進級と訓練3
戻ってきたオーガストとパトリックに、場は少し騒然となる。
「ただいま戻りました父様、母様!」
「おかえりなさいパトリック。それにオーガスト」
「おかえりパトリック。オーガスト君もありがとう」
駆け寄るパトリックを、ジャニュとウィリアムが温かく迎える。
「それにしても、随分と強くなったわね」
強さの指標となるモノには幾つかある。その内の一つに、内包魔力の量というものがあるが、それはその者が内に秘めたる魔力量を魔力視で視た場合に、どれだけ濃い魔力を感知できるかで判断される基準だ。
更に魔力の操作に長けた者であれば、魔力を体内でしっかりと循環させられるので、魔力視でもはっきりとその姿形が視認出来るようになる。
しかし、この眼をオーガストに向けた場合、魔力はほとんど映らない。それは内包魔力量が乏しいからであるが、もし中身がオーガストではなくジュライであれば、同様の結果が出ても、それは欺騙魔法を用いているのと、魔力操作を徹底的に行っている影響であった。しかし、ジュライ本人は気がついていないが、視る者によっては、それがあまりにも不自然にしか視えないのだった。
そして現在のパトリックは、周囲に漏れる事ない濃い魔力が、はっきりと幼い人の形を取っている様に視えた。それが示すモノは、内に秘める膨大な魔力を完璧に魔力操作出来ているという事。そんな人間が弱い訳がない。
オーガストが最初に言っていた様に、現在のパトリックの推定の強さは、内包魔力量的にみれば、ジャニュとほぼ同等であった。それ故に、その部屋に居た実力者達は、皆その成長に目を見張った。
ただし、実際の強さには魔法を創造する技術や立ち回り方など様々な要素が絡むので、内包魔力量だけで実際の強さを評価できる訳ではなく、あくまでも強さを構成する一つでしかない。それでも魔力量が多いのは、それだけで脅威である事には変わりはない。
「先生が色々と御指導してくださいましたから!」
パトリックはキラキラと顔を輝かせて二人を見上げる。
「そう。流石はオーガストだわね。・・・あら?」
それに微笑みながらそう返したジャニュは、そこでパトリックが手にしている物に気がつき、声を上げた。
「それはどうしたの?」
ジャニュの視線を追ったパトリックは、自分の手にしている羽に目が向いていることに気がつき、ジャニュに顔を戻す。
「先生に頂きました!」
「オーガストに?」
ジャニュの視線が自分へと向いた事に気がついたオーガストは、どうでもいいような口調で言葉を返す。
「玩具ですよ」
「玩具?」
「ええ。玩具です」
「どんな玩具なの?」
「直に判る日が訪れますよ」
そう答えるだけで、オーガストは詳しい事を離そうとはしない。
「それでは用も済んだ事ですし、僕はもう帰りますね」
「そんな急がなくても――」
「それでは」
ジャニュは慌ててオーガストを止めようと声を出すも、オーガストはそれを聞かずにその場から姿を消した。
「残念。行ってしまったわ」
先程までオーガストが立っていた場所に、ジャニュの落ち込んだ声が届く。
「しかし、本当にオーガスト君は凄いな!」
パトリックの頭を撫でたウィリアムは、心底感心した声を出した。
「ええ。本当に」
少し前まで、その弱さを陰で嘆かれていたような少年が、今では内包魔力量だけでは、最強位と肩を並べるほどに成長したのだ。それもたった二回の指導だけで。それに驚かない者は居ないだろう。特に弱い頃の少年を知っている者であれば尚の事だ。
「先生は本当に凄い方ですから!」
それにパトリックが自慢するように胸を張る。
「ふふ、そうね。でも、もう会えないかもしれないわね」
パトリックに指導する前にオーガストから言われた事を思い出したジャニュは、慰めるようにパトリックの頭を優しく撫でながら、寂しそうにそう口にする。
「大丈夫ですか? 母様」
そんなジャニュに、パトリックは心配そうに声を掛けた。
「ええ、私は大丈夫よ。パトリックは大丈夫? 寂しくない?」
