覚醒、半覚醒
「……誰だよ、うちの前で」
ミカエは眉間に皺を寄せて独り言を言う。
おかしい。あいつは今、コーラルにいるはずだろうが。
「……っと。気付かれたか。<覚醒>候補」
「あらら、勇者様はそんな所までお気づきで。って、何してるんですか」
「あぁ。君の主人が悪いことをしたのでね。罪として君達仲間の<結羅に関する記憶>を消している迄だよ」
家の中に入ると。
リーベ、クリム、アベルが倒れているのだ──
「貴様……!」
「当然の報復行為だよ。<魔王>を仲間にしたんだよ?」
「あの魔王はアンタに無関係なはず。それなのに」
「いちいちうるさいドワーフだ。お前も記憶を消してやろうか」
そう言って勇者は剣を抜く。ミカエは自然と薙刀──ではなく、背中にある二本のドリルのようなレイピアを取り出した。
「ここじゃ危ないよね。勇者様、もう少し、外に出よう」
「……ここなら、いいだろ?」
「……結羅に何をした」
ミカエの顔は完全に真っ黒であった。
色的な真っ黒ではない。
いわば、<ブチギレ>ている。
「私の結羅をどこにやった……っつってんだろうが!!」
「お前のじゃないだろ? あいつは緑色の紙の女と恋仲じゃあ無いのか」
「あぁ。ミントは私が。必ず殺す」
ミカエのいつもの黒い真っ直ぐな目は、血の滲んだような紅い目になっていた。
「あいつは<イフリート共和国>まで吹っ飛ばした。当分、帰ってこれないだろう」
「当分……って、あそこの隣の国は全て入国禁止だから、出れないじゃないか」
「それ相応の罪、ということだよ」
それ相応の罪、という訳では無い。むしろ、魔王を仲間にする、ということはその力で世界を征服さえできるのに。
それに、結羅はあそこから出れない、となると誰も偵察だのに派遣出来ないのではないか。
こちらにとって不都合でしかないのではないか。
「 あ、魔王はこっちに監禁してるぞ」
「外道が……」
「フッ。お前も言えないだろう? 俺の故郷を焼き尽くしたくせに」
「な……にを被害者面してんだよ。元はドワーフを滅ぼそうとお前らが進行してきたからだろうが」
「全くドワーフはバカばかりだ!」
勇者が剣でミカエの胸めがけて剣で刺そうとする──
ミカエはサッと避け、飛び込んでいる勇者の腹に右足を命中させる。
そのままミカエはドリルのようレイピアのスイッチを入れる。
すると。
そのレイピアの刃の部分が回りだし、電気を帯び始めた──
「死ねぇぇぇぇ!!」
ドリルレイピアは勇者の裾を掠めたが、裾は散り散りになっている。
「くっ……土くれの分際で調子に乗りやがって」
「私はその土くれの分際から努力だけでここまで成り上がったんだよ。お前や結羅みたいな<才能>だの<チート>だのとは違ってな」
ミカエはドリルレイピアを構える。そのレイピアは軽く4キロはあると言うのに。
「才能には伸び代の限度があるけど、努力にはそれがないのよ」
「くっ……」
ミカエが軽々と使うドリルレイピアを精一杯受け止める勇者。
ミカエの一太刀を受け止める度に刃こぼれする。
この剣も使い物にならない。
「ちっ……<覚醒>持ちは一撃が重い」
そう言って勇者は例のあの詠唱を始めた。
「展開。モード<イージス>」
勇者を360度囲むように。
水晶のような色のバリアーが張られたのだが。
「だああああああああああ!!」
ミカエはドリルレイピアをフル回転させ、突っ込んでいった。
その<絶対に破れない壁>に。
ものの数秒で。
<絶対に壊れない壁>はその称号を失った。
つまり。
「壊れた……!?」
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
そのままミカエはドリルレイピアをフル回転させたまま、勇者の喉へと突き刺す――
「ぬっ!!」
間一髪勇者は避けた。
だが。
勝ち目はない。
今の<半覚醒>の状態から<覚醒>の状態にまで持っていくとかなり危ない。
個人的にも。
社会的にも。
「ひとまず退却、ってか」
そう言い、勇者は地面に白い球を投げつける。
すると。
あたりが濃霧のごとく真っ白になった。
「視界が……」
晴れたときにはもう遅かった。
勇者は、いなかった。
「クソ……」
しかし、結羅の居場所はつかめた。
ここからどう行くかが問題なのだが。
実際、ミカエはイフリート共和国の王がコーネルだとはまだ知らない。なので、そう言うのも無理はない。
王様とズッ友の結羅は王に頼み込んでその国境をどうにかしてもらう。
コーネルもそのつもりだったらしいが。
「これから……どうするか」
少し考えてみる。
魔王を捕まえた以上、何かよくないことをしでかすのは間違いない。
それがなんなのか、が問題なのだ。
数秒考えて思いつかなかったので、やはりミカエらしい強行手段に発想は切り替わり、そして強行手段ではどうするか、の脳内会議は数秒で終わった。
「捕まってるなら、助けないと」
そのころ。
世界の裏側、イフリート共和国では。
コーネルと結羅が会議をしていた。
食事中に。
「やっぱりお金稼げるとしたらギルド行くんだよ。でも、うちの警備も欲しいし……」
「姫様も連れて行く、っていう手段はアリですか」
「あ、それで可決」
「……」
なんて単純な王様なんだ。
頭まで筋肉でできてんのか。
すると、突然ダンテが叫び始めた。
「うわぁぁぁぁ!! シチューにニンジン入ってる!」
「好き嫌いせずに、しっかり食べなさい」
教育係と思しき老婆がそうダンテに言い聞かせる。が。
「うるさい。死刑」
八ッ、と兵士たちはその老婆を隣の部屋まで連れていくのだった。
その後、誰かが剣を抜く音が数十秒後に聞こえ、その後、何か重いものが落ちる音がした。
いやいやいやいや!?
食事中だよ!?
狂ってやがる……
この王国、狂ってやがる……
そんな内心を抱えつつ、結羅はギルドに向かう。
そこで待っているのは、なろう系おなじみのチートステの発表とかではなく、もっぱら現実味のある、いわば<チョーつまんねぇ>ステータスであった――