針刺すは、魔王の腹
「大丈夫だよ、あなたの仲間には手を出さないよ」
「ならいいんだけど」
幼女といえど魔王。しかし、魔王といえど幼女。
判定ラインが難しいのだ。
聞いたところ、この魔王はあまりにも自由奔放で楽観的すぎて、誰かに魔力を吸収されてしまったという。幼女なのは元かららしいのだが。
「ホントだよ! キミの仲間は殺さない」
そう言って、エグゼリカは俺の腹に小さな手を当てて、言った。
「キミの仲間は、ね?」
腹から身体中に衝撃が走る。
恐る恐る腹を見ると。
腹に穴が──
「さて、どうなるか」
エグゼリカはそう言い、俺の意識が消えるまで俺の顔を見続けていたのだった──
「……っ……てぇなぁ」
「おおー! しゅごいしゅごい!」
ダメだこいつ。
俺の周りにはどうしてろくなのがいないじゃないか。
なんだかんだ言って使わなかった代物だが、今こそ使う時じゃないかな?
いや、使おうじゃないか。
自分の犠牲は重々承知。
血塗れの手でバッグの中を探し回ると──あった。
「えぇい、ままよ!」
俺が思い切り下に叩きつけたのは──
ジメチル水銀。そう。毒であった。
「……っと」
今日だけで2回死んだのか。命の無駄遣いとはまさにこれの事だ。
「危うく死ぬとこだった。すごいよ、勇者のお供」
そう褒められても嬉しくはない。
1度殺されたし。
「とにかく、ここを出よう。何を言おうと、私はキミについて行くからね」
「はいはい……」
勝手にしろ。
「それにしてもどうしてキミ達はそこまで私を倒したがるの?」
「どうしてって……」
コタツやらがある部屋から出て3階から2階に上がる階段を登る時、エグゼリカはそう言った。
世界の平和のため、だとかの大義名分のために戦っている人がいるからだろう。
俺はそんなこと出来ないが。
愛する人を守るためだとか、世界の平和のためだとか。
お前ら本当に人間なのかと言いたい。
もっと自分の欲のままに生きればいいのに。
性欲だとか、金欲だとか、地位だとか。
そのくらい貪欲で薄汚れてないと、人間っぽくないよ。
「キミ達は私の下僕たちをクエスト的なやつでお金を稼いでいる人なんてたくさんいる。逆に私達もキミ達冒険者を狩ることで生計を成り立たせている部分もあるんだよ」
何よクエストって。ギルド的なものがあるのかよ。先に言え。
「それなのにどうして、キミ達は私達を殺したがる?」
そんなことを言われたって。
じゃあ例えば。
俺が魔王を倒すとして、どうして魔王を倒す?
答えはもちろん、富と地位のためだ。
富はともかく、地位は無くてもいいものなのかもしれない。
なら。
「きっと俺たちは、強欲なんだよ。お前達を倒して地位を獲得したいんじゃないかな」
「なるほどね……」
エグゼリカはそう言ってそれきり黙ってしまった。
「……私は、人間が憎い。さっきの八つ当たりはごめんなさい。でも、本当に憎いの」
エグゼリカはペコリと頭を下げた。すぐに顔を上げたが、その顔には少しだけ、憎悪の念が漏れていた気もした。
「私が……部下や愛人、それに友や仲間を目の前で殺されて、怒らないとでも思ってるんだろうか」
「えっ……それって」
「私の部下があんなに特徴的ではない意味が分かるか? みんな棍棒を持っててな」
エグゼリカは地面にペタンと手をつけた。
エグゼリカは泣かなかった。しかし、目は潤んでいた。
「あれは本来デスクワークを生業とするもの。戦闘員は全員勇者に殺されてしまった」
エグゼリカの目からは潤みが消え、代わりに殺意がにじみ出ていた。
「あの太った勇者。元から強いのだが、私の魔法の一つの<バリア>を奪い取ってしまった」
あの勇者が。
わざわざ魔王の所まで。
「私はあの能力を取り戻したい。しかし、取り戻し方も、何をすればいいかも分からない……部下の……取り戻し方も……ミラの……取り戻し方も……」
エグゼリカは四つん這いの状態から砂を掴んでは俺に投げ、掴んでは投げを繰り返す。
「返せ……ミラを……部下を……希望を……私は魔族と人間やエルフが仲良くする世界を望んで各地に大使を派遣しただけなのに……どうして……!!」
哀れには見える。
しかし、可哀想には見えない。
自分で撒いた種なのだから。
「私は……あの勇者を殺して……魔族と人間が平等に、平和に暮らせる世界を作りたい。あいつの望みのままに」
「勇者を……殺したいのか?」
「うん。あいつを殺して、私の能力と私の部下を返してもらう」
好都合じゃねえか。
うまく利用し、利益を俺のものにすればいい。
こいつは復讐の感情のみで動いてるんだからな。
「分かった……俺の仲間にしてやる」
「本当か?」
「あぁ。だがしかし、条件がある」
「条件?」
エグゼリカは首を傾げる。
「まず、俺、及び俺の仲間に手を出すな。手を出したらお前を殺す」
「やれるものならな。まぁ、約束は守る」
幼女らしからぬ渋い顔で頷く。
「そして、もう一つ。勇者を殺す時は俺に言え。俺も協力する」
「え──」
「俺はあの勇者を殺してあいつの富が欲しい。お前はその能力が欲しい。目的は一緒だろ?」
「へぇ……面白いじゃん」
幼女はその小さな手を俺に差し出し、
「同意の握手」
「骨折るぞ」
そう言いつつも、やっぱり優しく握った。魔王といえど、幼女なのだ。
魔王といえど、中身は泣き虫な女の子、か。
「んじゃ」
「ん」
もう息ぴったりの2人は、このダンジョン──空のダンジョンを脱出し、ミント達の元へ向かっていく──