3話 引きこもり、始動 Ⅲ
理解不能な言葉で睨むのも忘れて頭にはてなマークを浮かべる。
丁度そんなときだった。
イヤメンが首を振って髪を揺らして、背中に生えている三対の神秘が音をたてて広がり、淡く光る。次いで、悲鳴。さっきと同じ、デジャブになる暇もないただの繰り返し。
後から来た人にも姿を教えて、イヤメンはそのまま消えることなく居座った。さっきは消えたのにな。
「説明を続けよう。君達はその身体に絶望や失望を抱いているが、その姿は私からすれば善人の象徴だ。誇るべきものだと思う。君達とは違う別のところに集められている悪人には元の姿のまま過ごしてもらっている。善人には人外の身体と力を。悪人には知恵を与えている。円滑にテストを進めるため、数名はその立場と姿を交換してもらっているが、必要なものだとわかってくれたまえ」
誰もが説明を聞くために悲鳴をとめた。周囲の人が静めたってことだろう。
静まり返ったなかを透き通る声だけが突き抜けていく。その姿から目を離せないのはなぜなのか、俺にもわからない。けれど、自分に関わる疑問の答えを知りたがるのは当然のことだと思う。
「そして次に、君達が暮らす世界には君達の鎧が置いてある。君達が元の身体と同じように快適に過ごすための処置だ。次にテストの終了方法だが、君達が生きていた頃のように暮らしていれば、いずれ終わる。なにかを満たすのではなく期間的なものだと理解していてくれ。最後にこの世界の死についてだが――――」
一度死んで、死後の世界でも死ぬ。それのペナルティを気にするのは当たり前。俺がもっとも気になったのは、なんで死ぬようなことになるのかだが、いま聞くのは落ち着いた場に不安を広げるだけだな。
「死んだものは直後に復活する。復活地点は最初に落とされた場所だ。言葉ではわかりにくいかもしれないが、始まればわかるだろう。後のことは始まってから、これを使って随時説明しよう」
見覚えのある機械だ。
トラブルを起こしたり、人と話をしたり、ネットに一言呟いたり、現代人のトラブルの元であり、生活必需品なスマートフォンの姿がイヤメンの手の上にあった。
「君達の世界の通信機器だ。使える機能は通話とオープンチャットのみだが。遠くにいる人間と会話するには必要なものだろう。個人チャットにはオープンチャットの名前を押せば移動できる。電話は親しくならなければ使えない、と、元々と違うところもあるが慣れるだろう。なるべく有意義に使ってくれ」
そこまで言うとイヤメンはやるべきことがあるから一旦席を外す暫くは親睦でも深めていてくれ、という言葉を残して消えた。
思いだけに留めて、大きく息を吸い、全てを怒りとともに吐き出す。
「はぁぁ……」
「あ、えっと、こんにちは」
後ろから聞こえた聞き覚えのある声で後転をして背後を見れば、茶色の猫耳を立てて、尻尾をだらりとさせている気恥ずかしそうな女性の姿があった。
奇しくも同じ言葉で話しかけていることに苦笑いを浮かべて、さっきのことを思い出して無意識に口にしていた。
「……げっ」
あー、やっちまった。
流石にこの対応はダメだと、自分でも察する。
彼女の方は気まずそうに少し痛い笑みを浮かべていた。話しかけてきたこの子に対する自分の落ち度だ。自分でなんとかする。
「いや、さっき言ったことのせいで恥ずかしくて、別に会いたくなかった訳じゃない。結局親睦を深めるならお前か、途中で見たあれくらいだから……っていつまでもお前じゃ失礼だよな。名前教えてくれないか?」
「あ……、さ、
紗菜か、なんか妹に似てるな。名前もだけど雰囲気が。
薄桃色に染まった頬と、俺から声をかけたときは下を向いていた幼く見える顔立ちをじっと眺める。
やっぱり年下か。
