ちまきと実食と高貴な人の強襲について
結局、洋風ベースのちまきを作る事になったんだけど、いかんせん西欧感たっぷりなこの世界では、ちまきを巻く用の孟宗竹の皮なんてないから、急遽ガイナスに頼んだのは、蝋紙《ろうし》。蝋引き紙とかパラフィン紙とか紙とか言われてるアレね。
渡された時は、蝋紙って蒸気に晒しても大丈夫かなー、なんて思ったりもしたんだけど、よくよく考えてみれば中華まんの下に敷いてるのも蝋紙だったと思い出し、さっそくありがたく使わせていただく事にしたのです。
一応蒸気がまんべんなく通るように、紙の真ん中に混ぜた材料を均等に置いて、ふんわりと包んだ後は、両端をキャンディみたいにキュッと捻った。
「わぁ、かわいいですね!」
「そうでしょう? でも、本来の包み方とは違うんだけどね」
「でも、こちらの方が見栄えも良くて素敵ですわ」
私を挟んで手元を覗き込んでくるミゼアとレイにそう言葉を返す。
本当は、乾燥させた竹の皮でクルクルと三角錐のように包んで、それがほどけないように藁《わら》やタコ糸で結ぶのが一般的だ。
更にちまきにも二種類あって、今作ってるようなもち米を蒸したものと、端午の節句に食べられる具もなく味付けもしていないもち米を笹の葉で包んだものを蒸したもの。
馴染みがあるのは、日本的なちまきだったんだよね。
よく入院してるとさ、こういった季節の折にちなんだ食事やおやつが出てりしたのよ。
普段は色んな材料を栄養バランス良くトレイに並んだお皿の中のご飯が、味気もなくて灰色にしか見えなくて、いっつも残してたりしてたんだけど、特別食が出た時だけは、とても色鮮やかで美味しそうに見えて、その時だけは完食してたんだ。
それでも流石に誕生日ケーキは出てこなかったんだけどね。
「アデイラ様、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
ほんの少しだけ昔の事を思い出したせいか、ちょっと感傷的な顔になってたらしい。ミゼアの綺麗な眉がキュッと寄せられて心配げな声音で問いかけてきたのを、私はなんて応えたらいいのか分からずに否定しかできなかった。
(だって、ミゼアたちにあたっても、昔に戻れる訳でもないし、正直ベッドに縛られる生活よりも、今の方が何倍も楽しいもの)
「さ、みんなは包み終わったかしら?」
今も不安げに顔を曇らせるミゼアの追求を避けるため、私は一際元気な声をあげて周囲に告げた。
(ごめんね。ミゼアたちを信用してない訳じゃないんだよ。私が二人に嫌われるのが怖いだけ)
兄さまに自分の前世の話をしたのは、身内といったのも大きな理由なんだけど、自分が創った設定を遡っても、リオネルなら突拍子もない告白でも冷静に分析してくれると思ったから。正直、出たとこ勝負な部分もあったけど。
私は目の前で苦労しながらちまきを包んでいる兄に視線を向けると、口だけを淡く動かして「ありがとう」と呟いた。多分、届く事はないと思うけどね。
しばらくすると、同じような形にも拘らず色んな個性が明確になってる白い包みが作業台に並ぶ。
ガイナスの前には折り目正しいというべきか、絵に描いたようなキャンディ型の包みが置かれている。捻った両端が左右対称なのって、本当に目分量でやったのかと問いたいくらい。
ミゼアやリナは女性らしく小ぶりな包みが置かれているのに対し、レイは真ん中部分がやたらと膨らんでる気がするのだけど……。蒸しあがった時に破裂してやしないのか不安でしょうがない。
リオネル兄さまは……うん、ぶきっちょ設定なんてなかったはずなんだけど……。しわしわな蝋紙はキャンディの形ではなく、折りたたんだ感満載な四角いものが鎮座していた。
他は私のやってたのを理解したのか、そこまでツッコミ要素のない、ふつうなキャンディ包みがあったので、これは喜ぶべきか悲しむべきか……。
ま、なにはともあれ、みんなの作品を蒸し器に投入するとしましょう!
