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突きつけた言葉

 魔王の陵墓を後にした僕達は、次の列車が来るまで無人駅で切符を買ってから、駅のベンチに腰掛けてた。
 次の列車が来るまでおよそ15分。思ったよりも早く列車が来る。
 が、この時間が何とも重苦しく、無言の空気が流れる。

 時刻は昼を過ぎ、僕達以外誰もいない無人駅。
 
 この状況を見越してか、暇つぶし用と真奈ちゃんは小さな書物を持参していた。
 僕も先にこんな場所に連れて来られるなら、適当な本を持って来てたのにな……。

 チクタクチクタク。
 駅の柱に設置された旧式の古時計の音だけが駅内に響き、カチッと時を刻む。
 それが15回鳴ると、遠くから列車の汽笛が聞こえてくる。
  
 たった15分だったけど、体感時間でそれ以上にも感じられた。
 やっとでこの空気が終わると安堵したからか、僕のお腹からぐぅと虫の音が鳴る。

「……そう言えば、お昼まだだったね……。城下町に帰ったら何かご飯でも食べる?」

 魔界通貨を持ってない分際の僕がそんな事を聞くと、きゅーと切ない音が鳴る。
 ……今の僕のじゃない。

 ここにいるのは僕と真奈ちゃんの二人。
 魔王の陵墓の結界の効力で周りに魔獣などの動物が寄り付かないでいる。
 今のお腹の音が僕のではないとすると、答えは明白だ。

 僕は横に座る真奈ちゃんへと顔を向けると、耳まで真っ赤に染める真奈ちゃんは本で顔を覆っていた。
 やはり、今のお腹の音は真奈ちゃんのだったか……。

「…………駅弁でも食べる?」

 僕が訊ねるとこくんと真奈ちゃんは頷いた。


 
「…………残念だったね。まさか列車内も無人だったなんて……」

 僕は、露骨に肩を落としながら顔を真っ赤に染める真奈ちゃんに言う。
 無人駅だった為か駅弁を売っている店はなかった。
 望みをかけて列車内で弁当が売ってる事を祈ったけど、残念な事に弁当は売ってなかった。
 そもそも最前の車両から末尾の車両まで確認しても、僕達以外の乗客はいなかった。
 城下町の駅からこっちに乗る人はいないと思う。
 けど、車掌さんの一人はいてもいいと思うけど、誰もいなかった……。

 列車は動いているから運転士はいると思うけど、この人気のなさは少し不気味だった。

「ま、まぁ……このまま何も話さずにするのもなんだし。空腹を紛らわすって意味で何か話しをしようか」

 僕は座席のテーブルを挟んで対面して座る真奈ちゃんに言うと、真奈ちゃんはこくんと頷き口を開く。

「……ご趣味はなんですか?」

「お見合い!? なんでこんな状況でお見合いみたいなことを聞くの!? もしかしてお腹空いていて頭回ってないのかな!? 後、僕の趣味は読書とネットサーフィンだよ」

 答え&ツッコミを終えた僕に興味なさげに相槌を打つ真奈ちゃん。
 相当お腹が空いているのか。
 幼稚趣味だったり空腹キャラなど、色々な属性が付くな真奈ちゃんって。

 僕のツッコミが寒かったのか再び無言の時間が流れる。
 
――――気まずい……。

 僕と真奈ちゃんは側近と主人の関係だけど、一応は恋人でもある。
 なのに、こんな倦怠期に突入した恋人の様な会話もない気まずさ。
 このまま別れ話に移行してもおかしくない空気……。