「はい。大丈夫です!」
「そう?」
元気なパトリックに、ジャニュは不思議そうな顔を向ける。随分とオーガストに懐いていたと思っていたが、それにしては気落ちした様子はみられないな、と。
「それで、その羽はどんな玩具なんだい?」
屈んでパトリックに視線を合わせたウィリアムは、パトリックが手にしている羽を指差し、問い掛ける。
「これは・・・まだ秘密ですが、先生が兵士に教練を施す際の補助として、ぼくにくださったものです!」
「補助?」
「はい!」
「・・・そうか。それは楽しみだな」
ウィリアムはオーガストが与えたというその羽が気にはなったが、パトリックの纏っている、とっておきの秘密を楽しむ様なわくわくしている雰囲気に、その時が来るのを大人しく待つ事にしたのだった。
◆
「ふぅ」
オーガストがワイズ家から転移した先は北門の駐屯地近くではなく、少し前までパトリックに指導していた平原であった。
「そろそろ、この身体を動かす感覚にも慣れなければいけないな」
長いことジュライに任せたまま、最近までろくに表に出ていなかっただけに、その間に身体が成長したせいか、未だに動かすのに若干の違和感があった。そんな身体に目を落とすと、オーガストは手を閉じたり開いたり、腕や足を上げたり下げたり、身体を捻ったりと動かしていく。
「・・・流石に動かす感覚は大分馴染んできたが、魔力の制御には不安が残るな。しかし、何とか周囲に合わせる調節の方は済んだが、まさか限界まで抑えなければならないとは思わなかった。・・・幾度も調節していたのだが、想像以上に僕の物差しは変わっていたのだな」
周囲に眼を向けたオーガストは、魔力制御の調整を行う為に、幾つも魔法を創造しては、それを分解していく。
星空の下、暫くそんな事をやっていたオーガストは、不意に手を止めると、平原の彼方へと眼を向ける。
「ああ、もう来たのか。意外と早かったな」
眼を向けた先で捉えた反応に、オーガストは小さくそう呟いた。
◆
「ん~~」
朝になり、ボクは目を覚ます。
昨日ジャニュ姉さんのところで過ごした一日の事は、兄さんと交代していたのでほとんど分からないが、駐屯地前で兄さんと交代したのが朝になる直前であった。
それから自室に戻り就寝したが、睡眠時間は僅かだ。それでも、まあ十分ではあるが。
ボクはベッドから降りると、静かに朝の支度を始める。その時に兄さんから昨日の話を簡単に聞かされた。どうやら、姉さんの息子であるパトリックに指導して帰ってきただけらしい。そして、今後ジャニュ姉さんから今回の様な呼び出しは来ないだろうとも付け加えられた。どうやら兄さんがジャニュ姉さんに何か言ったらしいが、ボクとしては有難い事だ。あまり行きたい場所ではないのだから。
そんな話を聞いている内に朝の支度を終えたので、食堂で朝食を食べて宿舎を出る。今日からまた見回りだ。
北門前に移動すると、何時ぞやの女性の部隊長が待っていた。
「おや、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
「相変わらず早いな。感心感心」
ボクが合流すると、女性部隊長はそう言って小さく笑う。
そんな女性部隊長はさておいて、その隣に立っていたもう一人の部隊長である、柔和な雰囲気の男性へも挨拶をした。
二人の部隊長に挨拶を終えると、ボクより先に来ていた二人の部隊員の兵士に挨拶を行う。
一人はとても背の高い細身の女性兵士で、身長は二メートルを超えているかもしれない。表情豊かで、人懐っこい笑みで挨拶をしてくれた。
もう一人も背が高く、身長百八十センチメートルを超えているとは思うが、隣の女性兵士と並んでいるせいで、どうしても背が低く見えてしまう。そんな男性兵士は、気難しそうというか、退屈そうな表情をしているが、それでもしっかりと挨拶を返してくれる。
そんな四人と暫く言葉を交わしていると、残りの五人が合流する。五人は生徒で、同じパーティーメンバーらしい。
