第７話 繊細な再就職先
はぁ……。
先ほどからため息が止まりません。
足取りも生きる希望を無くした浮浪者のように、重く、遅く、引きずるように。
はぁ……。
明日からどうやって暮らしていきましょうか。
こんな事になるなんて思いもしませんでしたよ。
まさか職場が無くなるだなんて。
遡る事数時間前の事です。
私はいつものようにギルドに出勤して、1日の仕事の予定を眺めていた時の事です。
そんな私にギルドマスターが話しかけてきました。
「アリシア、ちょっといいか？ 折り入って話があるんだが……」
「はいはーいって、どうしたんです？ 顔色が凄く悪いですよ？」
いつもの快活なマスターはそこに居ませんでした。
もしかしてまた大きなトラブルでも起きたのでしょうか？
覚悟を持って次の言葉を待っていたんですが、それは予想外の話でした。
「ここの領主様が亡くなられて、街は結構大変な状態になっているのはわかってるな？」
「ええ、あれだけの破壊行動があったからって、商人や冒険者が寄り付きにくくなってるそうで」
「それで本部から通達があってだな、元々採算の怪しい拠点だったから、その……わかるだろ？」
「ひょっとして、店じまいってやつですか？」
無言でコクリとうなづくマスター。
え、じゃあ私また無職ですか？
せっかく仕事にも慣れてきたのに。
「マスターもこれから無職ですか？ それなら私と一緒に次の仕事を……」
「いや、オレは本部に戻る事になった。だが、残念だがお前の席までは用意できなかった」
そして今に至ります。
あの筋肉オバケに真摯に謝られた貴重なシーンでしたね。
今後きっと起こらないであろう、それはもう貴重な。
はぁーー、それはそうと次からどうしましょうか。
ここは地方の一大拠点になってるようで、この大通り沿いには数々の商店が軒を連ねているのですが。
もうこの街で雇ってくれそうな所はありません。
酒屋も道具屋も花屋も鍛冶屋もメイドサービスも何もかもが、です。
実家が健在なので食うには困りませんが、両親の溜息が刺さるので……。
そうするともう、娼婦？
夜の蝶々ですかねぇ。
ろくに男性と接した経験の無い私に務まるんでしょうか。
そこですら拒否されてしまいそうな気がします……。
でも念のため、立ち方とか練習してみますか？
えっと、路地通りにヒッソリと立ってみて、大通りからチラッと髪や足が見えるようにしてっと。
ここで男性が通りかかったら決め台詞！
「ねぇ、お兄さん。ちょっとアタシと遊んで行かない？」
「あの、アリシアさん。今度はどうしたんです？」
グッッフゥ。
なんでこんな時に話しかけるんですか、恥ずかしい！
よりによって娼婦の練習中に……。
話しかけるならもっと早い段階でお願いしますよ。
え、ずっと前から声かけてたって？ すいません……。
「あなた、あのギルドの受付の方ですよね？」
「えぇ、元が付きますけども」
「そのギルドが無くなった話を聞きましたよ、災難でしたね」
「ほんとですよ、なので途方に暮れてます」
初対面の人にいきなり愚痴を聞かせるのもどうかと思いますけど、もう心にしまっておけないんですよね。
でもそんなダダ漏れな私を悪く思うでもなく、その男性は居住まいを正してこう告げたのでした。
「アリシアさん、私はルーノという駆け出しの画家です。どうか私の絵のモデルになってもらえませんか？ もちろん報酬もお支払いします」
えぇーーー！
絵のモデルってすっごい美人さんとか、どエライ人がなるヤツじゃないですか。
それに私を抜擢して大丈夫なんですか？
対象が悪いから絵が売れない、なんて文句言いませんよね？
いきなりの申し出に私は困惑するばかりでしたが、ほかに選択肢はありません。
彼のアトリエに招待されることにしました。
彼が突然、狼になったらどうするのかって？
ウサギさんがせっせと集めてくれた魔力媒体が、今もポッケに満載されてます。
あとはこれで……ねえ？
案内された場所はアトリエというよりは、屋根裏部屋って感じでした。
ベッドとイーゼルだけでスペース一杯ですね。
