ボッチ、豹変する
『王城・王の間』
「───なに?......イマル帝国がじゃと?」
「はい......それもこちらに対抗するように三十人程だそうです」
「......」
───王の間には、一人の武官が立て膝を着き、王に向かって首(こうべ)を垂れていた。
どこか重々しい雰囲気で、王の間の広大な部屋に他は誰も居ない。
二人だけという珍しい状況だった。
「どうすべきじゃろうか......」
そんな中、武官から何か報告されたのか、王は普段のやんわりとした表情とは打って変わり、思い詰めている様子だ。
武官は王の心中を察したのか、共感するように更に首(こうべ)を垂れる。
「......情報によると、年齢層は我々の転移者達と同じぐらいの者達が召喚されたそうです」
「......」
「国王様......これではまたあの時の二の舞になるのではないでしょうか......」
終始武官からの報告を真剣に聞いていた王は、問いかけられた疑問に対して、眉間にしわを寄せ、眦を鋭くさせながら頷いた。
「......もうあのようなことはあってはならぬ」
「ですが......今の状況はあの時とほぼ重なっております」
「そうじゃな......」
「......」
「......」
二人の間に暫し静寂が訪れる。
その静寂は不気味で、二人の表情には後悔が感じられた。
やがて、王から口を開く。
「やはり......召喚するのは間違いだったのかの......」
王は消え入りそうな声で、武官に問う。
一方武官は、はっきりとした声で断言した。
「......いえ、間違ってはいないでしょう。このまま今の状況が続けば、何も進展せず、『伝説の七剣』を取られてしまい戦況は悪化し、全滅か傀儡国になるかのどちらかだったでしょう」
「......」
「───ですが」
武官はそこで言葉を切り、王とその視線を絡ませてから、こう言った。
「歴史的に、そして人道的に見て言えば『間違い』だったのかもしれません......」
「............じゃろうな。歴史的に見ても、人道的に見ても......許されざる行為じゃ」
必ず......転移者達の身には波乱が巻き起こってしまう......
王は玉座の側に置いてあった宝箱を大事そうに開けて、中に入っていたある物を悔やむように眺めた。
私は王ではなく......ただの人殺しに過ぎなかった
目の前に居る武官に脇目も触れず、一筋の涙を流しながら、ただその持っている物を胸に深く抱き締めた。
抱き締めているのは何の変哲もない一枚の写真が飾られている縦置き。
しかし、飾られていた写真には三十人の高校生が写っているが、駿達の姿が見当たらなかった。
「皆すまなかった......私のせいでっ......許してくれいっ......!」
───そう。
写っていたのは、駿達の着ていた制服とはまた違う高校の制服に身を包んだ、三十人の高校生達だった。
= = = = = =
『王都・城下街』
駿達一行はぶらりと王都の大通りに戻ってから何か面白い所があったらそこに入るという風に方針が決まり、歩き回っている。
伽凛達は楽しそうに見当たる建物や光景を所々指を指したりして、観光を満喫しているようだ。
あの建物面白い形してるね! とか、あの行列はなんなのかな? とか、あの人凄い鎧着てる......とか、あの娘(こ)の服可愛い! と、色んな物が伽凛達には初体験なため、会話に花を咲かせている。
一方、駿と優真は未だに訓練の事について語っていた。
「────へぇ......お前そんな訓練やらされてたのか」
「あぁ......マジで死ぬかと思った」
「アースレル団長は見た目だけでも充分鬼教官だからな」
「ぷっ......確かにあの体だけキ○肉マンはバリバリ鬼教官に見えるよな」
駿のいった言葉に、優真は思わず吹き出す。
「あ、そうだ。団長に聞いたんだけどよ」
「ん? なんだ? まさか俺が有望株だってことか? そうかそうか」
「ちげぇよ。いや、違わないか? うーんまぁそれは置いといて......」
「どっちだよ。優柔不断な男はモテないぞ」
いや、それ以前にこいつモテてるわ。ざけんな
そう自分の言葉を心の中では否定してしまうのは、駿はこれまで優真のモテ度を何度も見てきて、散々悔しさを噛み締めてきたようだった。
はぁ......まぁこいつ、何でもできるし。ん? あ......いや、ゲームでは俺に勝てなかったけどなhahaha!
