御子柴からユイへの想い④
数分前 屋上
「・・・御子紫?」
結人が扉の前で立ちすくんでいた頃、真宮は屋上にいる御子紫に気遣いながら優しく声をかけていた。
彼はその言葉に反応し一瞬身体ごと振り向くが、すぐ視線をそらし再び俯いてしまう。
この時真宮は“もしかして御子紫はユイが来ると思って期待していたけど、実際に来たのはユイじゃなくて俺の方で、がっかりしたのかな”と、心の中で思った。
そのことを瞬時に悟った今、焦りながらも口を開き適当に誤魔化していく。
「あー、えっと、本当はユイが来る予定だったんだけどさ。 アイツー・・・急に、先生に呼ばれちまったみたいで」
『先生空気読めよなー』と最後に付け加えながら、この場を少しでも和ませるよう苦笑を浮かべた。 だがそんな真宮にも無反応な御子柴に、今度は真剣な眼差しで見据えそっと尋ねかけていく。
「何があったんだよ?」
特に前置きもなく単刀直入に聞き出したが、相手は真宮だからなのか彼はすんなりと言葉を返してくれた。
「・・・ユイを、守れなかった」
「守れなかった?」
「・・・」
それだけを言って、再び口を閉じてしまう御子紫。
そんな彼から出る次の言葉を待とうとしたのだが、真宮は“なるべく早く御子紫を楽にさせたい”と思い、深呼吸をしてもう一度話を切り出した。
「俺たちの中で、隠し事は禁止だろ。 だけどユイにも言えないっていうことは、ユイが関わる話なんだろうな」
「ッ・・・」
その発言を聞いた瞬間、御子紫は一瞬だが反応を見せる。 それを見逃さなかった真宮は、更に彼に向かって言葉を投げかけた。
「・・・ユイには言えないなら、俺になら言えるか?」
願うように、そう尋ねると――――御子紫は迷いながらも少しの間を置き、コクリと小さく頷く。 そしておもむろに口を開き、今朝起きた出来事をゆっくりと語り始めた。
「・・・分かった。 真宮になら、話すよ」
御子紫と同じクラスの“日向”という少年が、結人の悪口を言っていたということ。 御子紫はそれを聞いてしまったということ。
本当は止めるだけにしようと思っていたのだが、思わずカッとなり暴力を振るいそうになった――――ということを。
「中学の時にさ。 こういう悪口とかいじめ・・・よくあったんだ」
続けて彼は、中学の頃のことを話し始める。 真宮は中学生の時、結黄賊のみんなとは一緒ではなかったため、ここで詳しく話してくれた。
「俺たち結黄賊は、学校でも有名だった。 喧嘩をする集団っていうことは、先生や生徒もみんなよく知っていた。
だから先生たちも、喧嘩が起きたら“またか”っていう顔をしていたんだ」
中学の時には“喧嘩グループ”と呼ばれていたりして、みんなから怖がられていた時期もあった。 だが次第に慣れていったのか、最終的にはみんなと仲よくなることができたのだ。
「それで・・・校内でもしいじめが起きたりしていたら、俺たちはすぐいじめた犯人を見つけ、ボコボコにしていた。 それで一応解決はしていたんだ。
先生たちも、そのことに関しては口を出さなかった。 もう、俺たちのことに呆れていたのかな」
そう言って、御子紫は苦笑する。 だがすぐ真剣な表情へ戻り、再び口を開いた。
「でも今は違う。 俺たちは今一年だし、派手に問題を起こすわけにもいかない。 ユイも喧嘩で問題を起こすことは、きっと望んでなんかいないだろう。
喧嘩だけじゃ、今は解決できないんだ」
彼は悔しさのあまり、両手に力を込め出した。 そして真宮のことを見据え、必死に助けを求めてくる。
「なぁ・・・真宮。 俺はどうしたらいい? ・・・喧嘩以外で、どうやったら日向を懲らしめてやることができるのかな」
震えた声で言葉を発し、今にも泣きそうな御子紫を見て、思わず真宮は視線をそらしてしまった。 同時に表情を歪め、彼にだけ聞こえるよう小さく呟いていく。
「今の御子柴には、その選択肢しかないんだな」
「・・・え?」
「今の御子紫には“喧嘩以外でどうやって仕返しをしてやるか”っていう選択肢しか、ないんだな」
尋ね返してきた御子柴に、真宮は視線を戻して力強く言い放った。 だが彼が聞き返したのは、真宮の言葉が聞き取れず理解ができなかったわけではない。
それを知っている上で、わざともう一度口にしたのだ。
「まだ悪口だけなんだろ? ユイが直接、日向っていう奴から暴力を振るわれているわけではない。 だから、ここはじっと堪えるっていう選択肢は・・・ないのかな」
「・・・」
もう一つの選択肢を与えると、御子紫は今にも反論したそうな目で見つめ返してきた。 だがその前に、彼を感情的にさせぬよう言葉を付け足していく。
「日向っていう奴は、きっとユイに嫉妬しているだけなんだよ。 いつも女子や男子に囲まれているし、常にユイの周りにはたくさんの人が集まっている」
共に、自分の思いも吐き出した。
「・・・ぶっちゃけ俺も、そんなユイに妬いていたりするし」
「・・・」
御子紫は黙り込んだままでいるが、構わずに声をかけ続ける。
「それに御子柴が言う通り、仕返しをするなんてことはユイは望んでなんかいないだろ?