五人はジーニアス魔法学園の生徒ではないが、見た感じ、背丈というか雰囲気は、ジーニアス魔法学園の生徒でいうところの二年生から三年生辺りであろうか。合流して挨拶した印象としては、五人共にとても明るく、社交性が高い様に思えた。
全員揃ったところでボク達は防壁上に移動し、見回りを始める。
女性部隊長を先頭に、一列になって見回りを行う。
ボクは女性部隊長の部隊に組み込まれたので、前の部隊の一員として歩いている。思えば、前の部隊に組み込まれるのは、今まであまりなかったので、珍しい。
とはいえ、前だからといって何かが変わるかといえば、何も変わらない。やる事は同じだし、当たり前だが景色だって変わらない。なので、特に変化がある訳でもなかった。
最近は平原も活気に満ちてきたものの、それでもしっかりと警邏や討伐は行われているので、大結界近くは平和なものだ。たまに何かが近づいてくる事は在るものの、侵入しようと攻撃してくる敵は、北の平原ではそこまで多くはない。人間界の魔力が薄いのもあるが、大結界の先には特に得るモノが無いというのも理由だろう。防壁を越えればそれなりに色々あるが、そこまでして手に入れたいモノは・・・残念ながらないのだろう。その辺りは、森や平原で十分間に合っているだろうし。
それでも全く居ない訳ではないので、大結界に近づく敵性生物は要注意対象なのは変わらないが。
目を皿のようにしてというほどではないが、それなりに注意深く警戒する。しかし、肉眼も大事だが、それ以上に魔力視の方が重要だ。ただし、それで見極められるぐらいの練度は必要になってくる。まぁ、薄い魔力の中で動く敵性生物は、非常に判りやすいのだが。
現在の平原の様子を防壁上から視た感じ、大結界から離れたところに敵性生物がそこそこ確認出来る。少し前まではほとんど居なかったので、大分増えたことになる。それは緊張感も増す訳だ。
見回りを行い西側へと進んでいく。動く反応は在るものの、大結界に少し近づいては、別の方角に移動するので、今回はまだ足止めを受けていない。このまま何事もなく終わるのが理想だ。正直、警固任務は退屈なんだよな。
ちょっと前までよりも気温は下がったが、それでも太陽の下を歩くにはまだ少し暑い。しかし、魔法を使用する必要性はほぼ無くなったので、現在は活動するにはいい気候と言えよう。それでも、そう経たずに寒くなってくるが。
「・・・・・・」
そこでふと思い出す。まだ先ではあるが、そう待たずにボクはまた一つ年を取るのか。十五でジーニアス魔法学園に入学させられ、もうすぐ十七。長かったが、まだ卒業まで半分もいっていないのだから、本気で泣きたい。この調子では、卒業した頃には二十は余裕で超えるな・・・せめてもう少し早く入学したかったが、ハンバーグ公国の成人が十五からなのでしょうがない。
ジーニアス魔法学園は基本的に誰でも受け入れるが、入学しやすいのは成人した者だ。理由はとても簡単で、成人すれば大抵のことは自己責任となるから。なので、未成年が入学するには各種様々な手続きが必要になり、面倒なのだ。
成人の年齢は国によって違う。ハンバーグ公国よりも成年の年齢が下の国もあれば、上の国もある。そして、ジーニアス魔法学園の定める成人は、その生徒が所属する国に準規している。
故に、ボクの場合は十五歳だったのだ。
勿論、他の学園の中には、未成年でも簡単に入学できる学園はあるが、そういうところは危険が少なく、直ぐ卒業できたりする。羨ましい限りではあるが、その分ジーニアス魔法学園よりも格が数段落ちてしまう。
とはいえ、大抵未成年の内にそういうところで基礎を学んでから、ジーニアス魔法学園などの上の学園に入学していくので、その段階で格を気にする必要はない。
まぁ、ボクはいきなりジーニアス魔法学園に入れられたが、それについては今更ながらに少し思うところがあった。何せ、他の兄弟は事前にそういうところに通っていた覚えがあるからだ。では、何故ボクだけいきなりジーニアス魔法学園に放り込まれたのだろうか? 昔の記憶がほとんど無い、もしくはひどく曖昧なので、それに対する答えは持ち合わせていないが、きっと大した理由は無いのだろう。いくら考えても答えが出ないので、そう思う事にしておくか。