と、必死に勝てるところを模索した結果、ゲームというアンサーが出たようだ。
「あはは......確かに。俺、モテないからな~」
そう考えている駿の気も知らずに、地雷とも言うべきか見事に踏んでしまった優真。
当然、駿は───
「あ”......?」
過剰反応してしまう。
「え......どした?」
「ん? 何か言ったか?」
「何か言ったって......そりゃお前がすげえドスきかせた感じで『あ”......?』っていうからさ」
「あ”......?」
「そうそう! そんな感じ」
「......良いんだよ」
「何が?」
「......」
そう首を傾げた優真に、思わず瞠目してしまう駿は黙考する。
こいつ......まさか鈍感系主人公にもなるつもりなのか? なるつもりなんだな? よし、なるつもりだな。じゃあこれから俺、バンバン言うことにするわ。これまで鈍感系主人公にビシッと言ってくれるキャラがいる作品なんて俺の経験上一つもなかった。だから、俺、言うことにするわ。こいつには鈍感系主人公即ち、『普段は敵の練りに練った工作をすぐ気付く癖に、何故か色恋沙汰になると全く気付けない』というアホな奴になってほしくない。友達としてこいつには教育してやらないとなぁ......実際、浅野(あさの) 優真(ゆうま)という俺の友達は、イケメン、長身、なにやらせても無難以上にこなせる才能、頭が良く、更にはリーダーにとって必要である多数の人望、そして何より皆を引っ張る牽引力。まさにTHE主人公と言って過言ではない存在。というか、何でそんな存在が俺の友達だったのか理解出来ないな......俺も実際主人公紛いなこと
はしてるが......これからはこいつが主人公するからな。だから俺はここの美少女達の気持ちを考えて、鈍感系主人公まっしぐらな優真を俺が更正させるぜ......これは使命。脇役としての使命なんだ!
と、駿は決意を固めて、口を開いた。
「優真」
「何だよ」
「お前モテてるんだわ」
「は?」
「だからさ......お前、モテてるんだよ」
「え?」
「......は?」
駿はその後も困惑しながら、優真に真実(モテている)を連呼した。
しかし───
「よく聞こえないぞ......?」
と、悪びれる様子もなく、逆に嘘も感じさせない自然体でそう聞き返し続ける優真。
はっきりと声に発しているはずだ。
だが優真は聞き返すばかり。
何かがおかしい。
こいつ......演技してるのか? それとも本当なのか? どっちにしてもうぜえ!
「あの聞こえます? 聞こえるよな? いや聞こえてんだろ!?」
「あ、あぁ......聞こえるぞ」
「じゃあもう一回言うぞ? お前モテてんだよ。気付いてなかったのか?」
「......そうなの? 初耳だわそんなん」
「聞こえてたんならもっと早く反応しろや......」
「いや......言葉を疑ったから......」
なるほど......モテてる自覚は無しと......あーやばいな。とことんうざくなってきたわー
「まぁとりあえず言っとくぞ? 多分だがクラスの女子8割がお前に好意を抱いてる」
「は......? 俺みたいな奴を?」
「あぁそうだ。お前みたいな奴がモテるんだ」
「ふーん..................いや、いやいやっ! いきなり言われても実感湧かねーわっ!」
「じゃあ二つ聞くが、お前女子に放課後どこか個人で呼ばれて告白されたこと何回あるんだ? そして、LINEで『好きです』って打たれたこと何回あるんだ?」
「え? ......両方結構多かったから覚えてないけど?」
「なんっでそこで実感湧かなかったんだよぅっ......!」
駿は目の前に居る格上な相手に、迫ってくる劣等感に耐えながら、そう嘆く。
こいつマジかよ......ほんっとにこいつマジかよぉ!
こんなやつに振られた人本当に同情するわ......と、虫を見るような目で優真を一瞥する。
「実感? モテてるっていうの? 湧くか普通?」
「湧くわっ! 誰しも湧いてしまうわっ! だってお前思わなかったのか? 『何回も女子から好きって言われて......あ、俺もしかしてモテ期キタんじゃね?』とか!」
「いや、なんか女友達から好きって言われたから友達として好きなのかなーって思ってたぞ? うーん......好きって言われても実感わかないからとりあえずごめんなさいって......」
「何ですかそれ? 女子は皆友達っていうことですか? なんだそれくそ羨ましいやんけっ! はぁぁぁ............駄目だこいつ。そんな理由で......可哀想! 告白する勇気をっ......」
「は?何いってんのおまえ?」
「いやこっちが『は?』だから! 『何いってんのおまえ?』だからっ!」
「......?」
「いいか? お前のその理由、全て間違ってるからな?」
「ほーん......じゃあ正しく振れる理由を教えろや」
「正しく振れる理由こそあってはいけないと思うがまぁ良い。マシだと思う理由を教えてやるよ」
「さっさと申せ」
