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VS前世の記憶

 ネロは物心つく前から、同じような夢を見続けていた。
 大抵、他の夢は目覚めたら記憶から溶けるものだが、その夢は何度も繰り返し見ている内に覚えてしまった。

 真夜中にも関わらず、煌々(こうこう)と明りが灯った店内。市場のような乱雑(らんざつ)さなど無い――白を基調として清潔感に(あふ)れ、物の見事に並べられている商品。火術(ひじゅつ)も使わず、お湯を沸かす食器に、何もかもを温められる箱。見たこともない精巧な通貨。演奏者など居ないはずだが、どこからか流れている音楽。着心地の良い服に耳慣れない言葉。

 それら全ては、現実離れした異世界だった。

 ネロの父は覇気(はき)も無く言った――『夢は記憶の整理』だと。
 のんびり屋の母も口を揃えて言う――『面白い夢でも見たのね』と。

 夢が記憶の整理だとするならば、あの光景は誰の記憶なのだろう。妄想の産物にしては、あまりにも現実味を帯びている。

(……違う。そうじゃないだろ)

 幼さが消えた頃、いつしかネロは思うようになった。

(あれは、夢なんかじゃない。この世界とは別の、俺の姿だ)

 異世界でのネロは、ローンソと呼ばれる店の従業員――アルバイトという役職に就いていた。ほとんど朝と昼間は寝て暮らし、深夜に働いている時間でさえも、隙を見計らっては(まぶた)を閉じる。期限切れの商品を持ち帰り、それを食べては()え続け、まどろみに包まれた、そんな毎日の繰り返し。

 声も背丈も、髪の色さえ違う彼だったが、ネロは強烈な既視感と共感を伴っていた。

 卵が先か、それとも鶏が先か――夢と言う名の思い出は、やがてネロの中で知識として蓄えられていく。日夜、寝ながらにして学ぶ。
 たとえ異世界の情報だろうと知能は育まれ、ネロは同年代の子供より見識を備えていった。

 二人の人間、二つの人格。それは勝つでも負けるでもなく。自我が混ざり合うのに、不快な感じはしない。むしろ安らぎを与えてくれる。何よりも幸せで心地の良い夢だった。

 向こうの世界と、こちらの世界。大きな差異はあれど、決定的に違うものが一つある。
 それは、治安だ。
 片や誰に何を言われるでもなく、日がな一日、穏やかに寝ていられる世界。
 そしてもう一方は、魔王が最高位に居座り、統治している世界。

 ネロが生まれる前から決着は付いているにも関わらず、十数年経った今でも混迷を極めている。
 先代魔王が亡くなってからは、特に。

 出来るだけ長く夢を見ていたいと、次第にネロは彼と同じく睡眠を求めるようになった。両親は心配していたが、それも才能の一端だとして口を挟まない。

 そんな悠々自適さも含めて、ネロは才能の塊であった。魔法としては歴史が浅く、利便性も知名度も低い『睡魔法』を会得するのに、そう時間は掛からなかった。

 あまりの秀才ぶりに見かねた父が、他の魔法を教えようともしたのだが……天は二物を与えてはくれない。眠たそうなネロの無関心もさることながら、全くと言って良いほどに適正は皆無。日常生活で使う基本的な魔術でさえ、ネロは覚えられなかった。その代わりに、魔法としては欠陥とレッテルの貼られた『睡魔法』を研鑽していく日々。

 もちろん……昼寝や、あくびをしながら。

 そうして季節が巡り、時はグランダー暦1270年。かの大戦から二十年。
 ネロは成人となり、生まれ育った故郷を後にした。

 目的は、自ずと知れている。

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