『熾天使』
『何だよ、今の光は……!?』
合流地点までもうすぐ、と言うところで、ワルキュリオン三機の司会に天を貫く光が見えた。
『なんて綺麗なの…………それに、なんだか寒気のする光……』
「………………あの、」
アニエスは、その言葉を紡ぐまで時間が少しかかった。
『どうしたんすか!?ああ、漏らしちゃったんなら気にしませんって!』
『バーカ、デリカシーなさ過ぎよ。
で、本当に漏らしちゃった?』
「あの、違くて皆さん、予定変更、です…………その……
このまま、三機だけで脱出ルートへ行きます」
やはりと言うか、2機のワルキュリオンは足を止めた。
『……レッド4、よく聞こえなかったわ。もう一度。』
『どういうことですか、上級少尉?』
「……レッド試験小隊、レッド2、3、4は、合流をせずにこの場より離脱せよ。
隊長命令だそうです」
『はぁ!?聞けないわよそんな』
「最後の」
恐らくは、階級の都合上自分に送るべきだと判断された電報文、そして、二人は気づいていない事実に、
「最後の…………命令です……」
………嫌な予想を漏らす。
『……は?
待って、最後って、あんた、それって……』
「……光の直後、レッド1が、『GPS』から消えました。
あたり一帯の『装置』も粉砕されたようです、レッド5の安否は不明。
……無線じゃなくって、電文なのが最後まで隊長らしいですね…………」
いう半ばで、走り出そうとしたリナリアの機体を、ロビン機が抑える。
『……離してよ』
『聞こえなかったんすか?
すぐこの場を離脱、方向はあっち』
『は?逃げるの?あのバカ隊長を放っておいて』
『〜ッ、聞こえなかったんすか……?
隊長は、多分死』
『分かるわけないでしょう!?!
あのボンクラが!!運だけはいいヘラヘラニヤケ顔無能パイロットが、そんな簡単に』
『そのボンクラからの最後の命令だっつってんでしょうがよぉ!?!?!』
お互い、荒くなった息を切らすのが無線で聞こえる。
アニエスは、いたたまれない気持ちだった…………
顔も見えない二人が今、何を考えているか分かったから。
『…………何よ……無能なら無能らしく最後まで逃げればいいのに…………そんなこともできないヘボパイロットだったのアンタ…………』
『…………チッ………………ヤダヤダ…………俺がアンタのたいそう立派なご実家に挨拶しろって事ですかよ、クソッ!』
散々な言われようだが、誰も彼もがマービス・ビルという隊長を慕っていた。
なぜクリスタリオンパイロットなのか、それが一番謎の無能な彼は……
「…………隊長なら、マービス大尉ならこんな時、」
無線越しにアニエスは、精一杯の気持ちを込めて、言う。
「こんな時…………笑いながら、『良かったなお前達!これで生存率は跳ね上がったぞ!』って…………言う気がします…………」
ポタッ、と涙が落ちる。
アニエスは、霞む目をこすって進行方向へ向く。
「行きましょう……ガストンさんも生きていれば会えるはず…………う、グスッ……ごめんなさい、私……」
『良いっすよ!泣きましょうや!!俺も悪態つきまくる許可を!!
クソがっ!!アンタに貸した20ゴールドル帰ってきてないぞ!!!タバコ買ってやるからとか言って、貰ってねぇのに!!!
……う、ぐぅ……こんな唐突に死ぬなよバカが…………死ぬ前にもう一回ポーカーでカモらせろクソッ……クソォ!!!』
誰もその無線機から漏れる言葉を諌めない、諌められない。
一人死んだ。言葉にすればなんて簡素な出来事だ。
それだけでも3人の人間が深く悲しむのに……
『おい、ガストン爺!テメェは行きてるんだろうな!?
何があった!せめて報告しろ!!』
安否確認も含めて、どうにもならなかったやるせなさを広域無線で飛ばす。
瞬間、何かがこちらに飛んで来る。
「!?」
直撃しそうだったロビン機が反射で跳躍し、中でも一歩遅れて本人がそれを見る。
白い装甲はあちこち焼け焦げ、手足は全て引きちぎられ、潰されている。
だが、肩のナンバーは残っている。
ガストン機、レッド5ワルキュリオン。
見間違う訳がない。
「爺さん!?」
『━━━━すまん、ここまでじゃて』
直後、真下を光の奔流(ほんりゅう)が包み込む。
「━━━━ッ!?」
ガストン爺さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッッッッ!!!!!!
