千のスキルを持つ男　異世界で召喚獣はじめました！

　狭間の小部屋へやってきたが背中の重みは失われていない。
ちゃんと吉岡も転移できたようだ。
「吉岡、生きてるか？」
「は、はい。ここが先輩の言ってた狭間の小部屋ですか？」
「そうだよ。先ずは背中から降りてくれ」
「あ、すいません」
狭間の小部屋には本来何もないはずなのだが、今は俺の寝袋セットやお菓子、雑誌などが転がっている。
「なんか独房というか、独身寮みたいなところですね。もっと神秘的な感じかと思ったのに台無しです」
「悪かったな。理由は前に話しただろう。ここで時間調整しなきゃいけない時があるんだよ」
「はあ」
「ちょっと待っててくれな。向こうの世界に行く前にスキルをゲットするから」
いつものようにカードをひこうとしたら突然に声をかけられた。
「日野春さん」
久しぶりのイケメンさんじゃないか。
「あ、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
「本日はどういったご用件で？」
イケメンさんは吉岡に向かってスッと手を指し示す。
イケメンは手も美しい。
「こちらのかた……吉岡秋人(よしおかあきと)さんについてです。日野春さん、困ったことをして下さいましたね」
やべえ、生き物を連れてくるのはNGだったか？
「まずかったですか？」
「はい。まさか人間をおんぶしてくるとは……。しかも世界の壁を越えると自動的に神からのギフトが授けられます。吉岡さんにもギフトは与えられてしまいました」
俺は吉岡を振り返る。
「なんか、『賢者の卵』って能力が……」
「それは全ての系統の基礎魔法が使える能力です。修行次第では魔導を極める大賢者になることも可能なスキルです」
うわお！　
すごいじゃないか！　
……扱いに差がありすぎないか？
「日野春さん、今回だけは特別に許してあげますが、こういうことは二度となさらないでくださいね」
相手は超越者だ。
逆らってはいけない。
「それから今後のことですが、お二人は召喚獣としてセットで登録されてしまいました。ですから日野春さんが召喚されれば吉岡さんがどこで何をしていようとも召喚されます。また日野春さんが送還されれば吉岡さんも自動的に送還されることとなるのです。変更はききません」
思わず吉岡の方を振り返ると、無言で頷いてくれた。
じたばたせずに受け入れるようだ。
「それから、召喚される度に新たなスキルを手に入れられるのは日野春さんだけですからね」
それは仕方がないか。
だけど、このままだと向こうの世界に行ってから吉岡が苦労してしまうな。
「あの、厚かましいことは承知でお願いします！　言語スキルとは言いません。せめて現地の言葉だけでも吉岡が分かるようにして頂けないでしょうか！？」
勇気六倍を使ってイケメンさんにお願いしてみた。
「（……困っている犬のような顔をしますね日野春さんは。私は犬という生物が好きなので断りづらいです）」
「お願いします！」
「……仕方がありませんね。私の権限でザクセンス王国の言葉だけはつかえるようにしてあげましょう」
「ありがとうございます！」
俺と吉岡は深々とイケメンさんに頭を下げた。

　イケメンさんが去った部屋で俺たちは脱力していた。
「先輩、誰なんですかさっきのイケメンは？　オーラが半端ないっすよ」
「人間じゃないことは確かだよな。あれは絶対に逆らっちゃダメな人だ」
とにかく無事にすんでよかった。
気を取り直してスキルゲットタイムといきますか。
今回は何が出るかな。

スキル名　ヤモリの手
魔力により1um（マイクロメートル）以下の極細繊毛を作り出す。
この毛が密着することによって壁などの垂直移動が可能になる。
天井にも貼り付けるぞ！

Oh　ニンジャァ！
これはいいじゃないか！　
これさえあればロッククライミングも簡単になってしまうな！　
来週は瑞牆山(みずがきやま)にでも登っちゃおうかな。
「へー、カッコいいっすね」
スキルカードを覗き込みながら吉岡が言う。
その手にはファイヤーボールが3つお手玉のように跳ねていた。
……悔しくなんてないぞ。
俺だっていつか「賢者の卵」を引き当ててやる。
いや、いきなり「大賢者」のカードを引き当てる可能性だってあるのだ。

