3.ショーダウンだ 俺のカードを見せてくれ
山頂まで登らずに降りてきてしまったので、予定の時刻よりだいぶ早く登山口についてしまった。
しかも重い装備は空間収納でしまい、最低限のものしか身に着けずに下山したから、ものすごく早く歩けた。
まだ昼前だ。
しかしこの空間収納というスキルは実に素晴らしい。
空間の広さは縦が32センチ、横幅が37センチ、奥行きは63センチある。
今日俺が持ってきた75リットルのザックなら問題なく詰め込むことができた。
とりあえず山の装備をこの中に入れておけばいつ異世界へ召喚されても安心だ。
テントも寝袋もあるし、ナイフやピッケルなど武器になりそうなものもある。
ガスコンロや携帯食料、携帯浄水器なんかも入っている。
突然に野宿することになっても十分対応できるはずだ。
「あとは水だよな」
今回は冬山に登るので300mlの水と500mlのお湯を魔法瓶に入れてきただけだ。
必要になったらそこいらにある雪を溶かして水を作る予定だったからだ。
そのお湯もリアと食事をしたときにだいぶ使ってしまって残りは僅かだ。
これからは常に2リットルのペットボトルを数本用意しておいた方がいいだろう。
食事を終えたらさっさと高速道路で帰ろうと思ったが、先に買い物をしてから帰ることにしよう。
生来の小心者だから準備はしっかりしておくタイプなのだ。
最寄りのスーパーマーケットでいろいろと買い込む。
基本的には水と食料だ。
お菓子やジュース、つまみやお酒も買った。
お湯はガスコンロで沸かして魔法瓶に詰めなおした。
空間収納の中は時間の流れが非常にゆっくりだと例のイケメンが言っていた。
だからお湯が冷めることはまずないだろう。
すぐにお湯が使える状況にしておけばいろいろと便利に違いない。
しかも肉や野菜などの生鮮類もそのまま放り込んでおけるから非常に楽だ。
売り場を回っていると、土地柄なのか隅の方に農作業の道具なんかも売っていた。
都会では見かけないラインナップだよね。
炭などの燃料系も売っている。
鎌や
鉈はナイフよりずっと重くて、持っているだけで安心できそうな気がしたのだ。
ギリギリだったが何とか買ってきたものと装備一式を空間収納に収めることができた。
これで一安心だ。
安心したらお腹が空いてきたな。
せっかく長野まで来たのだ。
美味しいお蕎麦でも食べてから帰ることにするか。
我々が住んでいる世界とは別の世界の、とある国のとある神殿での出来事。
豪奢な執務室で、巨大な机の前に棒のように痩せた老人が腰かけ、書類に目を通していた。
一見
老人は神殿の最高位にある法王だった。
ノックと共に若い秘書官が入室してきた。
「
法王はしわだらけの眉根を寄せる。
「新たな召喚者? どこの国が召喚したというのだ、何の報告も受けていないぞ」
「それが人の手による召喚ではなく、時空神による召喚のようです」
法王は手に持っていた書類を置いた。
きちんと聞いた方がいい案件と判断したのだ。
「時空神が人を召喚したというのか? 召喚獣ではなく?」
これまで時空神は召喚獣を制定することはあっても、異世界から人を召喚することはなかった。
「それが、どうやら神の手違いによって召喚獣と間違えて召喚されてしまったようなのです。ですからこの者は各国が行っている勇者召喚とは全く別物の召喚者であり、むしろ召喚獣に分類される人間ということになります」
老人は目をつぶり考える。
「その者は今どこに?」
「ラガスの迷宮におりましたが、すでに元いた世界に帰ったようです」
「召喚者が元々いた世界に帰れたというのか!?」
「はい。そこが勇者召喚で召喚された者と召喚獣として召喚された者の違いなのでしょう」
「ふーむ……それで、その者のギフトはどういったものだ?」
召喚者は彼の地よりこの地へと勇者召喚される際に、必ずギフトと呼ばれる神々の恩寵を一つだけ与えられる。
それはすべての魔法を自在に操れる能力であったり、岩をも砕く力であったり、
各国が莫大な費用をかけながらも勇者召還を続ける所以だ。
