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第2話  一家にひとり アリシアさん

「よぅアリシア、今日も元気だな!」
「あ、どうもー。今日もなんとか、えへへー」
「アリシアちゃん、今度うちの息子とお見合いしてくんない?」
「アハハ、まだ結婚とかちょっとー」
「アリシア、これ今度の新作なんだけど、旨いから食ってみてくれよ」
「え、くれるんですか? ありがとうございますー!」


タッタッタッ
バタン!


だぁあ~~疲れた。
なんで道を歩くだけでアチコチから声がかかるんですか!
故郷の街とはいえ、半分以上は名前すら知らない人たちですよ?
あの事件からというもの、なんかみんなして私をイジるんです。
おちおち道も歩けませんよ。


私はもっと本棚の後ろに隠れる虫のように生きていきたいのに、どうしてこんなことになったのか。
この忌まわしき妄想力が憎いですよ、クッソゥ。

こんな日は仕事を切り上げてとっとと家に帰るに限ります。
そして部屋の隅っこで、そりゃもうじっくり妄想の世界へ堕ち続けるのです。
妄想は私を苦しめもしますが、同時に良きパートナーでもあるんですよ、ヘッヘッヘ。


でも、人生とは一寸先は闇。
いつだって予想外の出来事は突然やってきます。
こんな日に限って絶妙な邪魔が入るんですよね-、ホラ。


ダダダダダ!
バタン!


「アリシア! マスターはいるか?!」
「えぇ、二階の部屋にいますけどー」
「そうか、すまない!」


ドタドタドタ!



あぁーなんか事件のカホリがしますねぇ。 
でもひょっとしたら、近所の犬の赤ちゃんが生まれたよっ、なんてホノボノな報告かもしれないし。
早上がりの希望は最後まで捨てちゃいけませんとも。


「アリシア、至急手の空いてる奴を集めてくれ!」


あ、ダメでした。
いらっしゃいトラブルさん!
ああ、これ今日は何時帰宅になるんでしょうか。
残業代って出るんでしたっけ?


「街の子供が一人行方不明なんですか?」
「目ぼしいところは探したが見つかってない。瘴気の森になんか入り込んでたらやっかいだ」
「確かに、最近は危険期に入ってますもんね」
「長い時間瘴気を吸ってたら病気になっちまうぞ。早いとこ見つけてやらねえと!」


どうやら男の子が一人いなくなったらしいです。
この辺に危険な生き物って極端に少ないから、襲われる心配ってのはしてないんですが。
さっき話題に出た瘴気の森はちょっとマズイですね。
よどんだ魔力の集合体が瘴気と呼ばれるものらしいですが、人体に甚大な悪影響を与えてしまうようです。
さらに言えば、魔力に対して抵抗力の低い子供は特に危険なんだとか。
そんな場所なんかじゃなくて、別の場所でヒョッコリ見つかってくれるといいんですが。


それからというもの、街中の路地や建物の中はもちろん、井戸や屋根の上なんか目ぼしい場所を回り続けました。
門外にも出て茂みの中やら空洞の中、あちこち手を尽くしましたが、手がかりすら見つかりません。
それでも周辺エリアは街の人の手で、大規模な捜索が行われています。


住民が大勢に動き出したからでしょうか、周辺の生き物を驚かせてしまいましたね。
今だってほら、あそこに跳ねウサギがこっち見てますよ。
野うさぎよりも跳躍力があるってだけの魔獣さんですね。
ペットとして飼う人もいるくらい、認知度や人気の高い子です。
あーいう子達と会話でもできたらなぁ、森の中のこともより詳しくわかるのになぁ。


魔獣と会話、できたらなぁ……。





「そこな獣よ、妾の頼みをきけい。」


ビクッと体を震わせる獣。
何をそんなに驚いておるのか、小心者めが。


ーーお姉さん、僕とお話ができるの?

「妾をなんと心得る。108の魔術を使いこなす『宵闇の美魔女』とは妾のことよ」

ーーえ、そんな通り名聞いたことな……

「ふむ、今夜は肉の気分じゃ。兎肉にするとしよう、覚悟せい」

ーーごめんなさい殺さないで宵闇さま!


それからしばらく話し込み、瘴気の森に人間の子供がいることを突き止めた。
全く、これだけの事に時間をかけすぎじゃ、グズめ。


ウサギの案内に続くと、確かに瘴気の森の中で少年が倒れている。
依頼の話と合致する、行方不明の少年だ。


ーー魔女様、そのニンゲンはもう助からないよ。体に斑点が出てる。悪い気を吸いすぎたんだ

「凡愚め、すぐに諦めるのは愚者の悪癖よ。見ておれ」

ーーえ、何をする気なの?

「そこに生えていた草から汁を絞り出し、あっちに生えていたキノコを細かく刻み、それらを混ぜたものじゃ。これを布でくるめば完成じゃ」

ーー完成って何が?

「察しの悪いヤツよの。特効薬に決まっておろう。これを顔に巻いて呼吸させ続ければ毒なぞ瞬く間に中和できよう」


少年に治療を施してから背負い、急ぎ森から出た。
薬のおかげで体からは斑点が消え、意識も戻り、次第に歩けるようになった。
妾の手にかかれば当然の結果じゃな。


「お、お姉さん? お姉さんが僕を助けてくれたの?」
「そうじゃ。妾がかの高名な『宵闇の超絶・美魔女』であるぞ。覚えておくがいい」
「え、高名ったって……なんでもない! ヨイヤミ様、ありがとうございました!」
「うむ、礼をキチンと言う事は大事じゃぞ」


しばらく歩いていると街の側まで戻ってきた。
そこでウサギが立ち去ろうとしている。


ーー魔女様、僕はこの辺で失礼します。

「大義じゃった。あ、それからの。妾は魔術の媒体を必要としておる。妾は街に毎日居るから、何ぞ有用なマジックアイテムを持ってくるのじゃぞ」

ーーえ、それはさすがに。

「空に輝く天の火神よ、昏い不明を照らす理知なる光よ。炎の僕たる我が声に今応えよ」

ーーま、毎朝お届けします!


初めからそう申せ。
一々手間をかけさせるな、ノロマめ。
もう少し遅かったら黒焦げじゃったぞ。
まぁそれも旨そうで悪くはないかの。


街に戻ると、凡愚な人間共がしきりに感謝しておった。
そこで妾は、宵闇の美魔女たる妾を崇めるよう命じた。
反応は今一つじゃったが、今のうちは良い。
いずれ本当の支配者が誰なのか、遠くない未来に知る事となるであろう。




ァァアアー!
やっちまいましたー、またやらかしましたー!
皆があの日から私の事を『宵闇さん』『ヨイヤミのお姉ちゃん』とか呼ぶんですよー。
もうこれ苛めじゃないですか、私の名前はアリシアです!
そもそも何ですか、宵闇の魔女って。
そんな通り名なんて聞いた事もないですよ!


そして毎朝早くに、私の元へマジックアイテムが届くようになりました。
持ってくるのは跳ねウサギさんたちです。
私を見るとビクッとした後に、それらを置いて帰るんです。


悪いことしたなぁとは思いますが、私は動物と会話なんかできませんので。

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