飾りっ気も女っ気も全然ない、真面目な部屋という印象。
「さっそくで悪いけど、簡単なの一枚描かせてもらえないかな？ その窓に立って、顔をこちらに向けて……そうそうそう」
部屋についてすぐに、人生初のモデル業がスタートしました。
これ意外と辛いんですね、同じ姿勢の同じ表情をしてなきゃダメだなんて。
自然なポーズだからまだ楽な方なんでしょうが、妙ちきりんな絵だったらピンチですね。
しばらく待っていると描き終わったのか、鉛筆を置いてキャンパスを持ち上げてます。
ソロリと近寄って作品を見ると、もうめっちゃ上手な人物画！
え、これ私なんですか？
超絶美人さんじゃないですか！
これ、下書きだけでいいんで貰えないですかね？
初めてのじ、自画像として……ウェヘヘへ。
「んんんん、ちがぁう！ こうじゃないぃ！」
ルーノさんキャンバスをグシャーー！
ええええええーーー？！
なんでそんな事するんですか！
そんな目に合わせるくらいなら欲しかったのに……。
「違うんだ、僕が描きたいのはこういう物じゃない！ これじゃあ他の画家となんら変わらないじゃないか！」
「えっと、すみません。やっぱりもっと綺麗な人を探した方が……」
「いや、そうじゃない。君じゃないとダメなんだ！」
「えと、えっと。どうして私にこだわるんです？」
「アリシアさんが街の子供を助けたときがあったろう？ あの光景が今も頭を離れないんだ！ それ以来ろくに描けなくなってしまって……」
「そ、そうだったんですか。大変ですね」
うーーん、私としては良い思い出じゃないやつですね。
宵闇の魔女。
それを妄想した時の私なのですね。
できればそっとしておいて欲しい過去なんですけど……。
「僕は、やっぱり凡人なんだ。その僕が凡作すら描けなくなってしまった。もう、お終いだ……」
あーあー、グシャグシャのキャンバス抱きしめて泣いてますよ。
そこに描かれてるの私ですからね？
仕方ないですね、私もモデル業なんてチャンスを不意にしたくありませんし。
えーっと、えーっと宵闇さん、宵闇さんっと。
「アリシアさん、こんなところに呼び出してしまって申し訳ないけど。この話は無かった事に……」
「触るな、下郎が！」
「えぇっ？ どうしたんだい、急に」
「そなたの都合で妾をここへ呼んだのであろう？ またそなたの都合で追い返す気かえ？ 殺すよ？」
「ひ、ヒィ！ すみませんすみません！」
「して、どうするのじゃ？ 描くのか、描かぬのか」
「誠心誠意を持って描かせていただきます！」
「ふむ、では手早くな」
「あぁ、やっぱり本物は凄い。目の前だと威圧感が、女性的な美しさが相まって……あぁ素晴らしい、僕の目も両手も魂も震えて止まらない！」
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「アリシアさん、もう大丈夫だよ。下書きはお終いだ」
「ふぇっ？」
「いやぁ、やっぱり君は最高のモデルだ！ ぜひ今後も力になって欲しいんだけど、いいかな？」
「え、ええ。任せてくださいな！」
下書きを見せて貰いましたけど、なんというかまぁ。
毒婦ですね。
ドゥアッて感じの迫力があります。
私としては窓辺で微笑んでるようなのを描いて欲しかったですね。
かわいい花とか飾っちゃって。
これも確かに窓辺の絵ですけど、インパクトが全然違いますもん。
窓辺で毒づくマドモアゼルって感じ。
「絵付けも完成したらまた連絡するよ、それまでもうしばらく待っててよ」
「え、ええ。お待ちしてます」
なんかルーノさんの目が怖い。
何かに取り憑かれちゃってません？
私の次の雇い主なんだから、しっかりしてくださいね。
こうして思いがけず、モデルデビューを果たしたす事ができました。
私の妄想がこうしてお役に立てるなら安いもんですね。
果たしてこれを私の功績として良いか、疑問が残りますが。
よくわからないままに始まり、描かれた一枚の絵画。
この絵が後に人生を大きく変えてしまうだなんて、この時の私たちはまだ知りませんでした。