防壁上からの見回りも、昼になると近くの詰め所で休息を取る。そのついでに、必要ならば各自昼食を食べるのだが、ボクは昼食は要らないので、何も持ってきていない。
いつも通り窓の外に目を向ける。そこに広がるのは、何度この景色を見ただろうか? と思うほどに、見慣れた景色だ。勿論季節によって景色は移ろうが、それでももう、同じにしか見えなくなってきていた。感動も、新鮮さも、とうに消え失せている。
そんな灰色の世界でも、これが今生きている世界だ。今はまだここから抜け出すには時期が早い。その為、平原ではなく森へと眼を向ける。
少々索敵範囲を拡げなければならないが、その分後方などの別の部分を狭めたり、拡げる範囲を限定したりすれば、労力は僅かだ。この辺りも着実に成長しているのだろう。
森の中は、変異種や幽霊が居た頃に比べれば、随分と活気に満ちている。これが、この森の本来あるべき姿なのだろう。
森の浅い部分には、平原でよく見かけるネズミやイモムシ、犬などの弱い魔物や敵性生物の姿が多い。やはり、魔眼持ちのニワトリやジャイアントスコーピオンなどの危険生物は、本来平原どころか、森の浅い部分にも生息していない生き物なのだろう。森の浅い部分では全く見かけない。
そのまま平原へと眼を移すと、こちらは森の浅い部分に居たのと同種ながらも、劣っている存在が多い。生存競争に負けたという事なのか、それとも、あの辺りに何か餌でもあるのだろうか? もしくは新天地を求めて? ・・・これは生存競争に負けた、というのにもつながる考えか。
そういう弱めの敵性生物が多いので、未熟な生徒達でも何とかなっている。それでも怪我する生徒は多いし、たとえ監督役が付いていても、命を落とす時は、呆気なく命を落とすものだ。それもまた経験なのだろう。
人はいつか死ぬというのは、二年生の時に直ぐに経験したが、あまり経験したいモノではない。だから、外に出るようになってから、学園を去っていく生徒も更に増えていくし、中には心を病む生徒も居る。本当に、人間世界を護っている魔法使いという存在は、難儀なものだ。
一度窓の外に向けていた目を、平原から詰め所内に戻す。
現在は昼食が終わり、食休み中のようだ。その間に掃除をしている者も居るから、出立は直ぐになる事だろう。なので、それまで少し脳を休ませる事にする。
そして休みを終えて出立となり、詰め所の外で整列を済ませると、見回りを再開した。
基本的に、外に目を向けながら歩いているだけなので、相変わらず防壁上の警固任務は退屈ではあるが、それでも平原での警邏よりはマシだろう。あんな警戒しっぱなしなうえに戦闘だらけの職場など、経験は積めても、ボクは御免蒙りたい。こちらは楽をしたいのだ。それでも楽をするのと、退屈するのでは違うのだが。
本日は何も無いままに日が暮れて、手近な詰め所で一泊する事となった。皆が寝る中、ボクは独り、広間から暗い平原へと目を投じる。
室内の薄暗さに比べても、外は暗い世界である。当然の様に窓に映る自分の姿越しに、外を漫然と眺める。そうしていると、世界に自分が溶けていくような心地よさがこの身を満たしていく。・・・のだが。
「ッ!!」
不意に、その闇にいつぞ遭遇した死の化身の姿が浮かび、思わず立ち上がりそうになった。
「・・・疲れているのかな?」
しかし、そこには何も居ない。幻影の類いではあるが、どうやらあの時の恐怖は、ボクの心の奥底にまで刻まれているらしい。
大きく息を吐くと、気持ちを落ち着ける。こういう時は、誰かと話をして気を紛らわすに限るだろう。
さて、誰に声を掛けてみようか。フェンは現在ボクの影から離れているので、候補はプラタ・シトリー・セルパンの三人。プラタとはよく話をするので、たまにはシトリーに繋いでみようかな。三人と一緒に会話をしてもいいが、それは今度でいいや。