クリスタリオンの狭いコックピットを突き破るような激しい慟哭(どうこく)は、
だが、誰も彼もがそれを聞く余裕などない状況にかき消され、撹拌(かくはん)されて消えてしまう。
***
「あ……あぁ…………!?」
なんだ、コレは?
森は一瞬で炎に包まれた荒野に変わる。
光が薙ぎ払った物全てが焼き尽くされ破壊された…………
ワルキュリオンの機動力が無ければ、この命枯れ果てた大地に命を散らしていただろう。
━━━━ガストンとその機体の様に。
『何なのよ…………この有様(ありさま)は…………!?』
隣に着地したレッド2から、何の感情を込めればいいか分からない震えた声を出すリナリア。
「…………荷電魔力粒子(かでんまりょくりゅうし)…………」
『は……?』
アニエスは、恐怖に呑まれないよう、頭を働かせて、その単語を絞り出す。
「だ、大学で…………魔導師の授業で、可能性の話で出ていた技術で…………」
『なんなの?雷系の魔法とかではないはずよ?』
「ええ、魔術でも魔法でもない……
雷属性の魔石があるじゃないですか……アレ、普通の魔法に使うよりも、それ自体を崩壊させた方が威力がはるかに高いんです……!」
『常識じゃないのよ!爆弾の起爆にも使われている!』
「それにもし指向性を持たせたら?
光魔法みたいに一箇所に収束させて打ち出したら??」
一瞬で、リナリアは何が言いたいのかを理解する。
『……それだって言いたいの?』
「『荷電魔力粒子砲』は、私達の国家でも研究されているらしいとは聞いていたんですけど…………」
ズンッ!
焼け固まった地面を踏みしめ、異形が現れる。
「出力を支えられるだけのクリスタリオンがいたのも、実戦配備したのも、」
超巨大な身体を力強く進め、光る一つ目のような機関をこちらに向けて。
『彼方さんだったってわけ……!』
再び、光の奔流が雪崩(なだ)れ込む。
発車前に一瞬見える光を感知すればワルキュリオンでも問題なく避けられるが、
避けなければ、きっと眼下に広がる更地のように、この世から永久に消滅するだろう。
「信じられない威力です……!』
『チッ……私の前で森を焼くだなんて、良い度胸しているじゃない!!』
レーザーキャノンをお返しに贈るが、相手の装甲はそれを防ぎきる。
礼儀だけは行き届いているのか、背中の装甲が開き、返礼の品としては申し分ない小型誘導爆弾(マイクロミサイル)をたらふくこちらに放つ。
「まずい!?」
『チッ!』
人間や普通のクリスタリオンであれば空中で身動きは取れないが、ワルキュリオンはそれができる。
全身に存在する補助推進器(スラスター)により、徐々に落下しながらとはいえミサイルをギリギリでかわしていく。
「迎撃します!!」
『当たんなきゃ爆発しないのなんか怖くないわよ!』
両肩の装甲に隠された多砲身機関砲(ミニガン)を起動し、縦横無尽に飛び散るミサイルを撃ち抜いて爆発させていく。
「!? また飛んでください!」
しかし、相手はそのミサイルに気を取られ、単調な動きになった隙を家電魔力粒子砲が撃ち抜いてくる。
更地は今度は開墾(かいこん)され、光が通った場所は陶器(とうき)のように固まっていく。
『チッ、新型なだけあって嫌な相手!』
「まずいです、引き離した別の敵が交戦可能な位置に近づいてきています、いつ背後が撃たれるか分かりません!」
冷静に状況を見るべく努めるアニエスの報告に、あっそ、と叫んでライフルを放つ。
右肩の翼に似た装甲にようやく穴が開く。
キュォォォォオォォォォォオォッッ!!
ようやく連邦機らしい無機物そうな機体から苦悶の声が上がった。
『無理ね、逃げるわよ』
「ようやく落ち着きました?」
『八つ当たりするには硬すぎるわよこの化け物!!
