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5.銀色の髪の女騎士はお好きですか?

 夕食後にゾットが村の中を案内してくれた。
とはいってもエッバベルク村は小さいので特に見るものはない。
集落の真ん中にある少し大きめの建物が教会で、丘の上に立つ家が領主の館だそうな。
あとはどこも似た感じの建物ばかりだ。
人口は136人。
34軒の家が建っているそうだ。
「それでもここには小さいながらラガス迷宮が近所にあるからさ、行商人とかもやってくるんだぜ」
ゾットが偉そうに説明してくれる。
裏を返せば行商人もやってこないような隔絶(かくぜつ)された土地もあるわけだ。
「ラガス迷宮か。リアが魔石取りをしているところだね」
「うん。ラガス迷宮は地下1階しかないから弱っちいモンスターばっかりなんだって。だから俺も15歳になったら姉ちゃんを手伝って迷宮に入るんだ」
あの巨大蜘蛛は弱っちいモンスターなわけだ……。
たぶん弟を心配させないようにリアが嘘をついているんだろう。
「なあ、おっちゃん」
「おっちゃんじゃない。コウタだ」
「んじゃコウタ。コウタがリア姉と結婚してくれるのか?」
何を言ってるんだろうねこのお子様は。
リアは可愛いけど16歳じゃ完全に守備範囲外だ。
それに俺は……。
「悪いけど俺はもう結婚していて愛する奥さんがいるんだぜ」
最近つれないけどな。
「そっかぁ……なあんだ……」
それまで笑顔だったゾットの元気がなくなってしまった。
「どうした? 俺に父ちゃんになって欲しかったか?」
「そんなんじゃねえよ。ただ……コウタが家族になればうまいものがたくさん食べられると思っただけだよ。コウタは羽振りいいじゃん。さっきのリンゴや手で()けるオレンジもおいしかったし」
「オレンジじゃなくてミカンな」
「どっちでもいいよ……」
なんとなくだけど、この子は大人からの愛情に飢えてるんだろうなという気がした。
「なっ、なにすんだよ!」
俺は強引にゾットを担ぎ上げて肩車した。
その体はびっくりするほど軽くて、それが悲しかった。
「また美味いものを持ってきてやるからな」
「本当か?」
肩の上にいるのでゾットの顔は見えなかったけど声に明るさが戻っていた。
「ああ約束する。だからあんまり髪を引っ張るな。禿げたらどうしてくれる」
「え? ハゲはもてるだろう?」
マジか!? 
この世界ではそうなのか? 
俺のじいちゃんは父方も母方も禿げてるから結構心配なんだよね。
将来的にはこの地に移住も視野に入れといた方がいいかも……。
って、違う! 
俺には愛する絵美がいるのだ。
他の女にもてる必要はないのだ。

 その後、また魔力に余裕ができたら俺を召喚するようにリアに頼んで元の世界に送還してもらった。
「種まき」のスキルはばっちり俺のものになったぞ! 
別段喜びはなかったが……。


 赤い扉を開いて元の世界に帰ると、高速で走る自動車の中だった。
やっぱり緊張するよこれ。
道が混んでいなくてよかった。
この世界では全く時間は経過していないのだが、俺の主観では3時間以上が経っている。
少し疲れてしまった。
次のサービスエリアでコーヒーでも飲むことにしよう。
自動販売機でカップのコーヒーを買って何気なくスマートフォンを見ると絵美からのメッセージが返信されていた。

――夜は真由と食べに行く約束をしてしまいました。遅くなると思うので先に寝といて下さい。

真由さんは絵美の学生時代からの親友だ。
俺も本当はもっと遅く帰る予定だったから、絵美は絵美で予定を入れてしまったんだろう。
あんなことがなければ山の頂上まで行って、帰宅は8時頃になっていたかもしれなかったんだから。
リアたちとシチューを食べたからお腹もいっぱいだもんな……。
どうせ一緒にご飯は食べられなかったはずさ……。
なんか上手くいかないな最近……。
シートを少し倒して目を閉じた。