『シトリー』
『どったのー? ジュライ様!』
呼びかけると、直ぐに元気な声が返ってくる。
『今時間いい?』
『いいよー!』
喋っても問題なさそうなので、会話をすることにする。とはいえ、何を話そう。とりあえず、現状の確認からかな。
『最近どう? あれから何か判った?』
『なーんにも。あの女が何処に居るのかさえも分からないもん』
『プラタでも?』
『うん。急に消えたっきりで、プラタの方でも居場所が掴めないんだよね』
『なるほど。幽霊の方はどうなっているの?』
『あっちは好き放題やっているけれど、まだ砂漠に居るねー』
『そうなんだ。思ったよりも長く居るね』
『うん。今は砂漠に暮らしている異形種達を次々と襲っては、殲滅していってるね』
『・・・・・・』
『砂漠の生き物も減ってはいるけれど、それよりも、あの辺りの異形種はもの凄い勢いで減っていってるね。それでも、あれは絶滅まではしないだろうけれど』
異形種の繁殖速度は異常に速い。人間と同じように胎内で嬰児を育てるも、胎内に居る期間は三日ほどらしい。産まれた後に成人するまでにも、同じぐらいだと聞いている。それでいて、一度に生まれてくるのは、最低でも五人らしい。まあどこまでが事実かはしらないけれど、数の多さを考えれば、あながち間違いとも言えないだろう。
『うーん。それでも住処の数が減るし、砂漠から何処かに移住するかもしれないよね?』
『そだね』
『そうなったら、幽霊はどうするんだろうか?』
『うーーん・・・追いかけるかも?』
『もし異形種に固執しているのであれば、そうなるよね』
そうなったら、荒野の方にでも移動するのかな? どうなんだろうか。
もしくは、森の中に別の獲物を求めて移動するとか? 森の外の様子はよく知らないが、砂漠のすぐ北側には魔族の国が在るのかな? とにかくどれも面倒ではあるが、こちら側に来るのだけはやめてほしいな。
『というか、幽霊はそんなに狩って何がしたいんだろう? ここまでくると、遊びにしても何か意志的なモノを感じるんだが』
『うーん。何だろう? 普通に倒したからって魔力を吸収できる訳でもないし、私は、愉しいのかなー? ぐらいにしか思わないけれど』
『そう? 聞いた限りではあるけれど、何かこう、目的があるような感じがするんだよね』
『それは私には分からないけれど、ジュライ様がそう言うのであれば、そうなのかもね。その辺りも調べてみるよ』
『ありがとう。よろしくね』
『任せといてー。でも、分かるかどうかは別だけれど』
『うん。何か分かった時は教えてね』
ボクでは限界がある。というか、ろくに世界の眼が使えないボクでは、大して情報は得られないだろう。
『はーい!』
さて、死の支配者の女性と幽霊の事は訊けたので、何か雑談でもしようかな。でも、何か話題はあったかな? ああ、そういえば。
『そういえば、少し前に兄さんが変異種を治したらしいけれど、シトリーはその様子を見てたの?』
『うん! 離れたところからだったけれど、あれは凄かったよ!!』
勢い込んで話し出すシトリー。それだけ衝撃的だったのだろう。
『どうやったか分かった?』
『全く分からなかった! でも、そこには確かに悲願の形があったんだよ!!』
『そっか、そうだね』
到達点が見えているのと見えていないのでは全く違う。あるのかどうかも分からないモノを手探りで見つけていくというのは、正直熱意を維持するだけで大変な偉業である。
『おかげでね、いつかは私もあの域にまで達したいと思えたんだ! 正直長い間研究しても中々成果が出なかったから、ほとんど諦めてたんだ。だけれど、視点を変えればまだ希望があったのが嬉しいんだ!!』
それはどれだけ長い時間なのだろうか? 答えが分からない以上、正解かどうかも分からない歩みは、一体どれだけの不安に襲われたのだろうか? 残念ながら、もしくは幸いと言えばいいのか、ボクにはまだ分からない感覚だった。・・・兄さんは知っているのだろうか?