「心の準備が出来たら青い扉のドアノブを触るぞ」
「いつでもいいですよ」
もう、おんぶはしなくてもいいだろう。
吉岡は俺と一緒に召喚されるはずだ。

青い扉をくぐると、そこはクララ様の書斎だ。
「よく戻ってくれたコウ……タ？　そちらの御仁はどなたかな？」
予想外の吉岡の登場にクララ様が戸惑っているな。
「ただいま戻りましたクララ様。こちらは私の友人で吉岡秋人(よしおかあきと)と申します。えーと……」
そう言えば、吉岡がこっちの世界でどうするかは決めていなかった。
だがクララ様は喜色満面の笑みをたたえて手を叩く。
「おお！　さすがはコウタだ。従者の数が足りないことを察して仲間の召喚獣を連れてきてくれたのだな。感謝するぞ！」
それは勘違いというものだ。
慌てて否定しようとしたが、その前に吉岡が口を開いた。
「初めましてクララ・アンスバッハ様。私は日野春公太の義弟、吉岡秋人と申します。以後お見知りおきを」
義弟？
「そうか、そうか。ではヨシオカ殿もコウタ同様に私に仕えてくれるのかの？」
「はい。ですからただいまこの時より私のことはアキトとお呼びください」
吉岡がノリノリだ。
いいのか？　
日給600円だぞ。
「あい分かった。よろしく頼むぞアキト」
「ははっ！」
召喚獣としては二人セットだからこれでいいのかな？
「ところで、アキトはどのような能力をもっておるのだ？」
「私はあらゆる系統の基礎魔法が使えるだけです」
それを聞いてクララ様が突然立ち上がった。
「な……。アキト……よいのか？」
「何がでしょう？」
「この国では攻撃魔法が使えれば騎士に、回復魔法が使えれば高位の神官になることが出来る。戦で戦功をあげれば男爵や伯爵になることさえ可能だ。それだけの可能性をそなたは秘めているのだぞ」
言われてみればそうだよな。
だけど俺たちは召喚獣だ。
送還されたり、ある一定の期間が過ぎると自動的に元の世界へ戻されてしまう存在だ。
この世界の貴族になんてなれるのか？
でもこっちの世界で貴族生活か……。
ちょっと魅力的でもある。
……だけど絵美は移住が嫌だって言ってたよな。
あいつは都会が好きだからなぁ。
「クララ様。私たちは召喚獣なのでこちらの貴族になれるかはわかりません。それに私は先輩コウタと同時に召喚される定めにあります。とりあえずはクララ様にお仕えするということでいかがでしょうか」
「ふむ。そういうことならよろしく頼む」
こうしてアキトはとりあえず俺と一緒にクララ様に仕えることになった。
　話が一段落したので空間収納からお土産を取り出した。
頼まれていたチョコレートだ。
流石に板チョコはどうかと思われたので一口サイズがたくさん入った箱入りのチョコレートにした。
300円しなかったけど一つずつ金色の紙に包まれているので豪華に見えるかもしれない。
「はいクララ様。頼まれていたチョコレートですよ」
「おお……」
手渡すと、クララ様は茫然と箱を眺めていた。
ビニール包装の開け方が分からないかな？
「これは、この赤いテープの端をつまんで引っ張って開けるのですよ」
俺は気が付かなかったが、封を開けた時に薄っすらっとチョコレートの香りが広がったらしい。
クララ様が大きく鼻で息を吸っている。
「さっそく召し上がってみますか？」
茫然としているクララ様の頬が僅かに上気した。
「せ、せっかくの土産だ。い、いただくとしよう」
チョコレートにはコーヒーが合うよな。
せっかくだから用意するか。
「ただいまコーヒーを用意いたしますのでしばらくお待ちください」
空間収納からガスコンロと水を出した。
「吉岡、お湯を沸かしといてくれ。俺は厨房からカップをとってくる」
エゴンさんとユッタさんへのお土産であるあったか下着を掴んで厨房へと向かった。

「ただいまぁ！」
「おやコウタ、帰ってきたんだね。お腹は空いてないかい？」
相変わらずのユッタさんが出迎えてくれた。
「大丈夫。はいこれお土産。あったかい肌着だから着てみてね。それよりクララ様のカップを取りに来たんだよ」
カップを持ち帰ると、クララ様が未だに茫然とチョコレートを見つめていた。
「先輩、お湯が沸きましたよ」
コーヒーを淹れてクララ様に差し上げた。
「さあ、ご一緒に召しあがって見て下さい」
ん？
クララ様の指先が震えてる？　
それでも緊張した面持ちのままゆっくりとチョコレートを口に入れた。
この人の所作って本当にきれいだ。
食べる姿が美しい人ってあんまりいないもんね。
思わず見とれてしまった。
「んっ」
え？　
小さいけど、なんか色っぽい声がクララ様の口からこぼれたぞ。
どうした？
「コウタ……本当にこれが100マルケスで買えるのか？」
「あ、これはちょっと高めのやつなので300マルケスくらいします」
「さ、300マルケス……。貴族への贈答用にも使えるレベルだぞ！　それがたった300マルケス……」
ほうほう。
だったらチョコレートだけで大儲けできるかもな。
とりあえず今回の買い物にかかった22万円は回収できそうだ。
武器・防具類がやたらと高かったのだ。
もっとも流通と人口の乏しいエッバベルク村では商売は無理か。
王都ドレイスデンか、ある程度発展している都市までいかないとだめそうだ。
いずれにせよ夢は広がるな。
今後の異世界ライフに期待大だ。