「お前はおじ○る丸か......まぁあれだな。セオリーというか大半の告白されて振る理由といえば『好きな人がいるから』とか、『付き合う気がないから』とかだな」
「なんだよ。当たり前な理由じゃねえか」
「なんだよ。当たり前な理由じゃないやつに言われたくねぇよ。てかお前の『友達から好きって言われたから友達として好きだと思って実感湧かなかったからとりあえず振った』っていう理由ってさ......そこで友達として好きって言われてると思ってたなら何で振るのかね? 友達としても最低だぞ! というか『とりあえず』とかアホか!」
「え? だって適当に頷いたらあとでどんな目に遭うかわかんねえもん」
「お前は告白をなんだと思ってる......なんかの罰ゲームなのかそれは!?」
「そうなのか?」
「ちげぇよっ!? 寧ろご褒美だよっ!?」
「......知らん。まぁあれだな......恋って難しいんだな」
「勝手に終わらさないでくれますかね? というか終わらせ方すげえ雑いしウザいなっ!」
「───近藤君! ここ入ってみようよ!」
そんな討論(?)をしていると、前からそんな声が掛かってきた。
「ん? 安藤さんか......えっと......」
どうやら次に入る場所が決まったみたいだ。
夕香が指している方向に目を向けると、そこには他の建造物とは違う素材を使った店があった。
他の民家や店舗は骨組みは丈夫な木を使い、他は煉瓦や焼石を使用している。
しかし、その店の素材は主に丸太や木を中心的に使っており、世間で言えばログハウスと言った類いの建物だ。
木を中心的に使っているため何処かナチュラルに感じ、リラックスできそうに思えた。
おお......雰囲気が良いし......喫茶店かな? 気楽に過ごせそうだな
「多分カフェか何かだと思うんだけど......どうかな?」
そう思っていると、夕香は皆にそう微笑んで首を傾げた。
すると、伽凛が笑顔で応える。
「私は賛成! 近藤君はどうかな?」
「......っ」
うわ......ヤバイっ
駿に向かって正に純心無垢な笑みを浮かべた伽凛に、思わず胸が跳ねた。
うんっ......伽凛さん。あなたはもしかして不意討ちが得意なのかなっ? あーやべ。女神が俺に向かって笑ってくれたぞ。これはもう何かしらの加護が付いたに違いないわ
そんなことを思いながら、返答する。
「俺も良いと思う。てか選ばなくても良いでしょ。どうせ皆が一緒だし、楽しいから」
「だな。行こうぜ!」
「いこいこー」
「うん」
駿がそう言うと総じて他の皆は頷き、夕香が選んだ喫茶店に入ることにした。
= = = = = =
───チリンチリン
と、扉を開けると、来客が来たのを知らせるための装置なのか、扉にくくりつけられている鈴が音を響かせた。
おおー......この世界にもこういうのあるんだな
駿は皆が入り終わったため、ドアノブから手を離しながら、最後に入店する。
「良い雰囲気だね」
「そうだな」
店内はイメージ通り、木製の机と椅子が並べられている。
ファミレスを思わせるような風景だ。
結構盛況のようだ。
「ふふん......」
夕香は自分が選んだ店なため、どこか自慢げに胸を張る。
と、そこに
「いらっしゃいませ。六名様でよろしいでしょうか?」
と、店員が話しかけてきた。
「はい。えと......空いてますかね?」
「空いてますよ。こちらになります」
そういわれ、店員に近くの大机に案内された。
「それではご注文をどうぞ」
「うーん......俺は水で良いか」
「じゃあ俺、サリネジュースで」
───サリネの実は駿達からするとオレンジのような味がする実である。オレンジのようなとはいっても、特有の酸味が少々物足りない。しかし、甘味が増している。男女間に人気であるポピュラーなジュースだ。
「じゃあ私はアルツープジュースで」
「私もー」
夕香と希がそう注文した。
───アルツープとは以前にも駿が食べたことがある果実だ。駿達からすると葡萄に近い味だそうだ。甘味より酸味が多い味だ。酒の原料にも使われるため栽培すれば手っ取り早く収入が手に入るという話をちらほらと城で駿が聞いたそうだ。こちらも男女間に人気なジュースだ。
「私はねー......うーん......やっぱ水でいいや」
「私も。ちょっと歩き疲れちゃった......はは」
伽凛と三波も駿と同じようで喉が渇いてたらしい。
六人からの注文を聞き取り、しっかりとメモに書き写した店員は確認に入った。
「はい、水が三つ、アルツープジュースが二つ、サリネジュースが一つで宜しいでしょうか?」
「それで大丈夫です」
「それでは少々お待ちください」
店員はそう言い残し、後にする。
「俺、トイレ行ってくる。先に飲んでても構わないから」
「あ、そう。行ってら」
「なるべく早くねー」
皆にそう笑顔で告げると、店員と同様に後にするのだった。
= = = = = =
「ユカ。本当か?」
”はい。先程からマスターを中心に背後から監視......いや、付け狙っている者が三人にいます”
「......」
一体だれだ......?