・・・まぁ、悪口から暴力を振るうようないじめに変わるんだったら、また考えるけどさ」
そして真宮は――――彼に負担をかけないよう、不安にさせないよう、微笑みながら優しい口調で言葉を発した。
「もしまた日向が、ユイの悪口を言っていたら俺に報告して? 御子柴はユイのことをすげぇ尊敬しているから、ユイの悪口を言われて苦しいのも分かる。 俺だって苦しい。
でもな、これは御子紫が一人で背負うもんじゃないんだ。 だから俺も一緒に、協力させて」
「・・・分かった。 ありがとな、真宮」
御子紫はそれらの発言に助けられ少しでも安心したのか、ようやく真宮に向かって笑いかけてくれた。 そんな彼の笑顔を見て、こちらも自然と笑みをこぼしてしまう。
「でもさ、一つお願いがあるんだけど」
「何?」
突然話を切り出した御子紫に、真宮はすぐさま聞き返した。
すると彼は急に周りを気にし始めたのか、周囲には誰もいないというのに小さく縮こまりながら、真宮に向かって小声でお願いを入れる。
「今回の件のことは、ユイや他の仲間には言わないでほしいんだ。 ユイの悪口が言われているっていうことを、本人に知られたくないしみんなも巻き込みたくないから」
それを聞いて、真宮はもう一度微笑みを返した。
「あぁ。 いいよ」
翌日 朝 沙楽学園1年5組
昨日の放課後は、御子紫は『一人で帰る』と言っていたため、結人たちとは帰りが別だった。
本当は御子柴に一つでも連絡を入れたかったのだが、自分の気持ちが沈んでいて彼のことを本気で心配する余裕がなかったため、それは今でもできずにいる。
そして――――昨日は何事もなく、無事に今日を迎えることができた。 結人は今教室にいるが、藍梨はまだ来ていない。 できれば今は、誰とも関わりたくなかった。
誰とも、関わらないようにするためには――――
―――寝たフリでも、しておくか。
そう思い、机の上にうつ伏せになろうとしたその瞬間―――自分の席を立ち、教室から出て行こうとする真宮の姿がふと目に入った。
「ッ、真宮!」
特に理由もなく、真宮のことを呼び止めてしまった結人。 名を呼ぶと、彼はその場に立ち止まり結人の方へ振り返った。
「・・・えっと、どこへ行くんだ?」
話すこともないためどうしようかと困るが、呼び止めてまで『何でもない』と言うのも悪いと思い、適当に思い付いたことをそのまま口にする。
いつも他の仲間のところへ行くならば、結人も誘ってくるはずなのだが――――今日は彼、一人で行こうとしていた。 だからそんな真宮に違和感を感じ、咄嗟に呼び止めたのかもしれないが――――
「あー・・・。 御子紫んとこ! ほら、また何をしでかすのか分かんねぇし!」
彼はその問いに一瞬の迷いを見せるが、すぐ笑顔を浮かべそう返してくる。
―――あぁ・・・御子紫のところ、か。
「分かった。 ありがとな」
特別真宮の違和感を感じられなかった結人は申し訳なさそうに言葉を返すと、彼は“大丈夫”といったように微笑みながら、小さく頷いて教室を出て行った。
そんな真宮と入れ違いになるよう、今度は優とコウが5組の教室へやってくる。
「おう。 ・・・どうした?」
わざわざ結人のクラスにまで足を運んできた二人に、気を遣うようそっと用件を尋ねてみた。 その問いに優は不安そうな表情を浮かべ、小さな声で返していく。
「えっと・・・。 御子紫のことが、気になって・・・」
―――御子紫か。
―――俺も、気になるっちゃあ気になるけど・・・。
その発言にどのような言葉を返そうかと考えていると、コウが続けて口を開いてきた。
「まだ、御子紫には何があったのか聞いていないのか?」
「・・・」
コウのその問いにも、口を固く結び黙り込んでしまう。 だけどここで、結人は思った。 この二人は御子柴と日向の言い争いを、実際目にしていたのだ。
だから他の仲間に相談するよりも、この二人に相談した方が呑み込みが早くすぐ解決するのかもしれない、と。 そう思った結人は意を決し、自分の考えを素直に打ち明けることにした。
「実はさ。 御子紫の件・・・俺が関わっていると思うんだ」
「え、どうしてユイが?」
「どういうこと?」
突然の告白に驚く二人を見ると、昨日の起きた出来事を彼らに思い出させる。
「昨日の御子紫たちの会話、聞いていたか?」
“早くユイに謝れよ!”
“本当のことを言って何が悪いんだよ!”
するとコウと優の頭の中には、この会話が自然と思い浮かんだ。 彼らが少し苦しそうな反応を見せたところで、結人は続きの言葉を口にしていく。
「まぁ・・・。 多分なんだけど、日向っていう奴は俺のことが嫌いなんだよ。 それで俺の悪口を言っているのを、御子紫が聞いちまって・・・。
だから御子紫は、そんな日向に怒ってあんな言い合いになっていたんだと思う」
昨日日向から言われた“偽善者”という言葉が、苦く身に染みていくのを感じながらも、結人は発言を何とか言い終える。
日向という名は二人には言っていなかったのだが、今の話からどうやら察してくれたようだ。
「まぁ、それが原因っていうなら・・・」
コウは結人にフォローを入れようとしてくるが、その先の言葉がなかなか見つからないのかそのまま黙り込んでしまう。 だがそんな気まずい空気を吹き飛ばすように、優がわざと明るい声を張り上げた。
「ねぇ、御子紫のところへ行こうよ!」
「え?」
あまりにも突然な発言に聞き返すコウだったが、優は結人に気を遣っているのかコウに気を遣っているのかよく分からないまま、二人に向かって癒しの笑顔を浮かべてきた。
「ただ様子を見に行くだけだよ。 だって、心配じゃん。 御子紫に直接会わなくても、教室の外で様子を見るだけだからさ」