 エッバベルクの領主クララ・アンスバッハ騎士爵は沈痛な面持ちで家令の老エゴンの報告を聞いていた。
「どこの家も従者に出せる者はいないそうです。やはり長引く戦乱で若者の数が激減しているのが原因でございます」
「そうか……」
短くつぶやいたクララの顔がさらに曇る。
それでもなおクララの美しさは少しも損なわれていない。
少々きつめの眼付きをしているが生来は優しい気性の女で、絹のような滑らかな白い肌と、美しい銀色の髪をしている。
彼女には時間がなかった。
クララは今年、戦死した父の跡を継いで騎士爵となった。
幸い家督相続は滞りなく行えたが、騎士爵には4年に一度王都で軍務に参加しなくてはならないという決まりがあった。
軍務はクララにとって(いと)うようなものではない。
騎士の一人娘として武芸の手ほどきは亡き父から厳しく受けている。
また、この世界では女が戦や狩りに参加するのは決しておかしなことではなかった。
問題は随行するべき従者がいないことだった。
騎士爵は部下として最低でも3名の従者を随行させるのが常識だ。
しかし、エッバベルクでは長い戦争の間に多くの人間を兵士として送り出し、そのほとんどは帰らぬ人となっている。
先代領主である亡父が大勢の若者を兵士として戦場に連れて行った結果だ。
今、このエッバベルクに余剰人員は一人もいなかった。
父の代で叙任され、この地を与えられたアンスバッハ家には頼るべき親戚も近所にはいない。
「やはり王都で人を雇うしかないか」
これ以上村人に犠牲を強いることはできなかった。
アンスバッハのような弱小貴族に余裕はないが、金で兵士を雇うしかないだろう。
手痛い出費だがどうにかなるレベルの問題でもある。
他所の貴族だって事情は似たり寄ったりなのだ。
だが兵士はともかく身の回りの世話をさせる従者は信用の置ける者に頼みたかった。
せめて素性のはっきりした村人ならばとクララは考えていたが無理だったようだ。
「この爺があと10年若ければ……」
(せん)無いことを言うな」
エゴンが旅をするには歳をとりすぎている。
長年アンスバッハ家によく使えてくれたエゴンに鞭打つようなことをクララはしたくない。
「あの少女はどうだった? たしか迷宮に入ってモンスターから魔石を取っている少女がいただろう?」
「リアでございますか?」
「そうそう。あの娘なら賢いし、腕も確かだ。充分従者が務まると思ったのだがな」
すがるようなクララの質問だったがエゴン老人は力なく首を振った。
「あの娘の父親は戦で、母親は流行り病で亡くなっております。下に小さな弟と妹がおりますれば無理を言うわけにもいかず……」
「そうか……」
クララは深いため息をついた。
それもこれも見栄っ張りの父が大勢の兵士を連れて行った報いなのだ。
思わず亡き父に悪態をつきそうになるが何とか(こら)えた。
自分は今やアンスバッハ家の当主だ。
エゴンに取り乱した姿を見せるわけにはいかなかった。
「ところでそのリアなんですが……」
「どうした?」
「もし、どうしても困っているなら従者に心当たりがあると言っておりました」
「なんだと!」
沈んでいたクララの顔に生気がともった。
「それはこの村の人間か?」
「いえ。よくわからないのですがリアは召喚獣だと言っておりました」
「召喚獣? 私が欲しているのは従者となる人間だぞ」
「はあ。なんでもその召喚獣は人間だとリアは言うのです」
「召喚獣が人間? そんなことがあり得るのか?」
「それはこの爺にもわかりません」
リアに直接聞く方が早いだろう、そう判断したクララはさっそく使いを出すのだった。


 社員食堂の日替わりBランチはチキン南蛮定食だった。
これ大好物なんだよね。
今日はなにかいいことが起こりそうな気がする。
相変わらずの絵美との仲も進展するかもしれない。
一緒に来た後輩の吉岡はAランチのサバの味噌煮定食を食べている。
若いのに渋いチョイスをする奴だ。
吉岡はいわゆるオタクと呼ばれる種類の人間で、いろんなことに詳しくて一緒にいて楽しい。
昼休みはほぼ毎回一緒に過ごす仲だ。
さっさと食事を済ませた吉岡はスマートフォンで何かを一生懸命読んでいた。
「やべえ、面白すぎる……」
ニタニタ笑いながら満足そうにつぶやいているぞ。
「ゲーム?」
「ネット小説ですよ。この作者は毎日更新するから楽しみにしてるんです」
「へえ」
ネット小説というのは読んだことがない。
「今読んでるのは女騎士が主人公のファンタジーなんですけどね。どうですか女騎士?」
「あれだろ? モンスターとかに襲われて「くっ、殺せ」とか言っちゃう奴だよね。どちらかというと性格のきつめな騎士より、優しい回復職とかの方が好みかな」
「先輩も癒し系が好みなんだ」
「胸が大きければなお良し」
「癒し系ならぬイヤラシ系かぁ……凡庸ですね。ツンデレとかクールビューティーとかには……」
 急に吉岡の声が遠くなった気がしたと思ったら、例の狭間の小部屋にいた。
召喚獣として呼び出しがかかったようだ。
でも前回リアに召喚されたのは3日前だぞ。
リアは魔力の回復に10日はかかると言っていたよな。
今回はリアではなく違う人間に呼び出されたのかもしれないな。
それはともかく現地へ飛ぶ前にスキルゲットタイムだ。
この前は「種まき」だったから今回はいいスキルが出てほしい。

魔法 麻痺(パラライズ)(初級)
パラライズボールをぶつけて敵を昏倒させる魔法。
殺傷能力はないが威力の調整が可能。

 これはなかなかいいんじゃないか。
とりあえず身を守る手段ができたのは嬉しいことだ。
モンスター相手だけではなく、出張で治安の悪い国へ行くときでも心強い。
あとは召喚者の望みをかなえてスキルを完全に自分のものにするだけだ。
と、喜び勇んでドアに手をかけようとして思い出す。
今回は現地通貨を少し持っていくことにしよう。
何かに使うことだってあるだろう。
ここにはイケメンさんが置いた換金機もあるのだ。
最初は3千円を換金しようとしたのだがよく考えて1万円を換金した。
どうせ手数料などはかからないのだ。
1万円札を機械に入れると小さな銀貨が10枚出てきた。
現地通貨の単位はマルケスで1マルケス=1円と非常にわかりやすい。
銀貨は1枚1000マルケスだ。
空間収納から服を出す。
スーツはしわにならないように着替えて準備は整った。
俺は大きく深呼吸をしてから青い扉に触れた。

「我、時空神との盟約によりこの地に召喚されり。召喚者よ、我に何を望む……」
広い居間のような部屋に重々しい俺の声が響いた。
我ながらいい雰囲気を出している。
お約束のセリフをかますと目の前の女性は緊張したように喉を鳴らした。
「我が名はクララ・アンスバッハ。エッバベルク騎士爵アンスバッハ家の当主である。我は望む。召喚獣よ、我が従者として王都へ同道し我が軍務を助けてほしい」
もしかしてそれは長期任務ですか? 
この人……面倒くさい召喚者かも。

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