 聞こえるのは列車の汽笛と車輪音。
 ガッタンガッタンと車内は揺れ、進みゆく景色を僕は呆然と眺める。
 
 外に目を向けながら、僕は少し潜めた声で口を開く。

「真奈ちゃんっさ……僕に何か隠してる事ある?」

「……なんでそれを聞くの?」

 藪から棒に聞かれて質問に意味が分からない真奈ちゃん。
 勿論質問に意味が分かっていたとしても素直に答えてくれる保証はない。

「いや、ね……。なんか真奈ちゃんは僕に重大な事を隠しているのかなって思ってさ。そんな風に見えたから」

「自分で言うのもなんだけど。颯ちゃんと違ってポーカーフェイスや演技は得意なはずだけど。そんな風に見えたんだ?」

 若干の貶しが入ったけど、神妙な顔つきになる真奈ちゃん。
 言っとくけど、僕は決して真奈ちゃんの表情からそれを察したのではない。
 僕は真奈ちゃんの記した日記帳を根拠に誘導尋問をしたのだが、簡単にはいかない。

 もういっそ回りくどいことはせずに直接聞こうかと口を開くが、言葉が出なかった。
 直前に尻込みして訊こうにも、脳に過る最悪な結果を、考えると聞くに聞けなかった。

「それじゃあ、さ……。魔族って普通に人間を殺すって事はあるのかな?」

「ホント、今日の颯ちゃんなんか変だよ? なんでそんな事を聞くのかな? もしかして、大通りに子供に言われた事を気にしていたリするの?」

 訝し気に首を傾げる真奈ちゃんから僕は目を逸らす。
 何か疑っている様に細い目で僕を見ているが、小さく溜息を吐いて真奈ちゃんは言う。

「確かに魔族は人間を殺さないって言えば嘘になるよ。魔族だって全員が温厚な性格ではない。中には人間を恨む魔族だっているし、好戦的で残虐な魔族だっている。万が一に魔界に人間が迷いこんでも城下町には強く警備態勢を引いていて直ぐに保護ができるようにしていたり。子供から大人まで人間に慈愛を持てと教えてきたつもりだけど。それでもやっぱり中には反発する者もいるけどね」

 言い終わるや嫌な事を思い出したとばかりに額に手を当てて深い溜息を吐く真奈ちゃん。
 僕はその言葉を聞いて驚く事はない。
 ここは魔界だ。
 ファンタジー世界で魔界と言えば闇の生物が蠢く魔境の地。
 そこに足を踏み入れた人間は、惨殺されるのがファンタジー物では語られる。

 だから僕は、逆に今までの見て来た魔界の情景の方に違和感を感じていた。
 が、その魔界にするために真奈ちゃん達がどれほどに頑張って来たのか、見てはないけど伝わる。
 
 そして、僕の目の前にいるのは魔界に住む魔族を統べる王『魔王』だ。
 これから僕が聞こうとする案件は、魔王にとってはお門違いな事だと思う。
 けど、これは聞かないとどうしても僕は心の底から真奈ちゃんの事が信用できない。
 別に嫌いになるってわけではない。だがそれをずっと僕に隠し続けられることが、僕には耐えられない。

 荒く鼓動する心臓。冷たく頬を伝える冷や汗。乱れる呼吸。震える唇。
 僕が初めて真奈ちゃんに告白をした時の様な、否、それ以上の緊張感を感じながら。
 絞り出す様に喉に力を入れ、震える唇を噛んで、一呼吸入れた後、僕は口を開く。

「真奈ちゃんさ……この言葉を聞いた事がある?」

「ん? どんな言葉?」

 キョトンとした表情で聞き返す真奈ちゃんに僕は言った。


「『――――――私は昔、人間を殺したことがある』」

「…………………え?」


 言い放った言葉が静寂な空気を作り、車輪音だけが車両内に響く。
 揺れる瞳、硬直した唇、明らかに動揺している表情となった真奈ちゃんをよそに、僕は言葉を続ける。

「『私は小さい頃、人間界の小学校に通っていた――――』」

「なんで……それを……」

 真奈ちゃんの掠れた言葉に返答せず言葉を続ける。

「『そこで出会った一人の男の子と、私はよく一緒に遊んでいた―――』」

「やめて…………」

 切実に囁く声に僕は耳を傾けない。

「『けどその男の子は、私といた所為で幼い命を散らす事になる。その子は私が殺したと――――』

「止めてって言ってるよね!?」

 ガシャン! と僕達が挟んでいた座席のテーブルを乱暴に叩き壊して立ち上がる真奈ちゃん。
 動揺から息が整っていない。ギッと強く歯噛みをして怒りを露わにする真奈ちゃんだが。
 冷静を取り戻したのか、怒りの表情から幾分落ち着いた表情で息を吐き、静かに僕に言う。

