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14話 たすけて Ⅵ

 休憩するように紗菜に抱えられて今はのんびりしおさんを探している。
 ちょっとずつ火は出せるようになってきた。そして、微かに声が聞こえた。叫び声だ。

「龍、今声が聞こえた」

 幻聴じゃなかったらしい。てことは……

「あー、やっと見つけたか」

 思ったより大きな声が出た。
 紗菜が声がした方向に向きを変えると、自然と抱えられた俺もそっちを向く。
 三人の男と足を怪我している女性が見えた。
 その姿はなにかに絶望しているようで、女性は悲壮感が漂っていた。それと正反対に男たちは歓喜の表情を浮かべている。

 男達のその表情、どうやって交換してやろうか……

「見つけたぞ! 農民の女だ!」

 俺の耳にもはっきり聞こえる声。
 距離は五○もない。女性の方とは少し近いが、それでも四○はある。それに比べて向こうの距離は一○だ。

 どう考えたって間に合わない。
 寝ぼけた頭じゃどうすればいいのか、答えはでない。そんな風に立ち止まってる間に、男たちは女性の腕を乱暴につかんだ。掴んでいた。

 沸々と黒い感情が溢れる。
 見てられない。居ても立ってもいられない。そんな俺への最後の一押し。
 女性の口の動きを捉えてしまった。その言葉は多分……

 いやだ。

「嫌だって」

 錯覚でも妄想でも見間違いでもないことは、紗菜が証明してくれた。
 そして、今大切なことも思い出した。

 あいつらを殴ることじゃなくて、女性を、しおを助けることが大切だ。
 あいつらを殴るのは、この現状の解決。
 傷を癒やすのが助けると言うこと。それが俺が生きてて学んだこと。

 なに見失ってんだよ、クソニート。

 場に流されるな、俺があいつなら辛い過去が吹き飛ぶような明るさを見たいだろうが!
 明るくいつも通りに、大悟を見習って仮面つけろ。

「だろうな。俺もあんな男のナンパよりは昔の俺がナンパしたほうが可能性があると思うわ」
「案外過小評価ですね。龍さんの性格ならモテたでしょうに。でもどうしましょうか? あの足では逃がせませんね」

 大悟は落ち着いてそう言ってきた。
 モテるかどうかはどうでもいい。

 問題はあの足。確かに大怪我だ。逃がせる状態じゃない。本当に助けるってのは、あいつらを撃退して無傷で返すことだ。あいつらも助けて……
 だけどな、俺はそんな聖人にはなれねぇ。
 人を傷つけるようなやつには、助ける価値も感じない!

「逃がさないって。聞こえてるだろうから言っておくが、しおってやつ。気絶するなよー? よし、聞こえるように言ったから紗菜、消える魔球やってみよう」
「き、消える魔球?」
「要するに投げろということですよ」

 大悟がわかりやすく翻訳してそう伝える。

「……ん。わ、わかった」

 紗菜も戸惑っているが頷く。
 これが人との関わりだよな。助けるって言ったらこういうのを見せつけないと。

 紗菜が俺のことを持ち上げる。
 早速投げるらしい。よっしゃ第一球!

 両手で持って、胸に当てる。そして、手を引き。
 俺の視界は木漏れ日の射し込む綺麗な緑の天井を捉えた。

 このときはまさしく、フリーフォールの頂上。
 直後の恐怖感を増させる演出。
 そうとしか言えないほど、初速は早かった。

 速度が落ちないよう炎を……出るのか?
 休憩したとはいえ、ぶっつけ本番。出るか出ないかは賭けだ。出なければダサいだけ。出れば格好いい。

 目立つ場所でダサいことなんて出来ない。というかこれ以上目立ちたくない!

 全力全開! 着火!
 進め、 加速する魔球!

 視点は正面になるように調整。狙いは掴んでる男の顔面。捉えた!
 上手く当てれるかどうかはともかく、ダメージ増量。回転もおまけだ!

 いっけぇぇぇ!

 瞬間、直撃。
 痛覚バッチリの俺の骨にはヒビが入ったような気がするほど、痛みが来た。

「い、いってぇぇぇ! あー、ちくしょうが。まじで腹立つわ。まあいい。ひとつ言ってやる。今は悪魔が微笑む時代なんかじゃねぇ、骸骨が微笑む……って、こいつ気絶してるし! 他のやつ聞いてないし、しおには伝わってないな。くそが、許さん」

 打ち所はよろしくなかったようで、ノリがおかしくなった。
 いや、おかしいのは深夜テンションだからか。

 ついでに、(あいつ)が言ってたんだ。なげぇ前口上は正義のヒーローの目印だってな。

「どこぞの動画サイトで俺の出没情報を集めてた妹はいないが、久しぶりの人助けだ。張り切らせてもらう。だから…………」

 人生最高の悪人面を浮かべて、威嚇するように笑う。

「逃げんじゃねぇぞ?」

 出したままの炎に気づかぬままだった。
 炎の色が紫に変わったのは、全くの偶然だと思いたい。

 決まったなと思った直後、場が白けた。なにこの空気。
 まるで家族でご飯を食べているときに親父ギャグを言ったような。男達ですらなにこいつみたいな呆れの目線を送ってきている。恐怖は……あ、後から来たみたいだ。

 しおは感動しているのか、涙を流していた。
 感動するようなギャグじゃねぇ!

 後ろにいた紗菜と大悟は、肩を竦めてやれやれだぜ、という心の声が聞こえるような気がする頭の抱えかたをしていた。

「……まあ、なんだ。深夜のノリなんだ、今。だから、一旦やり直そう。俺もう一回投げてもらうから、そいつ起こしておいてくれ」

 そんな提案が受け入れられるはずもなく、恐怖を乗り越えた男が殴りかかってきた。悪人てのは肝がすわってるよ、ほんと。

 殴る先はどう見ても、男との頭突きを食らった額。一度喰らったところへの追撃。弱点狙いする姿勢は見習わないとな。

 ふっと炎を消して上に噴射。
 高度を下げて膝下。ここから急上昇。
 くらえ必殺。金的!

 弱点狙いを早速見習う。頭頂部にむぎゅっと変な感触があったが、無視だ。気にしたら気持ち悪くなる。
 一撃必殺、効果絶大。悶絶中だ。

 もう一人は面倒だし、炎をポイ。
 薄汚い衣服についた炎をなんとか消そうと必死に色々やっている。1つ安心してほしいが燃え移ることはない。
 森がハゲたりはしない。

 そのまま、紫の炎がついた服を捨てて、男は逃げていく。

 臨戦態勢だったはずなのに数秒で解決するという、拍子抜け甚だしい現状に困惑するしかなかった。
 ………………え、どうすんのこの空気。

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