第4話 優しいモンスター
「いぇあぁああぁっ!!!」
勇ましい雄叫びが緑一色の森に響き渡る。
「あなた、がんばって~♪」
「おう!!」
今日は父さんの仕事のぶりを見学しに家族3人で職場である森の中にやって来た。母さんは切り株に腰を下ろして父さんに声援を送っている。それに、手を振りながら応える父さん。母さんに抱っこされながら、ふたりのイチャイチャぶりを見せつけられる。ついでに、母さんの胸が俺のほっぺに押しつけられている。
ちなみに、同じく木こりであり地元の林業組合に所属するスタークさんも同じ森で働いている。なので、
「あなたも頑張ってね♪」
「うおぉ!!」
スタークさんとレベッカさん夫妻も胸焼けするくらいにイチャイチャしている。
それにしても凄い勢いだな、ふたりとも。
このままふたりだけで森中の木をすべて伐採しかねない。
レベッカさんの腕に抱かれたアイリはジッとこちらを見つめている。時々、レベッカさんの腕から抜け出ようともがいているけど、あれはきっと俺の方へ来ようとしているんだろうな。随分と懐かれたもんだ。
ちなみに、アイリと初めて出会ったから3ヶ月が経った。
1歳になった俺はふらふらではありながら自力で歩けるようになっていた。それに加えて自分の容姿にも驚きを覚えた。
まず、俺の髪の色は緑色だった。
そして瞳の色は茶色ときている。
父さんがスキンヘッドにする前は緑色の髪だったらしいので、そこは父譲りのようだ。ちなみに瞳の色は母譲り。ついでに、自分で言うのもなんだが、結構美形なんじゃないかって思うんだよね……美人の母さん似で助かった。
もちろん、その間も俺は母さんを心配させない程度に声を出し続け、経験値を稼いだ。
【フォルト・ガードナー】 種族・人間 レベル18 +6
HP 30 +12
MP 22 +8
攻撃 17 +7
防御 16 +8
敏捷 16 +8
運 22 +10
スキル①【交渉術レベル14】
レベル解放 ……【嘘看破補正C】
スキル②【言語調整レベル18】
レベル解放 ……【スライム族◎】
レベル解放 ……【リザードマン◎】
レベル解放 ……【ゴブリン◎】
スキル③【対話能力レベル18】
レベル解放 ……【同年齢同性会話補正C】
レベル解放 ……【同年齢異性会話補正C】
レベル解放 ……【年上同性会話補正C】
スキル④【言霊吸収レベル2】
フラグ解放 ……【取得経験値2倍】
特に目立った変化はない。
【ゴブリン◎】と【年上同性会話補正】が新しく加わったが、前に取得したスキルとの関連性を考えれば、その詳細は調べなくてもなんとなく察しがつく。
一応説明しておくと、【ゴブリン◎】はゴブリン族との会話が可能になり、【年上同性会話補正】は年上の男性と話をする際、スムーズに会話を進めることができるスキルだ。前の世界では大人に関してちょっとトラウマがあるんで、このスキルは大変ありがたかった。
「ほーと! ほーと!」
ステータスを眺めていたら、すぐそばからアイリの声がした。振り返ると、よちよち歩きで俺の方へ向かって近づいている。「ほーと」っていうのはフォルト――つまり俺の名前のことらしい。スタークさんは「パパより先にフォルトの名前を覚えるなんて……」とショックを受けていた。
というか……おいおいレベッカさん、小さな子から目を離しちゃいかんよ。
「あらあら、アイリちゃんは本当にフォルトのことが好きなのね」
母さんは俺を切り株の上に下ろすと、アイリを抱っこして俺の横に座らせる。アイリは俺を見つけるとニコニコしながら抱きついてきた。無下にすることもできず、俺は前やったようにアイリの頭を撫でる。こうすると、アイリは本当に気持ち良さそうな顔をしておとなしくなるのだ。
奥様二人は世間話に夢中。
もうちょっと子どもに注意を払おうよ。
そう思っていたら、
ガサガサ。
すぐ近くの茂みから音が。
「あう?(なんだ?)」
鹿でも出たか?
