第1話 滑舌は死んでも治らない
『人生とは悲劇と喜劇の堆積物である』
昔々の偉い人がそう言ったとか言わないとか。
その見解については概ね同意できる。
しかし、喜劇と悲劇のバランスが等分であるかどうかと問われたら、「絶対に違う!」と断言せざるを得ない。なぜなら、
「……お主の人生の9割は悲劇じゃな」
神様自身がそう言ってんだから間違いないだろう。
まあ、俺も薄々勘付いていましたよ? 世界が不平等だってことくらいね。
「顔はそこまで悪くない。頭も悪くない。それなのに友だちはゼロ。すべての要因はおまえさんの超がつくほどの口下手っぷりにある」
グサグサと俺のそってしておいてほしい部分を抉る自称神様。やめて! 俺のライフポイントはとっくに空よ!
「挙句に学校の階段で足を滑らせ転落死とは。救いようがないな」
ぐはっ!
耐えられなくなった俺は思わず膝をつく。
……ていうか、やっぱ俺死んだのか。
「あー、なんかめっちゃ血ぃ出てる」と我ながら暢気だなと思った瞬間、部屋の電気が切れたように突然視界が暗転した――あれが、命の灯が消えた時なんだろうな。
んで、気がついたらこの真っ白な空間で見知らぬ爺に言葉の暴力で容赦なくイジリ倒されている。なんだこの状況。
「さて、ひと通りイジり終えたところで本題に入るかの」
「…………」
ぶん殴りたくなる衝動を強引にねじ伏せ、俺は神様からの言葉を待った。
正直、目の前にいる白髪で白鬚の爺さんが本当に神様かどうかわからない。会ったことないしね。
でも、今の状況――死んだはずの俺が普通に生きていて、しかも見知らぬ真っ白でだだっ広い空間にこの爺さんと二人きりっていうのは、爺さん=神だっていう何よりの証拠。
その神様が俺に何か言いたいらしいので、こうして待機している。
「おまえさんを転生させてやろうと思ってな」
「お、俺を、て、てんしぇい?」
「…………」
「…………」
しばしの沈黙。そして、
「…………ぷふっ」
神様、失笑。
でも、俺にとっては慣れっこだ。この絶望的な滑舌の悪さこそ、俺の人生をドス黒く塗り替え続けた張本人。俺の場合は特にサ行が苦手で、さっきみたいに「せ」が「しぇ」という発音になってしまう。これのせいで、小学生の時は国語の音読が苦手だったな。あんなの公開処刑以外の何物でもない。それにしても、
「お、おまえ、さ、さん、ぷふっ、し、死が、あまり、に、ふへっ、ふ、ふび、不憫で」
笑い過ぎだろ!
呼吸困難に陥ってんじゃねぇか!
結局、神様の呼吸が落ち着くまで数十分を要した。
「――オホン。では、改めてお主にスキルを与えよう」
キリッと真面目な顔してるけど誤魔化せてねぇからな。
「しゅ、しゅきるって、一体なんでしゅか?」
「…………」
下唇を噛んで必死に笑いをこらえる神様。
出血を伴いながらもなんとか威厳を保とうとしているその姿勢には感服です。
「それにしても困ったのぅ。その喋り方では満足に会話が成立しそうにない――そうじゃ! 喜べ! お主に最適なスキルを見つけたぞ!」
……ぶっちゃけ、話の流れ的に嫌な予感しかしない。
だって未だに神様ニヤついているし。
ろくでもないスキルを押しつけようとしてないか心配だ。
「安心せい。新しい世界ではきっとこのスキルが役に立つ。うまく使いこなせれば、お主の新しい人生は多くの幸福で満ち溢れるじゃろう」
「神しゃま……」
……最後の最後でいい笑顔を見せてくれちゃって。
これはスキルに期待していいかな?
いわゆるチートスキルで無双しちゃう感じかな?
「お、俺に与えられるしゃいてきのしゅきるって、一体なんでしゅか?」
「うむ――その滑舌を完璧に治す最強の言語能力じゃ」
「……え?」
「滑舌を治す以外にもいろいろと特典がついておるから、それは現地に着いたら確認しておくといい。あっちの世界では、心の中で『ステータス』と言えば、自分のステータスを確認できるようになっている。そこに詳しく説明があるからチェックしておくんじゃぞ」
早口でまくしたてる神様。
てか――言語能力?
いやいや!
たしかに俺の滑舌は超気になるところではあるけど、それって転生と同時に改善されないのかよ! なんでそんなとこだけ受け継いじゃうんだよ!
「頑張るんじゃぞ。ワシも天界から見守っておるからな」
「ちょ、ちょっと! しぇめてもっと実用的なしゅきるを――」
「達者でな」
神様、聞く耳もたず。
パチンと指を鳴らした直後に俺の足場が消え去り、そのまま真下へと落下。どこまでも落ち続けていく中で、突如これまでに経験のない強烈な睡魔に襲われて、俺は瞼を閉じた。
果たして、これから俺が生まれる世界は、滑舌がよくなっただけで生きていけるだけの優しい世界なんだろうか。