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執事コンテストと亀裂㉕




「えーと、二人で2時間で」
受付を済ませ、店員に言われた部屋まで行く。 着いて早々、梨咲はリモコンを手に取りながら口を開いた。
「結人って、何を歌うの?」
「んー? 特に決まってはいないかな」
「じゃあこれ歌って!」
そう言って、笑顔でリモコンの画面を見せてきた。 曲名を見ると、それは有名な恋愛ソング。 男性視点で歌っている曲だ。 
この曲は当然知っているが、これを歌えと促した彼女に向かって声を上げる。
「はぁ!? 何でそんな曲歌わなきゃなんねぇんだよ!」
「いいじゃんいいじゃん! 結人がこの曲を歌っているの、聞きたいの!」
そう言って、勝手に予約ボタンを押す。 恋愛曲を男女二人きりの部屋で歌うのは恥ずかしく、否定の言葉を並べていった。
「だからってその曲を選ばなくてもいいだろ!?」
「ほら、始まるよー!」
そしてニコニコしながら、梨咲はマイクを手渡した。 既に曲は始まっており、ここで喧嘩をしても後が気まずくなるだけのため、反論することを諦め歌うことにした。
「わぁ・・・。 めっちゃカッコ良い」
そう言いながら、梨咲は両手を胸の前で握り締め瞳をうるうるさせている。 

何とか恥ずかしい気持ちを抑えつつ歌い切ると、結人は机の上にあるリモコンを手に取った。
「ねぇ結人、もっと恋愛の曲を歌ってよ」
「んー? 遠慮しておく」
「えー。 どうして?」
そう聞いてくる梨咲には意に介さず、違う話題を彼女に振った。
「じゃあ、梨咲はこれ歌って?」
そう言いながらリモコンの画面を見せる。 すると彼女は画面に表示された曲名を見て、一瞬にして少し青ざめた顔をした。
「・・・え、嫌だよそんなの!」
「さっき俺に、無理矢理歌わせたお返しー」
「アイドルなんて、私は嫌いなの! だからその曲は歌いたくない!」
「はい、入れるよー」
反論している梨咲をよそに、予約ボタンを押してマイクを彼女に手渡した。 梨咲は曲が始まるギリギリまで文句を言っていたが、曲が始まるとちゃんと歌ってくれる。
あれだけ抵抗していたが、実際はかなり歌が上手かった。 本当にアイドルではないかと見間違える程に。 そして梨咲が歌い終わり、結人は彼女に向かって言葉を発する。
「アイドル、すげぇ似合っていたぞ」
「う、うるさいッ!」
梨咲を見ると、顔が真っ赤になっていた。 そんな彼女を見て、思わず笑ってしまう。

「ちょっとお手洗い行ってくるね」
「おう」
そう梨咲に返事をし、結人は部屋で一人待つ。 彼女が戻るまでの時間潰しにと、ポケットから携帯を取り出した。 携帯を見るとメールが来ており、相手を確認すると夜月から。
内容は『今日はちゃんと、男らしくリードしろよ』というものだった。 その返事を簡単にし、携帯を閉じる。 実際、梨咲と一緒にいるのは苦痛ではない。 
寧ろ気が楽だった。 それは、彼女の前では素でいられるからだろうか。 藍梨を目の前にすると、今でも緊張してしまう。 そこが、梨咲と藍梨との違いだった。

―――・・・それにしても、梨咲遅いな。 
―――ちょっと見に行ってみるか。

梨咲の戻りが遅いことが気になり、部屋から出て彼女が向かったお手洗いの方へと足を進める。 すると次第に、複数の人の声が聞こえてきた。 
これは歌とかではなく、普通の話し声。 通路の角を曲がると、そこには梨咲が男たち3人に絡まれている光景がすぐ目に入った。
「いいじゃん。 俺たちと一緒に遊ぼうよ」
「いえ、結構です」
「そんなこと言わないでさー」
「いや、放して!」
結人はその様子を見ると一度男たちを睨み付け、躊躇いもなく彼らの真後ろまで足を進める。 そして彼らに向かって、冷静な口調で言葉を放った。

「あの、俺の女に何してくれてんすか?」

「ッ! な、何だよお前!」
突然の声に驚き、男たちは勢いよく振り返って結人のことを見る。 だがそんな彼らとは目も合わさずに、彼らの中に一人静かにたたずんでいる彼女に向かって口を開いた。
「行こう? 梨咲」
そう言いながら、目の前にいる梨咲に手を差し出す。 その言葉を聞いて、彼女は戸惑いながらも返事をした。
「あ、うん・・・」
梨咲が手を取り、結人に近付いてくる。 そんな光景を見た男らは、不満の言葉を吐き出した。
「何だよ、男持ちかよ」
「だったら先に言えよな」
そのようなことを言いながら、男らはこの場から去っていった。 そんな彼らの発言を聞いて、結人は溜め息交じりで言葉を発する。
「俺がいるってこと、アイツらに言わなかったのかよ」
そう尋ねると、梨咲は俯きながら小さな声で返した。
「・・・男と一緒にいるって、言いたくなかったの」
「どうして?」

「軽い女だと思われたくなかったのよ!」

「・・・」
突然梨咲が大声を出し、思わず言葉が詰まる。 いや、大声に驚いたわけではない。 彼女から前に――――そのようなことを、聞いたことがあったからだ。

梨咲は見た目通り、男らから凄くモテる。 そのためたくさんの男から告白はされるし、彼女の周りには常に男がいた。
最初はそのことに関して何も思っていなかったらしいが、ある日突然言われた。 『そんなたくさんの男に囲まれて喜んでいるなんて、高橋って軽い女なんだな』と。
その言葉に梨咲は相当傷付いたらしい。 だから今の彼女は男と一緒にいることを少し怖がっている。 そのことは、結人も知っていた。
『なら俺はいてもいいのか』と聞いたら『好きな人はいいの』という返事がきた。

「そうだったな。 悪い、すぐ気付いてやれなくて」
そう謝ると、梨咲は『大丈夫だよ』と言いながら首を横に振る。 そしてこの気まずい空気を少しでも和ませるよう、違う話題を口にした。
「それにしても、梨咲は不良に囲まれても気は強いんだな」
「え? 何よそれ」
「だから」
「?」
結人は梨咲の方へ向き直り、優しく微笑みながら続きの言葉を発した。

「そん時くらい、俺を頼れよ」


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