「……あれを見たの?」

 あれとは日記帳の事だろう。
 嘘を吐かず僕は頷いて答える。
 すると素早い動きと力強さな真奈ちゃんに、僕は胸倉を掴まれる。

「颯ちゃんってデリカシーがないとは思ってたけど、そこまで腐った人だとは思わなかったよ。人の日記を見るなんて最低だね」

 胸ぐらを強く握り、低い声で言い放つ言葉に淀みのない殺意を感じる。
 
 胸ぐらを掴まれ喉を圧迫して息が出来ない僕が苦しく咳込むと、放り捨てる感じで僕は解放される。
 ケホッケホッと咳込む僕は息を整えて。

「日記を見た事は謝るよ。最初は不可抗力とは言え、人の日記を見るなんて最低行為だと自覚もしている。後でどんな罰だって受ける……けど、その日記帳に書かれていた内容ってどういう意味なのか説明がほしいよ……」

 真奈ちゃんの部屋にあった日記帳。
 そこに書かれていた内容は。昔に真奈ちゃんが人間を殺したと懺悔している内容だった。
 僕の追求に真奈ちゃんはふっ鼻で笑うと哄笑をあげる。

「なにって、その日記帳を見たんだよね? なら分かると思うよ。内容はそのままの意味で。私は昔に人間を殺した。ただそれだけだよ」

 揚々のない冷たい声で言う真奈ちゃんに僕は唾を飲み込む。

「私は魔王の前に魔族だよ? 魔族は人間の悪感情と血肉を貪り生きていく生物。今は平和で温厚に暮らしていたとしても、魔族の性質は変わらない。私も昔は人の命なんてものともしない残虐な性格だったってことだよ」

「違う! 真奈ちゃんはそんな人じゃない!」

「違うってなにが? 私が自身の事を言っているのに、最近一緒になった程度の|颯太君《・ ・ ・》が私の過去の性格を知っているわけがないよね? なんで嘘だと言えるのかな? ……分かった様な口ぶりで言わないでよ! これ以上私に、あなたを嫌いにさせないで!」

 やっぱり、この事を言ったのを後悔する。
 少しずつ泥沼に嵌る僕。ヒシヒシと肌に伝わる魔王の威圧。正直死さえも覚悟する。
 だけど、やはり腑に落ちない僕は、真奈ちゃんのある事を指摘する。

「じゃあなんで……。じゃあなんでッ! 真奈ちゃんはそんな辛い顔をするのさ! 人の命をものともしない? ……なら。ならそんな顔をして、そんなふざけた言うんじゃねえよ!」

 座席から立ち上がり、声や口調を荒げて僕は叫んだ。
 僕がここまで荒げるとは思わなかったとばかりにピクッと眉を反応させる真奈ちゃん。
 そして、真奈ちゃんは僕の言葉を聞いて、薄く映る自身の顔を窓で確認する。

 真奈ちゃんの表情。
 それは、今にも泣きだしそうに辛く、悲しく、涙を滲ませた、言葉とは裏腹の苦悩な表情だった。

 真奈ちゃんは無意識にそんな表情をしていたのか、窓で自分の顔を見るや、直ぐに手で顔を覆い僕から逸らす。
 その瞬間、目尻から頬を垂れる一滴の涙が反射して見えた。
 そんな真奈ちゃんに僕はまくし立てる様に叫んだ。

