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コウテイ④

配達が終わったのは陽も傾いた夕方だった。
路地を右へ左へ行きながら、事務所へとたどりついた僕はあの老人からお代を受け取り、宿屋へと戻っていた。

手持ちもあまりない身なので、風呂も食事もない簡易宿に泊まることにする。受付で硬貨を1枚払い、部屋へと向かう。
こじんまりとした室内に、6割は残っている窓と白さを失った壁、鍵をかけても意味のない扉、存在をアピールするかのように雄たけびを上げる床、隙間から顔を覗かせる黒くすばしっこい虫、その他諸々が介在している。
お部屋ではなく、汚部屋……、いやこれを部屋とは呼びたくない。

本能どころか、馬鹿でも危険を感じるような部屋からそっと出て、僕は静かに宿を抜け出す。硬貨1枚が無駄になったが、命と比べれば造作もない。
手綱を握りながら、適当にテントを張れる場所を見繕い、今日も今日とて寝袋に収まる。身を委ね、日の出を待つ。

そうして、仕事をしては寝袋に収まることを繰り返し、路銀がそこそこ貯まってきた。
この旅を始めた時よりも資金が多くなった。多い分には構わない。今日はルロ肉と消耗品を揃えることにしよう。
いつもより少しだけ遅い目覚めで始まった一日を、僕は支度にあてるのだった。

□■□■□■□

「揃えるべきは……」

「あっ!この前の配達の人!」

メインストリートを考え事をしながら歩いていると、聞いたことのある女の声が耳に入った。だが、これは気のせいかもしれない。そう思い、僕は立ち止まらず、また思考し、歩みを進める。
しかしこれはすぐに終焉を迎えた。前に進めない。
なぜなら僕を呼び止めたあの「異世界勇者の物語をリアルに語った」女の子が僕の前に両手を精一杯ひろげ、前進を阻害したからだ。

「消耗品ならウチで揃えたらええ!ついでにウチの話も聞いてってや」

「……はい」

「なにその手?」

「聞いてやる。だから硬貨を出せ」

「はへっ?……いやいやいや、硬貨なんてとんでもない!ウチはチップなんて要らんよ」

「5枚で許可する。出来ないなら帰る」

ポカンとしているその女の子に隙を与えないよう、返答にすぐ反論する。

「ウチが払うんっ!?いくらお兄さんでも、それはないべぇ……。とまぁ、揃えてき!」

のらりくらりと妄想少女の戯言を交わしながら、僕は消耗品を揃えていった。
テント補修用兼掛け毛布用の厚手の布、メモに使う紙。
消耗品ではないが、新たな木製の食器も買った。

旅を始め、日に日に少なくなっていた荷物は、当初より増えそうで、馬の負担も少し増えてしままうかもしれない。今後はなるべく休憩を増やそう、そう心に決めた。

その後も何軒か回り、徐々に買い足していく。ヨナに着いたときに没収された食料も一から買い直し、もちろんルロ肉は低価格高品質で大量に仕入れた。
ルロ肉の駆け引きになった瞬間、人間が変わるのは僕だけでなく、誰にでも起こることだから仕方ない。去り際の商人の引き攣った笑みは、どこへ行っても変わらない。

準備を始め、早3日。
合間に軽い仕事をしながら、次の目的地や行程を練っていた。
ここまで気ままにやってはいたが、趣向を変えて計画的にやってみようと思ったのだ。いつも同じではつまらない。偶然を楽しんできた分、今度は計画に基づいた必然を楽しむのも、また善きかな。
実際は突発的に思いついたものだから、理由なんて後付けだ。

荷物の増えた馬を引きながら、僕は昼間から酒場へと向かっていた。急坂を登り、中心地から離れる。
方向としてはロヴェル方面への関門に近い。ここからロヴェルに戻る気はさらさら無いが。

□■□■□■□

茶水とつまみを頼み、それを口へと運びながら、テーブルには地図を広げる。
この地図も準備の時に買ったものだ。ヨナから隣町までしか描かれていないが、十分だろう。
隣町はロヴェルとレウア。商業の街と旅人の街。

ロヴェルは指折りの大きさの街だが、レウアは対して小さい。それも旅人の休憩地として作られたような街だから、定住するような人はほとんどいない。管理者もいない。
ある意味、無法地帯だが、平穏と規律が粗末にされることはない。旅人は仲間で会って、敵なのだ。お互いがお互いを監視しあっている。どちらも「悪事は許さん」という態度で臨んでいるから、この街は怖すぎるくらい平和だ。

と、その地図を売っていた店主が言っていた。多少の誇張はあるだろうが、概ね信じてもいいような情報だ。
茶水のおかわりを頼みながら、次の目的地をレウアに決めた。

今回は計画的に旅をするつもりだ。経路を検討し、期間を概算する。大体3日といったところだろうか。
経路は峠の麓まで行き、そこから峠を越える。下った後は海を目指すように一本道を往く。ただそれだけではあるが、道中なにかないのか、地図とにらめっこをしながら捻り出していた。

決行日は明日の日の出前。
日が暮れる前に関門を出て、今日は関門の外で野宿することにする。

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