駿は今、トイレではなく大通りに来ていた。
隠蔽のスキルを使い、こっそりと来た次第だ。
理由は喫茶店に入る前に、ユカからの一言だった。
────”マスター。背後から殺気を感じました”
こう言われたのだ。
殺気とあらば不味いと、そう思った駿は一旦正体だけでも確認しようとするつもりで外に出てきた訳だ。
「そいつらは今も狙ってるか?」
”はい。しかも結構近いです......
「マジか......」
何かしたのか? 俺......
そうは思ったが、身に覚えが無いわけではなかった。
「......ユカ。もしかしたら屋敷での一件が関係したりしてるのかな?」
そう。
屋敷襲撃を失敗に終わらせた原因は間違いなくアリシアと駿の二人だろう。
ほぼ全員をアリシアが無力化し、駿はアリシアが来るまでの時間稼ぎをしたのだ。
無意識の内に戦術的には大成功し、圧倒的数的不利の中、見事勝利を勝ち取った。
そのため、相手からは相当な力量を持つ二人としてピックアップされている事だろう。
屋敷襲撃の目的は未だ分からないものの、将来的にも成功率を上げるために早めに消したいと思っているはずである。
しかし、消すと言っても一人は王国最強に次ぐ実力を持つ彼(か)のアリシア・レイスだ。
倒すための戦力を集めるには時間がかかるだろう。
だからもう片方の一人である───
「この俺なんじゃね?」
”いえ、それはないでしょう。確かにそう思えてくるのは自然ですが”
しかし、ユカは否定する。
「なんで?」
”未熟だからですよ。尾行するにしても、身のこなしや常に相手を視界に入れられ、かつ気付かれない位置を選定しなければ気付かれてしまいます。まだマスターは未熟ですから今回は気づけなかったのでしょうが、マスターが力を付けた一ヶ月後に今回と同じ尾行をされればすぐに気付くことが出来ましょう。それほど、未熟な者達がマスターを狙っているのです。暗殺するにしても実力が未知数のマスターには相当な手練れを送ってくるはずです”
「うーん......でも戦闘面は達人級かも」
”有り得ませんね。全ての動きが素人同然ですから。ろくに訓練も受けてないのでしょう”
「......」
へ? じゃあ誰だよ。あの屋敷襲撃の組織ぐらいしか因縁て言うか知らないけどそういう関わり持ってないぞ?
”マスター。この人混みをよく見れば正体が分かりますよ。......やはり素人同然ですね。動きが甘いです”
「え? 人混み?」
大通りを行き交う人混み。
普通はそこから尾行している人を見つけることは不可能近いだろう。
しかし
「あれ......?」
不思議と、左斜め後ろから何か感じ、心が押し付けられ、身の毛がよだつ。
これ......何だろう?
その疑問にユカがすぐ答えてくれた。
”それが、殺気です”
「さ、殺気っすか......」
殺そうとしてるのか? いや、確か屋敷で戦ってる時にも常にこの感覚があったわ......
恐る恐る、視線を感じた方向、左斜め後ろの方向に振り向くと、直ぐに分かった。
ずっとこちらを見ている顔だ。
それは直ぐに分かってしまうだろう。
「あいつ......どこかで......」
その顔に見覚えがある。
見る限り、転移者である日本人。
見覚えがあるだけなら、知ってるだけの存在だろう。
だが何故だろうか
───こんなにも怒りを覚えるのは。
「あいつ......」
”マスター。知ってる方ですか?”
「......知ってるけど。知らない......だけど知ってる」
”なるほど......ということは記憶の片隅にある人物ということでしょうか?”
「そういうこと────っ!」
また視線を感じた。
振り向けば、顔は明らかに違うのに、同じように怒りを覚える。
まただ......なんなんだこいつら
”......転移者ですか?”
「そう......だな。同じ日本人だ」
”何かあちらの世界であったのではないでしょうか?”
「あぁ......確かにあった気がする───っ! 又だ」
また視線を感じた。
振り向けば、知ってるか知らないか分からないものの、やはり怒りを覚えてしまう顔だ。
「三人組で一人を殺そうとかいじめかよ......」
”いじめ......ですか”
「そうそう。いじめ..................」
......いじめ? ......三人組? ............まさか
”どうかしましたか?”
急に黙り込んだ駿に、ユカは小首を傾げる。
”......マスター?”
「............そうか。そういうことか......また俺を」
”はい? どういうことですか?”
「いや、気にしなくて良い。こっちの話だ。ユカ、戻るぞ」
”戻るんですか?”
「あぁ......ちょっとな」
駿はそれ以降、返事を待つように口を禁いだ。
ユカは変になった駿の様子の原因が分からないままに頷き、喫茶店に再び戻ることにした。
「───潰す」
”......?”
大通りを後にするとき、駿がボソッと呟いたその一言の真意をユカはまた分からなかった