そんな軽い気持ちで音のした方を向くと、そこにいたのは、
「グルルゥ……」
唸り声をあげる獣。黒い体毛に金色の瞳が特徴的なそいつは野犬と呼ぶには大きい。もしかして、この前父さんが「王都近辺で魔犬が目撃されたらしい」って話をしていたけど、こいつがその魔犬じゃないか?
「あおぅ……(これが魔物……)」
この非常時に不謹慎かもしれないが、俺はちょっとだけ感動していた。ゲームやアニメの中の存在が、こうして目の前に現実のものとして存在しているのだから。もちろん、そんな感動はすぐに消え飛んだが。
「あ、あぁ……」
涙目で俺にしがみつくアイリ。奥様ふたりはまだ魔犬に気づいていない。ここで俺が大声を出しても、きっと間に合わないだろう。――俺とアイリは噛み殺される。それどころか、母さんたちも危険だ。
どうする?
どうすればいい?
よちよち歩きの一歳児に何ができる?
涎にまみれた魔犬の牙が妖しげな光を放つ。金色の双眸は俺たちふたりを捉えて離さない。万事休す。死さえ覚悟していたが、魔犬の巨体が突然「ドンッ!」という音と共に俺たちの視界から消え去った。
「な、何!?」
ここでようやく奥様ふたりが異変に気づく。
大きな音の正体は、魔犬の巨体が大木をなぎ倒したものだった。あんなデカいモンスターを吹っ飛ばせるなんて、一体どんなヤツなんだ?
現れたのは――またしてもモンスターだった。
こちらは二足歩行。鱗に覆われた肌に長い舌がベロンと口からはみ出している。赤いつぶらな瞳が木漏れ日を浴びて光っている。
リザードマン。
間違いない。
俺が見つめていると、そのリザードマンは、
「ケガはないか?」
とたずねてきた。
え? この世界のリザードマンって喋れるのか? ――そうじゃない。俺のスキルだ。俺の持つ【言語調整】のスキルが働いたから、リザードマンの言葉を理解できるんだ。
「あ、あうあ(へ、平気です)」
とりあえず、赤ちゃん言葉で返してみる。
「……て、俺の言葉がわかるわけねぇか」
どうやらうまく伝わってなかったようだ。俺が何かを訴えかけているというのは理解できたらしく、リザードマンは満足そうに頷いていた。
「きゃあああっ!!」
「フォルト! アイリ!」
「おっと、いけねぇ。じゃあな、小僧ども」
母さんとレベッカさんの悲鳴を聞き、大きな斧を持った父さんとスタークさんが大慌てで駆けつける。それを見たリザードマンは特に何もせず森の中へと姿を消した。
「魔犬から獲物を奪い取るつもりだったようだな」
「ああ……間一髪だったぜ」
「違うよ!」――と叫びたかったが、うまく言葉にできない。あのリザードマンは俺たちを食べようとしていたのではなく、助けてくれたんだ。
なんとかしてリザードマンの無実を証明しようとする俺の行動を遮るように、
《スキル【言霊吸収】のフラグ①が解除されました》
というアナウンスが流れる。すぐにステータスで確認すると、
《フラグ① ――モンスターと会話する》
これが解放条件のひとつか。先ほどのアナウンスだと《フラグ①》と言っていたから、他にもレベルアップに必要な条件があるようだ。やっぱりモンスター絡みなのだろうか。
「ついにこの村周辺にもモンスターが現れたか」
「あなた……私怖いわ」
「組合のヤツらにも話して、それから村長に相談しよう。場合によっては、王都に騎士団を派遣してもらうよう働きかけないと」
なんだか、事態がどんどん大きくなっていく。ただ、子を持つ親としたら、あんなモンスターにうろつかれたらたまったものじゃないだろうな。
でも、俺にはどうしても、あのリザードマンが悪いモンスターには見えなかった。もしかしたら、誰も気づかないだけで、モンスターの中には人間に対して友好的な感情を持っている者がいるのかもしれない。
結局その日の夜は、立ち去るリザードマンのどこか寂しげな表情がこびりついてよく眠れなかった。