ちょっとレッド3、ロビン?ショックなの分かるけど生きてたら返事しなさい』
直後、怒声と共に例の新型の背後に現れるワルキュリオン。
『ウォォォォォォォォォォォォ!!!!』
腰に手を回し、銃のグリップが付いた四角い武器を抜く。
『よくもやってくれたなテメェェェェェェェェェェェッッ!!!』
展開した大出力『魔力光剣(レーザーブレード)』を振るい、背中のミサイルポッドを切り裂き、爆発より早く飛び退く。
『バカ隊長を!!爺をッ!!!』
苦悶を上げよろける敵に光り震える切っ先を向け、最大出力で突撃する。
『俺の仲間を、戦友をよくもォォォォオォォォォォオォッッ!!!!!』
『バカ!無茶苦茶よ!!!』
援護のためにリナリア機が飛び出し、射撃を開始する。
背中から煙を上げつつも、右側の装甲で援護射撃を受け止める敵機は、低く唸ると共に細いワイヤー状に見える尻尾の鋭い切っ先を持ち上げる。
ヒュンッ、と一瞬音を立て、ロビン機の胸部を撃ち抜く。
『……ッッ!?』
『ロビンッ!?』
ばしゅん、と鋭い尾先が引き抜かれ、ワルキュリオンの巨体がよろめく。
『うぉぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!』
直後、通信機が壊れるほどの悲鳴が響き、ワルキュリオンの右腕がダラリ、と力が抜けて垂れ下がる。
『腕ぇ!?腕がぁぁぁ!?!俺の右腕がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!』
一瞬で、状況を理解できてしまう。
コントロールを失ったロビン機のワルキュリオンは、低く唸りながら自らの意思で敵を睨む。
どうやら、コアを外したらしく、すでに豊富な生命力からか傷にかさぶたが出来るよう、魔石細胞が損傷箇所を塞ぎ始める。
『うぅぅぐぅぅぅぅッ!!!畜生、畜生ぉっ!!!痛ぇ、痛ぇぇ……!!』
だが、コックピットの中では、いつまでも信じられないほどの痛みを訴える声が響く。
『ロビン!!』
足を止めたロビン機に狙いを定め、荷電魔力粒子砲の光が灯る。
とっさにリナリアがロビン機を突き飛ばし、その光の奔流から彼を守る。
だが、放たれた光はリナリア機の胸部をかすめるように走り、胸部装甲が削り取られた。
『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?!』
悲痛な悲鳴と共に機体が背中から転倒し、地面をバウンドして止まる。
一瞬、辺りを静寂が包む。
片方は、機体の闘志こそ衰えてはいないが、中のパイロットは動けずにただ睨みつけることしかできず、
もう片方も、お互いに気絶したのか、機体の口が開いたまま目の光を失い起き上がらない。
━━━この惨状を引き起こした怪物は、ゆっくりと再び攻撃体制に移る。
ザスッ!
音もなくその頭に光る刃が突き立てられる。
「ごめんなさい」
その頭を開くようにレーザーブレードが振るわれズル、とズレた頭部の中にあったコアが砕け散り、直後短い断末魔と共に怪物のようだったクリスタリオンが砕け散った。
「…………二人共!リナリアさん、無事ですか!?ロビンさん、動けますか!?」
隙を伺う合間にこんな惨状になってしまった。
内心焦りはあるが、動けるのは自分だけだからとすぐに二人に駆け寄る。
『すげぇよ上級少尉ィ!!あのクソ化け物を一撃だッ!!ぐぅ……いっつ……!?』
『ロビンさん、止血を!』
『やってる!!!くっそ、痛すぎて頭が冴えてきやがらぁ!!!
頼むリナリアの姉さん抱えてくれ!!
一刻も早く離れないとヤバいだろコレ!!!』
痛みのせいか、脳内麻薬の過剰な分泌で彼はいつもよりも声が荒い。
だが実際、足止めのせいか追ってきている敵はすでに砲撃距離だった。
今背中のすぐそこに榴弾(りゅうだん)が地面に着弾した。
「ごめんなさい、行きましょう」
『俺が兵士として失格なだけっすから謝んないでください!!!
クソォ……熱くなるとすぐにこれだ……!!』
リナリア機を抱えようとしたが、どうやら機体自体の意思で立ってくれるようだった。
ロビンの苦悶の声を聴きながらも、アニエスはすぐに二機を引き連れて全力でこの場を離脱し始める。
果たして、逃げきれるのだろうか…………
***
この日、何度目か分からない大陸間戦争が始まった。
今回は、連邦の破竹の勢いに押されて、周辺国は極めて劣勢な開幕となった。
お互いの兵が死んだ
クリスタリオンも沢山死んだ
村も森も焼けて行った
今度はこちらが焼く番だと人も亜人も立ち上がり、
命と金と資源と土地と、憎しみも大義も正義も欲望もあらゆるものを焼(く)べて燃料とする。
そんな戦争が、また始まったのだった。