告白⑨
結人はドキドキとした胸の鼓動を身体全体で感じながら、全力で走る。 呼吸が荒くなろうとも、身体が疲れようとも、そんなことは気にせず大切なモノを握り締めて全力で走った。
―――この気持ちに迷いが生じちまう前に、早く、早く・・・ッ!
そして、数分後――――高鳴る鼓動と共に藍梨の家の前まで来た結人は、その場にピタリと足を止める。
この壁の向こうに藍梨がいると思いながら、呼吸を落ち着かせもう一度頭の中を整理した。 自分の答えは既に決まっている。 今から全てのことを、彼女に話す。
藍梨に自分のことを認めてもらいたいとまでは言わないが、自分のことをできるだけ知ってもらいたい。 そして――――
―――俺のことを、思い出してもらいたい。
覚悟はもう、できていた。 深呼吸をしてうるさい鼓動を何とか落ち着かせる。 そして、意を決して――――藍梨の家のインターホンをそっと鳴らした。
「・・・はい」
数秒後ドアの向こうから藍梨の声が聞こえると、再び心は騒ぎ出し苦しくなる。
もう一度心を鎮めようと思ったのだが彼女を待たせるのも悪いと思い、今にもはち切れそうな肺の奥から無理矢理声を絞り出す。
「色折・・・だけど。 藍梨、今出てこれるか?」
「・・・うん、ちょっと待っててね」
それから更に数秒後、ゆっくりと開かれたドアから藍梨が現れた。 だが彼女の今の姿を見て、思わず言葉を詰まらせる。
彼女の今の姿は部屋着だったためとても可愛らしく見えるのだが、どこか少し弱々しくも見えた。 そんな藍梨を――――守ってやりたい。 いや――――柚乃から、守ってやりたい。
「あのさ、話したいことがあるんだ」
「何?」
ドキドキとうるさい心を持ち合わせている結人に対し躊躇いもなくそう尋ねてくる藍梨に、戸惑いつつも全てを話した。 まず最初に話すのは――――先刻起きた、喧嘩のこと。
「・・・今日、藍梨は俺の喧嘩を見ていたよな」
「・・・」
そう言うと、彼女は俯き黙り込んだ。 先程から喧嘩のことを口にしない時間がとてもモヤモヤしていたため、ここで晴らそうと思っている。
藍梨のその様子を見て“見ていたんだな”と確信すると同時に、本当のことを彼女に伝え始めた。
「隠さずに言うよ。 俺・・・結黄賊のリーダーなんだ」
「けっ、きぞく・・・?」
「そう、結黄賊。 カラーセクトの一種だよ。 でも、悪いチームじゃない」
「・・・」
藍梨はその言葉を上手く理解できないのか、何も返せず固まっていた。 カラーセクトは都会では有名な方だ。
横浜でも何チームか見かけたし、東京ではそれ以上の数がいるだろう。 彼女の住んでいた静岡にも浸透しているのかは分からなかったが、ここで全てを暴露した。
カラーセクトと言えばただの色のあるチームなのだが、そこから不良集団とも連想されやすい。 だが結人は、そのことを無理に藍梨に信じ込ませようとは思わなかった。
「俺の他に、未来、悠斗、夜月も結黄賊だ。 ・・・そして、真宮も」
「真宮くんも?」
その言葉に藍梨は素直に驚いた。 無理もないだろう。
小学校の頃からいつも近くにいた真宮が、カラーセクトだったなんてことは――――考えたこともないだろうから。
「他にもメンバーはたくさんいる。 藍梨には、俺たちが結黄賊だということを知っておいてほしい」
「・・・」
「認めてほしいだなんてことは言わない。 ただ本当に・・・知ってほしい、だけなんだ」
そう言うと彼女は戸惑いつつも、小さく頷いてくれた。 いや――――きっとあまりにも衝撃的なことを耳にして、頷かざるを得なかったのだろう。 そして――――
「そして・・・もう一つ。 藍梨に伝えたいことがある」
「・・・何?」
藍梨は結人に対して怯えているのか、少し震えていた。
自分たちは結黄賊だということをバラしたため、少しでも早くこの苦しい時間から解放してあげたいという気持ちから、結人は自分の家から持ってきたあるモノを素早く取り出した。