『視点を変えるのは難しいからね』
『そうなんだよね! なまじ結果が出ていただけに、どうしても固執してしまってたんだー』
『なるほどね。ボクもその瞬間を見られたらよかったんだけれどもな』
兄さんと交代している間、ボクは外の様子が見られない。何度も試してみたが、何もできなかった。その間に出来ることは、魔法の訓練ぐらいか。それはそれで有意義な時間なのだが、今回の様な事があるので、外の様子が分かるようにはしておきたい。交代の間に何があったのかも分かるし。
『ジュライ様は、オーガスト様と交代している間に起こった事は分からないんだっけー?』
『そうだよ。その間は意識は内に向いていて、外へは干渉できないんだ』
『へぇー、そうなんだー』
『兄さんの場合は、交代していても外の様子が分かるみたいだけれど』
『流石だねー』
『ね。どうやっているのかボクも知りたいよ』
あの内側の世界で色々試してみたものの、何も起きなかったのだ。例えば遠くまで魔法を放ってみたが、視えなくなるまで飛んでいっただけで何も起きなかったし、何処かに魔力の糸を飛ばす事も叶わなかった。
探知してみても、周囲には何も無ければ誰も居ない。あるのは何処までも続く草原のみ。世界の眼も向けようとしたが、周囲に満ちているのが実際の魔力ではないからか、上手くいかなかった。他にも考えつくままに色々試してみたものの、どれも結果は同じ。
移動もしてみたが、あの世界は草原しかないかのように草しか見当たらない。世界の端の様なモノも無かったので、無限に続いているのだろうか? そんなはずはないだろうが、精神世界であれば、何でもありな感じもするんだよな。
『そういえば、この前もオーガスト様と交代してたね!』
『うん。約一日交代してたね』
思えば、ボクが記憶を取り戻してからというもの、あれ程長く交代した事はなかったな。その前は精々が一晩ぐらいだ。
『あの時、オーガスト様は何処に行かれたんだろうね?』
『ん? どういう事?』
『あの時ね、ジュライ様と交代した後、オーガスト様は少年を連れて何処かに転移されたんだけれども、直ぐに見失ったんだよ』
『見失った? プラタも?』
『うん。再度帰ってこられるまで、どこを探しても見当たらなかったんだ』
『その一緒に転移した少年は多分パトリックだから、パトリックに指導をしていたとは聞いたけれど・・・何処に行ってたんだろう?』
兄さんは得体が知れないというか、底が知れない存在だ。それ故に、何をしても驚きはしないが、それにしても、何処に行ってたんだろう? パトリックを連れていたから、危ない場所ではないと思うが。
『それに』
『ん?』
『指導をされた後、ジュライ様と交代するまでの少しの間、何をしていらしたんだろうね?』
『え? それはどういう事?』
『あの家から転移した後、一度オーガスト様のお姿を見失ったんだよ』
シトリーが教えてくれた内容は、初めて聞く内容であった。元より兄さんからは端的な説明しかされていないが、それでも、その事については初耳だった。
『それから程なくしてお姿を確認したんだけれど、直ぐにジュライ様と交代されたんだよね。まあそれは、その前と同じなんだけれども』
『その前? 変異種を治した時?』
『そう。あの時も少年と一緒に転移された後、何処に転移されたか分からなかったの』
『なるほど』
兄さんには謎が多い。しかし、何処に転移したんだろう? 少なくとも、人間界ではないのだろう。・・・ま、ボクが考えたところで答えが出る訳もないか。
『話は変わるけれど、兄さんが治して転移させた変異種は今どうしてるの?』
『あの変異種なら、魔物の国の首都で暮らしてるよ』
『そうなんだ』
『今は付加職人見習いとして修行してるね』
『付加職人って、魔物の国で需要はあるの?』
前にプラタに聞いた話では、魔物は気ままに暮らしていて、買い物なんてしないと聞いたが。
『あるよ。兵に支給しているからね』
『ああ、なるほど』
魔物でも防具で身を固められるし、種類によっては、武器を持つ事も出来る。
