? だから、どうしてそこまで気にされてるのかが疑問で……」

 実際はどうかは知らないけどね。でも、政略結婚なんて感情はあんまり関係ないから、初対面が結婚式でした、とかもありえるって、ガイナスが話してたのを思い出して、質問を質問で返す形にしたんだ。

「それは……」
「それは?」

 おや。こっちの質問に答えようとしてくれるらしい。意外とクリストフ王子って律儀なのかな。
 私のお話に出てきたクリストフ王子は、まっすぐな性格で、黒だと思ったらそれが友人であろうが断罪できる人だった。そこにヒロインが惹かれるって内容にするつもりだったんだよね。ああ、最後まで書きたかったなぁ……。

「正直、君と婚約しても、デビュタントまで顔を合わせるつもりもなかった。国の為の婚約って分かってたし、会わなくてもリオネルから話を聞けば済むとも思ってた。でも、この間君が作ったというちまきを食べに来た時、君はあからさまに俺から逃げる態度を取っていただろう?」
「……いえ、そんなことは……」

 うん。逃げてはいないよ。ただ、空気になってただけです。無視もしてないし、ちゃんと挨拶もしたじゃないか。

「現に今もそうだ。君は逃げ腰になってるじゃないか」

 うう……否定できない。こんな理路整然と問い詰めるタイプだったのか?

(仕方ないな……)

 私はにっこり微笑みを浮かべると、淑女の礼をもって口を開く。

「もし誤解をさせてしまったのでしたら、大変申し訳ありませんわ。私はクリストフ王子の婚約者として自信がありませんの。もしかしたら、それが態度に出てしまったのでしたら、お詫びいたしますわ」
「……誤解?」
「はい。誤解ですわ」

 にーっこり笑みを深く刻み言葉を畳む。頼むからこれ以上追求してくれるな。「実は貴方は将来、私との婚約を破棄して、可愛いヒロインとくっついた後、私を罪人として断罪するのです」なんて言える訳ないじゃないか! 頼むから、暴言が口をついて出る前に退散してくれませんかね?

「本当に、俺との婚約が嫌で避けてる訳ではない……と?」
「嫌もなにも、私の独断で反対なんてできません。それはクリストフ王子もご存知でいらっしゃるのでは?」
「それは……まあ」
「でしたら、まだ本格的な婚約まで時間がございます。今しばらくそっと見守ってはいただけないでしょうか?」

 これで妥協してくれないかな。正直、あんまり執拗過ぎると、自分でもなにをするか分からないからね。
 一応、前の自分の好みで容姿とか決めてるから、グイグイ迫られると困るっていうか……。

「そうですね……。でしたら、婚約云々は別に置いて、まずはお友達として接してはくれませんか?」

 そうして無意識に出たお友達宣言。……って、何言っちゃってんの私! 距離置こうとしてるのに、自ら首絞めるような事言ってるんだ私!!

「友達か……」

 クリストフ王子は拳を唇に充て思案した後、

「そうだな、お互い何も知らない部分が多い。将来を共にする為に、交流をはからろう、アデイラ!」
「……そう、ですわね……」

 後光が射すような輝かしい笑みを浮かべ告げるその言葉に、私はハハハと乾いた笑いで返すしかできなかったのである。

 どうしてこうなった私!

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