それは――――薄ピンク色をした、小さなハンカチだ。 右下に、さくらんぼの刺繍がしてある可愛らしいハンカチ。 それを、藍梨の目の前に差し出した。
すると、その瞬間――――彼女は少し、目を丸くする。
「・・・これ」
「そう。 これは、藍梨のだよ」
―――・・・思い出して、くれたかな。
藍梨がハンカチに反応を見せたところで、結人はゆっくりと語り出した。
「俺は確かに、横浜から立川へ来た。 だけど横浜の前は静岡に住んでいたんだ。 本当は静岡出身。 小学校の名前は多嬉(タキ)小学校。 1年2組」
「嘘・・・」
両手で口元を抑え驚きを隠せないでいる彼女に、結人は決定的な一言をここで言い放つ。
「・・・俺と藍梨は、既に出会っていたんだよ」
その言葉を聞き、何故かは藍梨は静かに涙を流した。 そんな彼女を目にし少し動揺するも、結人は平常心を保ったまま昔のことを綴っていく。
「小学校1年生の時、運動会でやる徒競走の練習をしていた時のことを・・・憶えているか?」
「・・・」
何も言葉を発さない藍梨に向かって、結人は昔のことを思い出しながら語り続ける。
「徒競走の練習で走っていたら、俺転んじゃってさ」
―――そう、この時。
「そんで・・・転んで、膝から血が出ちゃって」
―――この時、俺さ。
「どうしようかと困っている時に・・・一人の女の子が、ハンカチを差し出してくれたんだ」
―――・・・藍梨に、恋をしたんだ。
「その差し出してくれた子が、藍梨だったんだよ」
―――この想いは、今でも変わらない。
そこまで言い終えるも、彼女はなおも何も言わずずっと泣いていた。
「『ハンカチをいつか返すね』ってその時は言ったけど・・・結局は返せなかった。 返せないまま、俺は横浜へ引っ越した」
―――今なら、言える気がする。
「藍梨」
名を呼ぶと、俯いていた藍梨は涙目でゆっくりと結人のことを見つめてくる。 そしてそのままドキドキと騒がしい鼓動と共に、口を開いて自分の今の思いを彼女に伝えた。
「俺は藍梨さんのことが好きです。 付き合ってください」
「ッ・・・」
そう今の気持ちを伝えると、彼女は先刻よりも泣き出しその場に崩れ落ちそうになる。 そんな藍梨を見て、結人は慌てて彼女のもとへ近寄り身体を支えてあげた。
「あ、おい・・・。 悪い、嫌だったか・・・?」
自分のせいで泣かせてしまったという罪悪感を持ち合わせながらも、藍梨の背中をさすって彼女を落ち着かせる。 すると彼女は小さく首を横に振り、おもむろに口を開いた。
「うん、ごめんね。 そ、の・・・嬉しくて・・・」
―――嬉しい?
―――それって・・・。
そして藍梨は結人のことを見つめ、今まで見たことのない一番綺麗な笑顔を結人に見せてくる。
「ありがとう。 こちらこそ、よろしくお願いします」
「え、マジで・・・?」
藍梨にまさかのOKされ、結人は動揺を隠し切れなかった。
本音を言うと、結黄賊のことを話した後の告白のため振られる覚悟をしていた。 だから振られた後はどうしようかとも考えていた。
彼女が喧嘩を目の当たりにしたこともあり気まずい関係のまま告白をしたため、まさかこういう結果になるとは思ってもみなかったのだ。
「でも俺、結黄賊の、リーダーだし・・・。 ・・・あ、もし藍梨が結黄賊を嫌がるなら、俺は結黄賊を辞める!」
「ううん、いいの。 結黄賊のリーダーで、いいの。 リーダーの結人くんのことが、私は好きだから。 だから、結黄賊のことをもっと教えて? いい・・・チームなんでしょ」
そう言って、藍梨は笑ってみせる。 その笑顔を見て、結人の身体の緊張も少しずつ解けていった。
―――藍梨・・・ありがとな。
―――やっと藍梨と、再会できたんだ。
―――やっと俺の気持ちが、藍梨に伝わったんだ。
―――やっと苦しい気持ちから、解放されるんだ。
結人は更に藍梨を自分の方へ引き寄せ、彼女のことを優しく抱きしめた。 彼女の細い身体が壊れないように、とても優しく――――
「やっと、叶った・・・」
藍梨の耳元でそう囁くと、彼女は再び静かに涙を流した。