『それに、魔物の国には魔物しか居ない訳ではないよ』
『そうなの?』
『前に話した、庇護している竜人も軍に参加してるんだよ。首都に住み着いている竜人も居るし』
『ああ、なるほど』
『竜人以外にも幾つかの種族が暮らしているけれど、竜人ほど多くはないね』
人間界には人間ばかりだから、様々な種族が一緒に暮らしているというのは、正直想像し難い。しかし、それはとても面白そうではあるな。
『そういった種族も付加品を買い求めたりするんだよ。首都ではそういった相手に簡単な商店が存在するし』
『なるほどね』
そういえば、プラタも一部例外があると言っていたっけ。
『ついでに予備の戦闘員でもあるようだけれど、あの変異種は戦いを嫌ってるようだね。というより、もうこりごりって感じかな?』
『自我を失うまで暴れたからね』
『うん。それでも、あの変異種は存在が安定した変異種だから、普通の魔物よりは強いんだよね』
『だから予備?』
『そうだよ。兵士が足りなくなったり、首都が攻撃にあっりなどの緊急の場合には、兵役の義務を負う事になってるよ。その代り、それまでは好きにしていいことになってる。それと、どうやら首都には知り合いが居たみたいだね』
『そうなんだ』
『その伝手で付加職人見習いになれた訳だし』
『そういえば、魔物の国で造られている付加品の性能ってどんなものなの?』
『前にジュライ様が造られた魔法武器があったでしょう?』
『うん。あの付加武器ね』
『あれの水系統の魔法は、魔物の国でも高い性能の部類に入るけれど、総合評価は普通よりは良いぐらいだと思うから、優良ってところかな?』
『へぇー、魔物の国の技術は高いんだね』
あの付加武器は、人間の国では破格ぐらいの性能だし、プラタとシトリーの評では、人間界の外でも高性能らしいから、普通より少し良い程度なのは凄いものだ。そちらも一度見てみたいな。
『そうだよ! 魔力を扱う事に関しては、世界でもかなり上位だと思うよ! まぁ、流石に妖精には負けるんだけれどもさ』
『なるほど。魔物は魔力で出来ているもんね』
それで妖精は魔力を生み出し浄化している・・・だったか? それは妖精には負けるだろう。
『それでも、ジュライ様のその足に付けている魔法道具は、魔物の国でもかなりの高性能だからね?』
『そうなの?』
『そうだよ! 物理攻撃に強く、魔法を弾く。それもかなり上の階梯の魔法でさえ弾き返してしまうんだから、凄くない訳がないんだよ!!』
『そうなのか・・・』
張り切って創ったとはいえ、今ではこれ以上の品を創れるんだよな。
『そして、ジュライ様から貰ったこの腕輪! これは比較対象が存在しないぐらいの凄い品だからね!!』
『それは苦労したからね』
『・・・そんな感想しか出ないあたりが流石なんだよ』
『本当はもっと性能のいい物を創ろうとしたんだけれども・・・』
これは本当に残念だ。今後も研究は継続していくとしよう。
『もうね、言葉もないんだよ』
何故かまたシトリーに呆れられたな。何でだろうか? もっといい物を創ろうとしているだけなんだけれど・・・うーん・・・分からない。
『え、えっと、まぁ、うん。何か他のも創るよ』
『・・・そうだね、もうそれもある意味楽しみになってきたよ』
どうやら返答を間違えたようだ。だが口にした以上もう遅いので、何か別の話題は無いだろうか? そうだな。
『ああ、そういえば、プラタは今何してるの?』
『多分何処かに居ると思うよ。場所までは分からないけれど』
『そっか』
プラタとシトリーの普段の居場所も、何をしているのかもボクは知らないが、どうやら現在二人は別々に行動しているようだ。前もプラタがシトリーは何処かに行っていると言っていたが、行き先は不明だったし。
ならばまぁ、しょうがないか。では、次はどんな話題がいいのだろうか。話題作りは難しいな。うーん・・・。
そうやってボクが頭を悩ましていると、シトリーから声を掛けられた。
『ねぇ、ジュライ様』
『ん?』
『隣のその人はだあれ?』
『はい!?』
シトリーの言葉に驚いたボクは、慌てて窓に向けていた目を隣へと向けた。