丁度タイミングよく、蒸し器のお湯が沸騰したと教えてくれたので、それぞれがくっつかないように並べていく。一度ではみんなの分は無理そうだから、私とおにいさま、あとはガイナスとメイドたちのを先にやる事に。
最初は私が並べようと思ったのだけど、お嬢様がやけどするかもと周りが大騒ぎになったため、料理長が代わりを申し出てくれたのを渋々ながら了承するしかなかった。
あーあ、こんな時は子供でお嬢様という立ち位置は不便で困る。
蒸すことしばし、私たちは邪魔になるからと場所をサロンに移動して、お茶を飲みつつ待つことに。
みんなの話題はあのもち米の事や、完成した味の予想で盛り上がってる。
まあね、お米は食べることはあったけど、普段目にするお米とは形状自体違ってるもんね。
ガルニエ王国民が口にする米は、私の前世で例えるとタイ米に形が近い気がする。少し長細くて、もっちり感がほとんどない。だからスープと一緒に煮てもでんぷん質が余り溶ける事もなく、サラッとした食感が特徴。
だから、こっちではパスタや豆の代わりとしても使用してるみたい。
ちょっと勿体無いなって思うんだ。お米の溶けた時にできるあのでんぷん質の溶けたなんとも言えないトロミとか、結構好きなんだよね。
でも、病院のお粥のような嘔吐物的なドロっとしたのはいただけないけど。
私の言うトロミを代表するなら、韓国食のサムゲタンね。
長年私を担当してくれてた看護師さんが、内緒で差し入れてくれたものだったんだけど、ホロリと崩れるほど煮込まれた鶏肉の中に、木の実や漢方などの複雑な味が染み込んだお米が心も胃も満足させてくれる。
それから、溶け出したお米のでんぷんが煮込まれて、白濁した優しいスープがほんのりとトロッとしてて、体がポカポカあったかくなったんだよね。
……そういや、あの看護師さんの名前や姿が思い出せないんだけど……どんな人だったのかなぁ……。
うわついた空気が漂う中、他ごとを馳せていると、ふとサロンのドアからノックする音が聞こえてくる。
近くに侍ていたガイナスが対応に出たようで、内容までは分からないけどドアの向こうの人と数回言葉を交わし終えると、
「リオネル様、アデイラ様、少々この場を離れさせていただきますが、先に完成したちまきを食べないでくださいね。絶対ですからね」
何か緊急事態でも起こったのだろうか、やたらと焦った声で早口に言い終えた途端、呼びに来たらしい侍従と共にどこかへと行ってしまったのだ。
というか、主家族を待たせる執事ってどうなんだろうか。
思わずリオネルにいさまと顔を合わせたけど、彼はチベットスナギツネみたいな顔をしていた。多分、私も同じような顔になってるんだろうな。
流石にメイドたちは、普段からあの傍若無人な執事長の下で働いてるからか、みんな特に表情に変化はないけど、内心では呆れてるかもしれない。
とはいえ、先に出来立てちまきを食べた日には、何日もネチネチ嫌味言いそうだから、そこは本気で諦めてる。
(……もしかして、ドゥーガン家で権力あるのって、ガイナスなんじゃ……)
こんな事なら、小説執筆時にガイナスのキャラをちゃんと固定するべきだったと、後悔しても今更だけどね。
そうこうしている内に、そろそろ蒸しあがる時間だからとレイが厨房に受け取りに出向いてる間、お茶を飲んでさっきからキュウキュウちまきを欲してる胃を誤魔化していると、
「アデイラお嬢様、お待たせしました。ちまきが完成しましたよ」
ワゴンの車輪が回る音と共に、ふんわりとなんとも言えない匂いが訪れる。
仄かにコンソメとベーコンのいい香りが漂い、誰かがコクリと唾を飲んだのが聞こえたけど、私だって同じ気持ちだから咎める気はない。
「ありがとう、レイ。ガイナスが戻ってきたらさっそく試食してみましょう」
「……アデイラ」
「はい?」
どこかに対応に出たガイナスよりも先に食べたら、後が怖いのでそう告げたけど、本当は今すぐにでもできたてを食べたい……!
はよガイナス帰ってきなさいよ!!
内心荒ぶる神になりそうな私を、斜め前に座っていた兄の呼ぶ声に返事をすると。
「僕たち結構頑張った気がするんだ」
「ええ、そうですわね」
「貴族の僕たちが慣れないナイフを使って材料を切ったよね」
「ええ、そうですわ」
「その後も四苦八苦しながら材料を包んだし……」
「……」
「だから……」
ええ。ええ。分かりますよ、おにいさま。私だってできたてのちまきを今すぐにでも食べたいのです。
包みの中からぶわりと湯気が濃縮された複雑な香りと一緒にたちのぼり、中から現れるのはツヤツヤのもち米と蒸されてぎゅっと味の詰まった色鮮やかな材料たち。
想像するだけでも唾液が口の中にじわっと溢れてくるのが分かる。
「食べましょう、おにいさま! ガイナスの嫌味くらいなんだって言うんです! あのできたてのちまきの魅力に比べれば、我慢のひとつやふたつどうってことありませんわ!」
「あ……ああ」
右手をこぶしに握って高く突き上げ、私は高らかに宣言すると、兄は唐突に大声でのたまう私に驚いたのか、赤べこみたいにコクコクと首肯するだけだった。
なにはともあれ実食しましょう!
周りにも同罪だと言わないばかりに告げて、兄と私のメイドたちはそそくさと準備をしだした。
金色の縁に囲まれた皿の上に鎮座するは、西洋とはかけ離れた中華なちまき。
まあ、見た目キャンディ型だし、香ってくる匂いは西洋なんだけどね。
見てるだけでもホカホカと熱が伝わってきそうに熱いちまきの乗ったお皿に指を近づけ、そうっと重なってる部分を摘んで左右に開く。
「……はわぁ……っ」
途端に視界が白く靄に包まれると同時に、ベーコンの燻製した香ばしい匂いや、野菜の甘い匂いに、コンソメの芳醇な匂いが顔全体を覆う。
そっと視線を開いた合間に移してみれば、コンソメと絡めたもち米がうっすら黄金色に染まり、人参や彩りで散らしたインゲン豆の鮮やかなこと。そして、その中で威風堂々な姿で鎮座しているのは、ほっこり艶を放つ黄色の栗!
そのどれもが早く食べてと言ってるようで、私は辛抱たまらず銀のフォークを握り締めると、まずはメインである栗へと突き刺そうとしたんだけど……。
「おい、リオネル! 俺が手配したもち米を調理したって本当か!? なら、俺にも食べさせろ!」
バァァン! とサロンの扉が乱暴に開かれ、私もおにいさまもそちらに顔を向けると、ちっこい癖にやたらと威厳だけたっぷりの少年がそこに立っていたのだ。
「クリス……」
呆然と兄が告げた言葉に、私はフォークを持ったままピシリと硬直する。
なぜなら、彼がそう呼ぶ人物はたった一人しかいない。
このガルニエ王国において世間では王太子として珍重され、私たちの従兄弟でもあり、そして……私の婚約者でもある――クリストフ・ヴェラ・ガルニエがニヤリと笑っていたのだった。