「そうさ。そうだよ! 僕はどうせここ最近真奈ちゃんと付き合い始めた彼氏面したダメ男だ。人の日記だって勝手に見る、自分の観点を人に押し付ける屑だ! だから言ってやる! 真奈ちゃんが何の理由もなくに人を殺めるような人じゃない! 人を殺したことをどうも思わないわけがない! 真奈ちゃんは、僕が知っている真奈ちゃんは、今も昔も、絶対に心優しい人だと思ってる!」

 人生で初めてここまで声量を上げたからなのか。息苦しくなって肩で息をする。
 顔を俯かして静かに聞いていた真奈ちゃんは、ぼそりと呟く。

「……なんで……なんでそんな事が言えるの……。私がどんな性格だったとしても、私が人を殺したのには違いないんだよ……私は人殺しで、絶対に許されない業を背負っているのに……」

 切なく今にも消えてしまいそうな程に小さくか細い声で呟く真奈ちゃん。
 ポタポタと顔を下へと向ける真奈ちゃんの目から涙が床へと滴る。
 ここまで弱弱しい真奈ちゃんを見るのは初めてだ。
 
 僕は膝を折って屈み、真奈ちゃんの目を見据えて言う。

「確かに、真奈ちゃんが昔は本当は残酷な性格で今は改心したのかは僕には分からない。人間が殺されたのであれば少なからず僕は真奈ちゃんに恐怖するよ。けど、さっきも言ったけどなんの理由もなく真奈ちゃんは人を殺めたりはしない。なにかやむを得ない事情があったはずだ。だからそれを僕に話してほしい。一人ずっと抱えていたその業も僕に一緒に背負えるように、これからずっと真奈ちゃんを支えられるように」

「……支えるって、颯ちゃんは私の事が怖いんでしょ……? なのに、どうして」

 確かに僕は真奈ちゃんに恐怖の念を感じる。けど、

「僕は真奈ちゃんの側近で、真奈ちゃんの彼氏だ。側近として身を捧げ、彼氏として真奈ちゃんが好きだ。それだけじゃあ、理由としては駄目かな?」

 僕の心の底からの本音に、膝の上で拳を握り、首を横に振る真奈ちゃん。
 僕はホッと息を吐き、真奈ちゃんの頭に手を乗せる。

「僕は別に真奈ちゃんが人を殺したことを責め立てる為に言ったんじゃないんだ」

 え? と僕を仰ぐ真奈ちゃんに僕は言う。

「勿論真奈ちゃんが人を殺したのは驚いたし、怖いとも思った。けどもし、真奈ちゃんの人の命をなんとも思ってないってのが本当だとしたら、僕は本気で真奈ちゃんを軽蔑してたと思う。本気で嫌いになってたと思う。……けど違った。真奈ちゃんは苦しみ、悩み、辛い思いをしていた。それが知れただけで僕は十分だ。そして、そんな真奈ちゃんをずっと支えていこうって本気で思えたよ」

「本当に……こんな私を、私の過去を知っても颯ちゃんは変わらず一緒にいてくれるの……?」

「勿論! 真奈ちゃんが突き放しても意地でも離れるものか!」

 ニシッと笑ってみせる僕に、涙で顔を濡らす真奈ちゃんの表情に笑顔の花が咲く。
 これで魔奈ちゃんの心を縛る呪いが解けたとは思ってないし思ってもいけない。
 真奈ちゃんの罪は消えない。それは事実だ。
 
 人を殺した人がやってはいけないこと。
 それは、殺した相手の事を侮辱して忘れようとすることだ。
 
 真奈ちゃんは相手を忘れずにずっと苦悩し続けていた。
 それがどれだけ辛い事だったのか僕には分からない。
 けど、それを知った今の僕に出来る事は、悩み続ける真奈ちゃんを支えていくことだけだ。
 
「ありがとう……颯ちゃん。私、颯ちゃんと出会って、本当に良かった……」

「ハハッ。それは至極嬉しい言葉だよ」

 涙を流しながら笑顔で手を伸ばす真奈ちゃんの指先が僕の頬に触れた時――――


 ギギギィイイイイイッ!

――――脳に響く金属音と轟音が僕達を包んだ。

 

しおり