さっきは余裕がなくて気がつかなかったが、顔立ちとか表情とか、会話の節々から見える雰囲気とか子供っぽいもんな。
そんなことを思いながら見つめているのは当然、彼女……紗菜には伝わらず頬の頬の赤色が周囲に伝染していく。
「見すぎ……です、恥ずかしいからやめて」
「悪い。知り合いに似てて」
「……妹とか、ですか?」
「あー、言い忘れてた堅苦しいから敬語じゃなくていいぞ。普段から使ってたんなら止めないが、そうじゃないみたいだからな」
妹の話から無理やり話題を変えたのはわざとだ。どうしてもしたくない話題ってわけじゃないが……あいつのことを考えると、地球が心配になる。
一言で言うならできた妹だ。
俺はなにもしない人間だったからな二十過ぎて引きこもりな俺と、中学二年にしてネットで月に数十万稼ぐ妹。
よく稼げるなと聞いたときには「これでも加減してるよ?」と首をかしげて言われた。事実あいつは加減している。面白さを加減してるわけでも、クオリティを加減してるわけでもなく、超能力で稼ぐ量を加減している。
ふざけて言ってる訳じゃない。本物だ
仕組みとかは知らないが、便利だとは思ってる。羨ましいとかほしいとは思わないが。
そんなことを言うと傷つけるからな、あいつを。
「……大丈夫?」
猫耳をつけた紗菜が心配そう顔で俺を持ち上げてた。って、近い近い!
咄嗟に炎を出して頭だけで飛び退く。
咄嗟すぎて紗菜に向かって炎を噴射した。
……あー、花火とかこうやって人に向けて怒られたなとか、あそこのスポットライトをつきっぱなしだなとか、特に意味のないことを考える。
冷静だった、一瞬だけ。
紗菜の顔を青い炎が覆い隠した。まずいなんてものじゃない。妹みたいなやつの顔に火傷を負わせたとか冗談じゃすまない。 ただでさえ身体のことで泣いてたんだぞ!
平常心を失って、怒鳴るように口を開く。
「大丈夫か!?」
紗菜の顔を隠していた炎は着地と同時に止んで、着地ミスで痛む頭と、なんの痛みも無さそうに首をかしげた紗菜がこれまた同時に認識できた。
火傷の跡はどこにもなかった。
俺が着地ミスの痛みに呻いているのを心配そうに見てくる紗菜。
彼女のことを奥歯に力をいれて情けない声が出ないようにしながら見ていた。
「そっくりそのまま言葉を返すけど、大丈夫?」
「え、いや。いま炎を浴びせて……火傷とかないのか?」
なに言ってるのかわからないけど、微笑ましいものを見る感じで笑いかけてくるのはやめてくれ。
「あの温かいの、炎だったんだ。でも……ううん、いまはいいや」
なにかをやめたらしい。
なにをやめたのかも気になるが、いまは温かい程度の温度だった炎のことが気になる。
親睦深めるといいながら一人としか話をしていないのも、少しだけ気になる。
まあ、それは後回し……いや、同時にやるか。
移動の度に目を回すのは嫌なので、まずは炎で空を飛ぶ。いや、室内を飛ぶ。突然の出来事に目の前で紗菜が驚いていた。
「どこか行くの?」
「あー、紗菜とだけ親睦深めても友達少ないだろ?」
その言葉を聞いて暫く放心。次に表情が変わったときには、紗菜が泣いていた。
ちょちょ、情緒不安定か? なんだなんだ、なんで急に泣き出した?
何が起こったのかわからない。
頭のなかが、困惑と驚きでゴミ屋敷のような状態になって、目の前で泣き出した紗菜になにをすればいいのかが咄嗟に考えられない。
なにかを俺が泣かせるようなこと言ったのか?
結局なにもわからずに、紗菜が泣き止むまでその場にいた。離れるわけにもいかない。手があれば背中を擦ったりしたかもしれないが、生憎そんな便利なものはない。
なにかあるんだな、こいつにも。
妹のときと同じようにそう勘ぐることしか出来なかった。