だが秘書官の口から出たスキル名は法王の虚を突くようなものだった。
「勇気6倍です」
「はあ? 勇気6倍? なんだそれは」
気が抜けたようになる老人に秘書官もいささか皮肉気な笑顔で答える。
「当人の勇気が6倍増しになるだけのギフトでございます」
「……そのようなギフトもあるのだな。神々の考えることは本当に分からん。勇気100倍くらいあれば役にも立ちそうだが……」
法王の言う通りではあるが、この物語の主人公は勇気100倍ではなく勇気6倍の力を手に入れた。
たしかに
力とさえ呼べないかもしれない。
だが法王も、彼の秘書官もまだ気が付いていない。
その男は世界の壁を越えるたびに次々と新たなギフトを手にすることを。
「いかがいたしましょう」
「その者は他に特別な力を持っておるのか?」
「いえ、いたって普通の人間だそうです。魔法一つ扱えないとか……」
「ならば取り乱す必要もあるまい。新たな召喚獣リストに名を連ねて会報を回せばよい。……それにしても勇気6倍とは……くくくっ」
法王猊下にあらせられては勇気6倍がツボにはいったらしく、執務室にはしばらく愉快な笑い声が響いていた。
大盛りの天ざる蕎麦を食べて満足した俺は、家へと車を走らせていた。
夕方には家に着く。
夕食は久しぶりに絵美と一緒に食べることになるだろう。
少し不安ではあるが楽しみでもある。
どこかに食べに行くのもいいけど、一緒に作るというのも手だな。
うまくコミュニケーションが取れるだろうか。
高速道路に乗る前に連絡を入れておくか。
……。
電話に出られないようだ。
いつものようにメッセージを送る。
―四時くらいに家に着くけど夕飯どうする?
しばらく待ったが返信は返ってこなかった。
休日出勤なのでまだ仕事中かな?
悶々とした気持ちで車を発進させた。
中央高速自動車道の諏訪南インターチェンジから高速に乗ってしばらく走った時だった。
気が付けば例の小部屋にいた。
運転中も召喚されちゃうの?
召喚される時はいいけど帰るときは気を付けなければ。
帰るときは召喚された時と同じ時間に戻るからドアノブに手をかけた瞬間に運転になってしまう。
心の準備をしてから戻らないと。
それはそれとして、さっそくお楽しみのスキルタイムだ。
子供のころカードデルで遊んだ時以上に心が弾む。
指にぐっと力を入れて機械の横についたハンドルを回した。
どんなスキルが出てくるんだろう……。
スキル名 種まき(中級)
大麦、小麦、大豆など,あらゆる植物の種まきが上手になる。
スキル補正により発芽率60%アップ。
……思えば子どものころからくじ運が悪かった。
友達全員がレアカードを引き当てた時も俺だけ普通のカードだったこともある。
今更これくらい……ちっとも悲しくなんてないんだからねっ!
スキル内容を確認するとカードはまばゆく発光してから消えてしまった。
それにしても「種まき」か……。
そんなに落ち込むこともないか。
老後は田舎に移住して畑を耕すことだってあるかもしれない。
きっとこのスキルが役立つ時が来るはずさ!
そんなありそうもない未来を思い描いて無理やり自分を納得させた。
それにこのスキルが本当に自分のものになるのは召喚者との契約を果たした時だ。
契約が成立するかどうかはまだわからない。
召喚した人物が悪人だったりしたら、契約はせずに帰ってくるつもりだ。
ちなみに契約をしない時は召喚者に契約はしないとはっきりと伝えなければならない。
そうしないとしばらくこちらには返ってこられなくなってしまうそうだ。
「我、時空神との盟約によりこの地に召喚されり。召喚者よ、我に何を望む」
あらかじめ決められたセリフをもう一度練習しておく。
これは召喚時になるべく言うようにイケメンさんに言われている。
契約の際に対価を求めることは構わないそうだ。
ただ働きをしなくて済むのはありがたい。
よしセリフもばっちり覚えたし、さっそく俺を召喚した人に会ってみることにしよう。
俺は異世界へとつながる扉に手をかけるのだった。